13
「あ、目覚ました」
瞼を開けると、エメラルド色の少女が視界いっぱいに映っていた。少女はにっこりと笑いながら、「おはよう」と片手を上げる。
「ボクのこと、分かる?」
「………ファイリア」
「そうそう。よかった。このくだり、これで二度目だよ。ナギサくん、あんまり心配かけないでよ」
「ごめん……」
起き上がり、辺りを見回す。やはり保健室だった。窓の外は真っ暗で、今何時なのか尋ねると、一時だと返された。
「一時って……夜中のってことだよな」
「そうだよ。良い子はもうとっくに夢の中。ボクも早く夢に飛び込みたいなー」
「ごめん」
待っていてくれなくてもよかったのに―――そう言うと、ファイリアはくすりと笑った。
「ナギサくんが心配で、眠れないよ」
その一言が嬉しくて、顔から火が出た。その姿を見られないように顔を逸らし、必死に高鳴る心臓を抑えた。
「ナギサくん?」
「えっと………な、なんでもない」
やっと動悸が収まった頃、ファイリアから事情を聞くと、どうやら俺はかなり危なかったらしい。種族・人間特有の回復能力で一命はとりとめたものの、あと少し左にずれていたら即死だったようだ。その事実に背筋が震える。
これからは奇襲がメインになるのか? 急に難易度が跳ね上がったような気がする。それに、ゲームの世界だと言っても痛みはあるんだ。ああいうことは本当に遠慮したい。
「一体誰なんだろうねえ? イオリちゃんじゃなくてナギサくんを狙う、おかしな犯人は」
銃弾は背中から貫いたらしく、恐らく中等部寮の廊下から撃ったのではないかとのことだった。だからといって中等部の生徒が犯人と決めつけるのは軽率だが、その可能性は高いと彼女は言う。
「………そうだ。写真が落ちてなかったか?」
「写真? さあ……見てないね」
一命はとりとめたものの、あの謎の写真は無くなっていたようだ。恐らく犯人が持ち出したのだろう。
―――ということは、あの写真を見られて困る人物なのだろうか?
しかしあれには、イオリ達しか写っていなかったのだが……。
――――――まさか、なあ?
「ナギサくん。せっかくだし、星でも眺めない?」
「星を?」
「そう」
その提案に従い、俺達は高等部の屋上へ上がった。明かりが全くなく、そのおかげで夜空の星はとてもよく見えた。満天の星―――まさにそう言うにふさわしい夜空だった。
「綺麗だね、ナギサくん」
「ああ。こんなに綺麗な星空は初めて見た」
ファイリアは柵に寄りかかりながら夜空を見上げた。
「ボクも、ここに来てからちゃんと見上げたのは初めてだなあ」
「へえ、意外。星とか、自然のものに興味ありそうなのに」
ファイリアの隣に、俺も同じように寄りかかる。彼女は星を眺めたままだ。
「興味はあるよ。でも、何となく見る気がなかったというか……」
「じゃあなんで今日は?」
「………なんでだろうね。なんでだか、見たくなったの」
エメラルド色の瞳がこちらに向く。暗闇で淡く光るそれは星よりも神秘的で美しく、自然と俺は惹き付けられていた。
「ナギサくんと一緒に」
ドクン―――と、自分の心臓が緊張しているのが分かる。思わず手で口を押さえ、顔を逸らした。
「どうしたの? ナギサくん」
不思議そうに俺の顔を覗き込むファイリア。何でもない、と言って彼女と距離を置く。
―――恐らくまた顔が赤くなっている。そんな姿、恥ずかしくて見られたくない。薄暗くてよかった……。
「ナギサくん? 何やってるの?」
「あ、あー……えーっと……そ、そうだ! ファイリアは去年の文化祭、何をやったんだ?」
写真のことを思い出し、突拍子もない質問をしてしまった。横目で見ると、ファイリアは目をぱちくりと瞬かせていた。
「去年の文化祭? 急にどうしたの?」
「い、いや、何か急に気になってさ。あはは……」
「ふーん? 去年はね、劇をやったんだ。ロボットの少女と鬼の少年の恋物語。ボクは二人を導く妖精の役だったよ」
「へえ……ちょっと面白そう」
「ちょっとじゃなくて、かなり面白かったよ。大好評だった」
「……ちなみにそれ以前、天使の格好をして何かやったことは?」
「え? 無いよ? 今年が初めて」
やはり、天使喫茶などやっていなかったんだ。あの写真の謎が深まるばかりだ。
過去のものでないとすると、やっぱり未来の……?
「天使だなんて、どうして?」
「え? いや、何でもないよ」
「何でもないばっかり。ナギサくん、隠し事は良くないんだよ?」
「ごめん……」
そうだな……隠しておく必要はない……か。ファイリアなら信じてくれるかもしれないし、話してみよう。
俺は写真のことを彼女に話した。するとファイリアは、クスクスと笑い出した。
「ナギサくん。ボクはイオリちゃんやユウキくんと写真を撮ったことなんてないよ? 見間違いじゃない?」
期待も虚しく、信じてもらえなかった。まあ、そりゃ当たり前か……。
「でも本当にファイリアだったんだよ」
「ボクにそっくりな誰かじゃない?」
「そんなはずない!」
「怒らないでよ。もう調べようがないじゃない。それよりナギサくん。そろそろ寝よっか。あんまり長居すると先生に見つかっちゃうし」
結局写真の謎は未解決のまま、俺達は各自部屋に戻った。眠くもない体をベッドに預け、無理矢理瞼を閉じる。夜空に輝く星々と、それらを見つめる妖精が脳裏によぎった。
――――――何でだか、見たくなったの。
――――――ナギサくんと一緒に。
それって、どういう意味なんだろう。少なくとも、俺といても嫌じゃないってことだよな。
もっと言えば―――俺と、いたかった?
「やばい……」
にやける口元を、誰がいるわけでもないのに手で隠す。写真の謎など忘れ去り、ファイリアの言葉を何度も反芻し、満足感に浸っていた。
―――もしかしたら、本当に彼女と付き合えるかもしれない。そんな馬鹿みたいな自信を持てる程には、俺は内心舞い上がっていた。
――――――本当の俺を、知らないからこそなんだろうけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます