9
そして、決戦の日がやってきた。
「それでは、これからルールの説明を始める」
西校舎の前で、俺達はカンセの説明を聞いていた。イオリの父親は三人の男を連れてきていた。一見人の良さそうな男、服の上からでも分かる程筋肉のついた男、眼鏡をかけた頭の良さそうな男だ。
対して俺のチームは、ファイリア、ユウキ、そして……。
「うう……緊張する……」
「大丈夫、イオンちゃん。ほら、深呼吸して」
「ありがとうございます……すー……はー……」
イオンだ。
本来なら約束通り、ホクピが来てくれるはずだった。しかし……。
「ホクピちゃん、昨日変なもの拾い食いしたみたいで……お腹壊して動けなくなっちゃったって……」
あまりに予想外すぎて、しかしそういえば犬は拾い食いするかなどと妙に納得し、しばらく何も言えなかった。
その代打としてイオンが来たのだが、本人はかなり気が進まなかったようだった。ファイリアのおかげで落ち着いてきたが、先程まではぶるぶると体を震わせていたのだ。
彼女に怪我を負わせないようにしないと―――改めて気合を入れた。
「今から君達には、この西校舎から地下にある書庫に行ってもらう。書庫は学園の図書室に繋がっている。そちらから先に出てきたチームを勝ちとしよう」
「レースゲーム? 理事長にしては生ぬるいことを提案しましたね」
ファイリアの言葉に、カンセは薄く笑った。
「書庫には魔物がいることくらい、君は知っているだろう?」
「そうですけど……」
「魔物の処理は他に任せて、一人がゴールするでもいいよ。それに、ルールはこれだけではない。書庫に行くのは三人だけだ」
「三人?」
チームメンバーは四人だ。残り一人は何をするのだろうか―――その答えを、すぐに説明される。
「『一人』は私達とここで待機してもらう。そして、勝った方のチームの『一人』には、負けたチームの『一人』を殺す権利を与えよう」
「ッ……!」
その瞬間、空気が張り詰めた。白蛇は、俺達を見て楽しんでいるように微笑を浮かべている。イオンとイオリは不安そうな、ファイリアや男達は強張りながらも「勝ってやろう」という強い意思を持った表情になった。ユウキは眉一つ動かさず、ただ黙って聞いていた。
「それでは戦いを始めようか。ここに残る『一人』は、私が独断で決めた。イオリちゃんのお父さん、そしてファイリアだ」
「えっ……⁉」
俺とファイリアの声が重なった。
「なんでボクなんですか、理事長」
「君は強いからね。そのくらいのハンデが無いと面白くない」
「面白くないって……! これは遊びじゃないんですよ⁉」
「ナギサ君。君はこの一週間、猛特訓したのだろう? なら何の問題も無いはずだ。それとも、ファイリアやユウキ君に任せておけばいい……なんて思っていたのか?」
「ッ………!」
唇を噛みしめ、俺は首を横に振った。カンセは満足そうに笑い、俺達に書庫へ入るように命じる。ファイリアとイオリ、そして彼女の父親を除いた全員が西校舎のエレベーターに乗りこむ。扉が閉まる寸前、ファイリアの悔しそうな表情が見えた。
「頼んだよ―――ナギサくん」
返事をする前に、扉は閉められた。
地下書庫に到着すると、男達は足早に降りて進んだ。ユウキがポケットから小さな懐中電灯を取り出し道を照らす。
「僕達も行こう」
「ああ」
ユウキを先頭に、イオン、俺と続いて歩いていく。本棚の間を通っていると、イオリとここへ迷いこんだ時のことを思い出した。
あの子供達も、魔物の一種なのだろうか。あんなものがうじゃうじゃいると思うと、恐ろしくなってくる。周囲に警戒しながら足を進めた。
「あ、あの……」
普段なら小さなイオンの声も、ここだとうるさいくらいによく響いた。予想外に通った自分の声に驚いたのか、イオンはビクリと肩を上げ、声を落として言った。
「もし危なくなったら……先に行ってください」
「へ?」
突然何を言い出すんだと問い詰めたくなったが、イオンの考えを先に聞くことにした。
「私、走るの苦手なんです。だから、もし敵が捌ききれなくなったら、私が食い止めるので……お二人は、先へ行ってください」
「なっ……何言ってるんだ。そんなこと出来ないよ」
「でも……」
「それに、みんなで戦った方が効率が良いに決まってる。な、ユウキ?」
「いや? イオンの意見に賛成だな」
ユウキの言葉に耳を疑った。先を進む小さな背中は、何の迷いも無い。その態度に理解が出来なかった。
「何言ってるんだよユウキ。イオンを見捨てるってことか?」
「誰も見捨てるなんて言ってないけど。食い止めてくれるって言ったから、それでいこうって言っただけだけど?」
「結局見捨てるってことだろ⁉ 一人で大勢の魔物と戦うなんて無謀すぎる!」
「実際、誰か一人でもゴールすれば勝つんだ。理事長の言っていた通り、魔物処理係と、ひたすらゴールを目指す係とに分かれた方が効率は良い」
「………本気で言っているのか?」
「アンタこそ本気なわけ?」
ピタリと立ち止まり、ユウキが振り向いた。暗闇に浮かぶ赤い目玉は、血液のようなおぞましさを帯びていた。
「この勝負は誰のため? この殺し合いで死ぬのは誰? アンタは何のためにこの学園に来たの?」
「………⁉」
ユウキが近付いてくる。イオンの横を通り過ぎ、俺を見上げながら彼は囁いた。
「どうせ、みんな生き返る。僕達以外はね」
――――――――――――は………?
「……だから、任せるところは任せないと。それにこいつ、アンタが想像しているほど弱くないから」
何事も無かったかのように言い、再び先頭を歩き始めるユウキ。イオンもそれについていく。二人が闇に溶ける前に、慌ててその後を追った。
―――どうせ生き返る? どういう意味だ? この世界には、生き返る方法でもあるのだろうか? ファイリアからはそんな情報、知らされていないが……。
「ッ……! 来るぞ!」
ユウキの叫び声に、意識が現実に戻った。直後、上から何かが目の前に降ってきた。目を凝らして見ると、それは真っ黒な子供だった。あの時と同じ、ノートから飛び出した落書きの子供。
子供に見上げられた瞬間、ぞわりと身の毛がよだった。しかし、子供は刃によって縦に斬られ崩れ落ちた。裂け目から現れたユウキが叫ぶ。
「行くぞ!」
ユウキに続いて、イオンと書庫を駆け抜ける。天井や本棚から飛び出してきた子供達は、全員ユウキの剣で斬られた。イオンも魔法で援護し、俺も剣で子供を斬った。しかし、いくら殺しても子供の襲撃が絶えることはなかった。
「キャハハハハハハ! キャハハハハハハ!」
何人もの爆笑が辺りに響き渡る。突然足首を何かに掴まれ、転んでしまった。子供が俺を掴んでいた。笑う幼子に鳥肌が立つ。
「タッタナノカノトレーニングデ、イキノコレルワケナイヨネ? ソンナコト、ワカッテイルヨネ? モウアキラメナヨ?」
「諦めるもんか! 勝たないとイオリが……!」
「ジャア、コノコノコトハドウデモイイヨネ?」
「え?」
足首を掴んでいた子供が跳躍し、俺の上を飛びこえた。目で追うと、子供はイオンに飛び掛かっていた。さらに別の子供達も、一斉にイオンへと飛んでいく。イオンは瞬く間に黒に包まれた。
「イオンッ!」
「ハヤクイカナイトマケチャウヨ? カタナイト、ミンナイナクナッチャウヨ?」
「くっそ……!」
立ち上がり、子供に剣を突き刺した。だが、いくら薙ぎ払っても子供は増える一方だった。
このままじゃイオンが危ない―――助けを求めるべく、ユウキへと振り向いた。
「ユウキ――――――ッ」
瞬間、ユウキに思いっきり腕を引っ張られた。そのまま走り出したユウキと俺。一瞬驚いたが、すぐユウキに叫んだ。
「ユウキ! イオンを助けないと!」
「まだそんなこと言ってるのかよ! アンタ本当に馬鹿だな!」
「なっ……んだと⁉」
無理矢理手を振り払おうとしたが、中学生男子とは思えないほどの握力で、俺のなす術はなかった。仕方なく、今出来る最大の抵抗を示す。
「イオンを犠牲にしていい理由は無い!」
「アンタが役立たずだからこうするしかないって分からないのかよ!」
「はっ⁉」
「アンタはあの魔物達を全員倒せるのか⁉ 数も定かじゃないあいつらを! 出来ないだろ⁉ なら今出来る最善を尽くすしかないだろ⁉」
ユウキの言葉が胸に突き刺さった。
俺には魔物を倒しきれるほどの力は無い。今俺に出来ることは、この勝負に勝つためにイオンを見捨ててゴールを目指すこと―――唇を噛んだ。
例えそうだとしても……それしか方法が無いとしても……!
「そんな………そんなので勝っても……!」
「ッ………いい加減にしろよッ!」
勢いよく放り投げられ、俺は床に転がる。すぐに起き上がって振り向くと、ユウキは真っ赤な目をギラギラと光らせ、鋭く俺を見下ろしていた。
「アンタ………ゲームの主人公にでもなったつもり? 全員助けられるなんて思われてちゃ困るんだよ」
「そんなことない! ユウキこそなんでイオンを見捨てるんだよ! 仲間なんだぞ⁉」
「だからさ、誰も見捨てるなんて言ってないよね?」
「は……?」
この期に及んで、こいつは何言ってるんだ―――。
「僕はイオンを信じてる。彼女なら、大勢の魔物が相手でも生き残れると思ってるから」
そう確信している―――ユウキの声は、自信に満ち溢れていた。
そして、そんな風に言われると、俺も納得するしかなかった。
「…………本当なんだな?」
「ああ」
「………………分かった。俺も信じるよ」
立ち上がり、ゴールを目指して再び歩き出す。本棚の道は、入り口の方よりも広くなっていた。ユウキの後をついていきながら、その背に声をかける。
「走っていった方がいいんじゃないか?」
「魔物に気付かれたら面倒だから、静かに行く方がいい」
広場のような場所に出た。円状に本棚は壁を造り、先は三つの道に分かれている。恐らくどれかが正解なのだろう。何か正解の分かるヒントでもあればいいのだが……。
しかし、悩む俺とは対照的に、ユウキは迷うことなく中央の道へと足を運んだ。あまりに即決すぎて置いていかれる。
「お、おい。その道で合ってるのか?」
「合ってる」
スタスタと先を急ぐユウキに慌ててついていった。どうしてそんなに自信があるのかと尋ねると、「来たことがあるから」と返された。
なるほど。それなら安心だしかなり有利だ。ユウキがいてくれてよかった。俺だけだったら、一生かかっても出口にたどり着けなかったかもしれない。
「………ねえ。アンタさ、なんでここに来たの?」
前を進みながら、今度はユウキが質問を投げかけてきた。その返答に困る俺。
素直に「(ゲームが)面白そうだったから」などと言ってしまったら、絶対に「ふざけるな」と言われてしまう。ここは慎重に、それっぽいことを言おう。
少し考え、おそるおそる答えた。
「ゆ、勇者さんとたまたま出会って、話を聞いたら放っておけなくなって……」
「嘘つくのヘッタクソだね、アンタ」
「え」
「正直に言いなよ―――面白そうだったからって」
その言葉に恐怖を感じた。まるで心を読まれたかのような言葉に、少しだけユウキと距離を離した。気付いているのかいないのか、ユウキは構わず続ける。
「別に怒ったりしないよ。当然だと思うし」
「当然……?」
普通、次代勇者を守ってくれと言われて「面白そう」だとは思わない。死ぬかもしれないのに、だ。
俺が面白そうだと思ったのは、これがゲームだからだ。しかし、ゲームの世界に生きるユウキは、「当然」だと言った。
―――それじゃあまるで、この世界がゲームの世界だと知っているような口ぶりだ。
ユウキを凝視する。ユウキはその後何も言わなくなった。訊いても答えてくれないだろうし、大人しく沈黙のままついていった。
「………また分かれ道か」
「こっち」
分岐点に着いても、ユウキは迷わず進んだ。ユウキがいなかったら、本当にどうなっていたことかと恐怖する。体力がどんどん削られる迷宮―――それが、このエリアの存在意義だろう。
「……まだ着かないのか」
どれくらい経っただろうか。時間の感覚も分からず、薄暗い地下であることや、ゴールが分からない不安からか、何となく息苦しさを感じ始めていた。
―――早く地上に戻りたい。今ここはどの辺りなのだろう。ユウキの選んだ道は本当に合っていたのだろうか? 実は間違えているんじゃないか? 不安は次第に大きくなっていく。
「なあ、あとどれくらい?」
「もうすぐ着く」
「えっ! 本当か⁉」
やっと出られる―――喜びが突出した直後、背後から呼び止められた。
「止まれ、そこの二人」
振り向くと、三人の男がいた。二本の大きな角の生えた筋肉質の男は、イオンの首に腕を通して彼女を拘束している。
ユウキが俺の隣に並ぶと、黒い羽を生やした眼鏡をかけた男がパチパチと手を叩き出した。
「道案内ご苦労。ついてきて正解だった」
「道案内だと……?」
「部外者がこんな地下迷宮、迷わず進めるわけないだろう? だから君達の後をこっそりついていったんだ」
「彼女も一緒にね」
三角の獣耳を生やす男が、イオンの頬を撫でる。イオンはがたがたと震えていた。俺が叫ぼうとした瞬間、ユウキがそれを制止するように腕を上げた。
「イオンと引き換えに道を開けろって?」
「ああそうだ。級友を亡くしたくないだろう?」
ユウキが男達をじっと見つめる。一瞬ちらりと背後を見て、こくりと頷いた。
「いいよ。早く通れよ」
「ユウキ⁉」
驚いてユウキを見た。とてもユウキの発言とは思えない。
―――だってここを先に通したら……俺達が負けることに……!
「素直で結構」
男達はにやりと笑い、ずかずかとユウキの横を通り過ぎた。その最中にイオンが突き飛ばされる。倒れてきた彼女を抱きとめ、俺はユウキに小声で言った。
「早く行かないと……!」
「うるさい。大丈夫だから」
「大丈夫?」
ユウキは男達が向かった道の先を見つめている。そこに焦りの色は見えなかった。俺達も倣って見るが、薄暗いためにろくに何も見えない。
しばらくそこで待機していると、唐突に状況が一変した。
「うわあああああああああああああああああああっ!」
複数の悲鳴が辺りに響き渡った。それを待っていたかのようにユウキが走り出す。俺とイオンも慌ててついていった。
道が開けていき、光で照らされた扉が視界に映った。恐らくあれがゴールだと認識すると、その手前の開けた空間で、男達が巨大な魔物に襲われている光景が目に飛び込んできた。
植物のように床から生えている黒い魔物は、獣の口のような葉を持っていた。その葉で男達に噛み付こうとしている。さらにそれを、黒い子供達が楽しそうに眺めていた。きゃっきゃと手を叩いてはしゃいでいる。
「な、なんだよこれ……」
思わず言葉が漏れる。イオンも口を手で押さえて青ざめていた。対してユウキは、平然と目の前の惨劇を眺めている。
「これほどに、書庫は魔物に侵されてるってことだよ」
獣耳の男が葉に腕を食われ、悲鳴を上げる。そこに子供達が別の葉を引いてやって来た。葉は一斉に男に噛み付いた。断末魔―――次の瞬間にそれは途絶えた。くちゃくちゃと、葉に合わせて鳴る音。きゃはきゃはと、面白そうに笑う子供。
もし何も知らずに進んでいたら―――そう思うと、ゾッとした。
ユウキは表情を変えず、軽く手首や足首を回しながら吐き捨てた。
「僕がここを突破してゴールする。アンタらはあいつらに見つからないように隠れて待ってて」
「お、俺達は帰れるのか?」
「終わったらファイリアと助けに来る」
そう言い残して、ユウキは駆け出した。気付いた葉が一斉にユウキへ伸びていく。ユウキはそれを素早く避けた。横から襲ってくる葉は茎から切り落とした。子供達は面白がってユウキについていく。
「たっ助けてくれ!」
眼鏡の男が、近付いてきたユウキに手を伸ばした。男は葉に足を食われて倒れていた。ユウキは男を見ることもせず、その前を通り過ぎた。男の顔が絶望に歪む。そこへ黒い牙が食い込んだ。
「さ……せるかああああ!」
葉に腹を噛みつかれていた筋肉質の男が、茎を引きちぎってユウキへと駆け出した。ユウキは男を一瞥し、急停止した。扉の前に数枚の葉が待ち構えている。葉はユウキへと牙を向けて伸びてきた。ユウキはギリギリまで待ってから後方へジャンプをし、迫ってきていた男の背後に着地した。
「は―――」
ユウキを狙っていた葉は、目の前に現れた男に噛み付いた。男はその勢いで倒れ、葉がどんどん彼に襲い掛かる。その間にユウキは急いで駆けていき、扉の中へと消えていった。
「やった……! 私達の勝ちだね!」
イオンが喜びの声を上げる。その瞬間、数人の子供がこちらに振り向いた。
しまった―――そう思った時には既に遅く、子供は周囲へと手招きをした。他の子供達、それから葉が一斉に俺達を捉える。
「まずい……! 逃げるぞ!」
イオンの手を引いて、俺は踵を返し駆け出した。大爆笑が背を追ってくる。来た道など覚えていない。とにかく適当に道を進んでいた。迫りくる恐怖に汗が止まらず、心臓もかつてない程のスピードで動いていた。
「ごっごめんなさいっ!」
「いいからっ! 今は逃げるぞっ!」
目の前に何かが降ってきて、俺達は立ち止まった。それは真っ黒なスニーカーだった。しかし、頭と同じくらいの大きな靴はひとりでに動いており、その存在だけで恐怖を覚えた。スニーカーはこちらへとジャンプし、着地した直後、瞬く間に頬を蹴られた。
「ガ―――⁉」
「ナギサくん!」
「にっ……逃げるぞ!」
踵を返して逃げる。足音も追ってきた。ここがどこで、どこに向かっているのかなど、もう全く分からなかった。
道の先では、蜘蛛のような魔物がうじゃうじゃといた。俺は剣で薙ぎ払い、イオンは魔法で蹴散らして無理矢理進む。
しかし、巨大な蜘蛛の巣が目の前に現れた。真っ黒な糸には、頭蓋骨や他にもたくさんの骨が絡まりついていた。恐怖でイオンが震え出す。戻ろうとすると、道を遮るほどの蜘蛛達が壁を作っていた。
「いや……! 死にたくない……!」
イオンがへなへなとへたれこむ。俺は剣を握り、蜘蛛の壁に刃を振り下ろした。ぶわっと蜘蛛達が散ると、怒ったように俺の体を這い上がり始めた。ぞわぞわと鳥肌が立つ。視界が遮られ、口や耳の穴から蜘蛛が体内に侵入した。
「ッ―――!」
まずいことは分かっている。しかし、小さな魔物を吹き飛ばす方法が分からない。
このままじゃ魔物に食われる―――そう悟った瞬間、少女の顔が脳裏によみがえった。エメラルドの宝石のように綺麗な髪と瞳、悪戯っぽく笑う姿や明るく話す姿に、俺は心惹かれていた。
もう一度彼女と会いたかった。これでお別れなんて嫌だ。彼女ともっと、話がしたい。
彼女がいるなら、俺はもっと―――。
「くそっ…………死ぬもんか……!」
声にならない決意を吐き、俺は剣を自身の腹に突き刺した。勢いよく吐血すると、蜘蛛も体内から流し出された。視界を遮る蜘蛛を手で払い落とし、辺りを見回す。イオンは巨大な蜘蛛と対峙していた。しかし彼女は恐怖で動くことが出来なかった。
「ああああああッ―――!」
剣を握り締め、巨大な蜘蛛へと駆け出す。再び視界が遮られる前に、刃を蜘蛛の親玉に振り下ろした。黒い巨体の切れ目から、闇に染まった血が飛び散る。絶命した魔物を見届けると、俺は脱力して倒れた。
「ナギサさん!」
視界も思考も黒で染められていき、もはや恐怖を感じることもなかった。虚無に落ちていくような、終わらない浮遊感に、溺れていく。
―――今度こそ、本当に死ぬんだろう。あーあ、ゲームオーバーか。クリアしたかったなあ。魔王と対峙する前に終わるなんて……情けない。
ああ………そういえば罰ゲームって、一体なんだろうなあ―――。
「ナギサくんッ!」
直後、黒が飛び散った。視界に映ったのは、心配そうに俺を見下ろす少女だった。
このゲームで出会った、優しい少女。
ああそうだ。俺は、この子のことが―――。
「ナギサくん!」
自然と瞼が閉じていく。意識が薄れていく中、少女がずっと俺の名前を叫び続けていることに、途方もない幸せを感じていた。
――――――俺を心配してくれて、ありがとう。それだけで、すごく嬉しいよ。
――――――――――――――――――暗転。
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