第八話 お肉とアイス♪③

 人数も増えている。


「じじい、さっきはよくも舐めたマネしてくれたな。慰謝料ももらっとこうか?」


 ナイフをちらつかせていたあの少年は、今は金属バットに獲物を変えていた。

 手に手に鉄パイプ、自転車のチェーン。

 十三人……流石に多いか。 

 立ち上がろうとした私をリンは制した。


『私が。』


「殺してはなりませんぞ!!」


「今更命乞いか? 運がよけりゃあ、いいよなあッ!」


 またも己に言われたと思いこんだ少年は叫び、バットを振り上げる。

 それを合図に一斉に飛び掛かってくる少年達。

 その中心に出たリンの髪は、逆立ち、激しく揺れていた。


 ドンッ!


 リンの発した「霊波」は地響きと土煙を上げながら、爆風のように彼らを襲った。

 砂塵が吹き去った後には、胸や目を抑え苦しみもがく少年らが。

 あばらは何本か折れてるに違いない。

 目は潰れてはいないだろうが、なんと大袈裟な喚きようだ。


 リンは仰向けに倒れた最初の少年に向かって、ゆっくりと近づく。

 どうやら彼一人だけ、無傷にすませたか? 

 少年は恐怖のあまり言葉がでないのか、顔を歪め、リンから逃げようと後ろ手に地を掻きまわす。


『命乞いもなし? 運がよければ、いいわよね?』


 リンはその姿を、声を、彼の前に明らかにしている。


「ひいいいいいいッ! な、なんだ? 人間じゃないッ?!」


『ようやくしゃべったかと思えば、失礼ね。人間だったものよ。』


 過呼吸気味にひゅーひゅーと息をする音だけは五月蠅い少年の脇にしゃがみ、リンは手を伸ばして彼の顎を持ち上げた。

 そしてその手を右に、左にと振り、しばし彼の顔を眺めた。


『……ふうん。』


 む?

 目を凝らすに、リンの動きが異常と言ってよいほど、ない!

 完全に静止している、と見える状態が十秒ほど続いただろうか。


「た……たす……助けて……。」


 目玉が飛び出すかというほど大きく見開いたまま、ようやく声と共に勢いよく小便を漏らした少年の顎から、リンの手が離れた。


『もういいわ……。さっさとお帰りなさい。』


 その少年に何もせず、リンはすっと立ち上がると公園を出た。

 少年は苦痛に呻く他の仲間を見捨てて、躓き、植え込みに足を取られながら逃げていった。


 私もリンの後を追い、まだ地面に蠢く少年らを捨て置き公園を去る。今どき自らどこぞに連絡を入れるくらい、わけはなかろう。

 雑踏に戻り、先をゆくリンに問う。 


「どうしたのですか? さっき一度公園から消えましたね?」


 あの十秒ほどの間、リンはどこかに移動していたはずだ。私が見ていたのはリンの実体ではなく残留思念。いわば残像だったはず。

 それに、なぜあの少年を一人だけ、放っておいたのか?

 リンは振り返りもせず答えた。


『ごめんね、黙ってて。』


 その声は、どこか沈んでいた。


『あんな話をしたのも、最初にあの子を見た時、あんまり似てたから……。』


 すぐに私は悟った。


「まさか、あなたを殺した男の息子だったというのですか?!」


 駆け寄り隣に並んだ私に、頷くリンの黒髪が揺れる。


『私も未練がましいわね。

 さっきあの子の心を読んで、家を把握した。

 久しぶりに会って来た。

 息子はあんなだけど、まあまあごく普通に、暮らしてきたみたいだったわ。』


 そうか!

 今更気がついた。それでリンは、この街に立ち寄ろうと言ったのか……。


『あの人、私のこと、すぐに分かったわ。

 あの時の涙の意味を聞いたけど、それには一言もなかった。

 息子とおんなじ顔して、「助けてくれ」って命乞いするばかりで。』


「まさか……リン?」


『殺してはいないわ。

 でも、もう偽りの自分のままではいられないでしょうね。

 あの子が家に帰った頃に、どうなってるかまでは知らない。

 生きていても、正気かどうか。』


 リンは一瞬、寂しそうな顔を見せた。が、すぐに私の顔を覗き込んできた。


『私、いけないことしたと思う?』


「いいえ。それこそその男の自業自得。私だったら殺していたかも知れません。」


 いや。「知れぬ」ではなく、許せないからこそ……きっと。


『だめよ? あなたがそんなことをしたら。』


 鋭く私を睨んだその目を伏せ、リンは口元を歪めた。


『二千年も転生を繰り返して、

 世界を消したいだなんて言ってた女の最後の前世が、

 こんなつまらないものだったなんてね。

 呆れちゃったでしょう?』


「いいえ。そんなことはありません。

 むしろ、そもそも神を相手にしたなどという始まりが、

 途方もない話だっただけのことです。」


『でも、時の帝の寵愛まで受けた女が、

 最後はただの変態教師から、いやらしいことされてただけだなんて。

 スケールダウンも甚だしいじゃない?』


「そうかも知れません。いや……もし、そうなら……。」


 足取りが遅くなった私の顔をリンはまた覗きこむ。


『どうしたの?』


「転生を繰り返していけば、

 あなたもいつか普通の人生を送れるまでには、なれたのかも。

 ……そんなことを、ふと思いましてな。」


 するとリンは思い切り私を睨んだ。


『何を寝ぼけたこと言ってるの?

 そんなんじゃ、あなたに出会えなかったじゃない?

 ちゃんと分かってるの? 

 あなたが私を変えたのよ?』


 そうかも知れぬ。

 リンは自分でも愚かだったと気づいている昔語りを、私にしてくれたのだから。


『私は古谷といる今が、最高に幸せなんだからねッ!!』


 リンはそう叫ぶや、ツンと澄まして先に行く。


「それは何よりです。ああ、リン!」


 立ち止まり振り向いたリンの左手をとり、その手首をセーラー服の袖の上から覆うように、もう一方の手を重ねた。リンは突然の私の行動に、目を丸くしている。


『何の真似?』


「私でも、あるいはもしやと思いましてな。さあ……。」


 私に促され、リンがその袖を静かにめくるに……。


『傷が……消えてる! どうして?!』


 リンは瞬きを忘れ、その白く華奢な手首を見つめた。


「無意識でも、こうありたいと願うことは叶うものだそうですよ。」


 幽霊とは、そもそも思念の具現化なのだから。

 あなたの傷は、全て消してあげたい……それが私の願いですから。

 ただ、それは恥ずかしくて口にできなかった。


 リンは目を閉じ、まるで祈るようにその手首に右の手を添え、胸に当てていた。

 そしてまたよく聞き取れない声でささやいた。


『ありがとう、かずゆん。』


「なんですか?」


『じゃあアイスって言ったの!』


「もうですか?」


 リンは笑った。


『もうです!!』





お肉とアイス♪  終

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