第六話 お肉とアイス♪①

『とっても美味しかったなぁ、霜降りのお肉~う!』


 唐突にリンが立ち寄りたいと言ったこの街で、肉料理が旨いと評判の店を私達は後にしていた。夕暮れ時の繁華街にそよぐ、まだ冷たい風が温まった頬に心地良い。


「それは良かった。しかし、あれだけでよかったのですか?」


 リンは私に憑依して100グラムほどの肉を半分だけ「味わった」ところで満足したのか、何故か憑依を解かぬまま、「味覚」だけを私に返していた。


『ええ、私は十分。古谷はもっと食べたかった?』


 リンは隣の私を、軽く横目で見る。


「いえ、私も十分美味しくいただきましたとも。やわらかく、芳醇な味でした。」


 が、なぜかリンは顔をむけ、じろりと私を睨む。


『私に食べさせてもらえたって感想はないの?』


 なるほど。それで憑依を解かず、まるで二人羽織のように食べさせられていたのか。


「もちろん、楽しかったですよ。」


 リンはしてやったりという笑みを見せ、一指し指を振った。


『私と楽しく食べられるなんて、きっと幸せなことよ?

 でも甘い物は別腹なんだからね?

 あとでアイスを食べましょう!』


「はい。いいですよ。」


 胃に納めるのは、私なのだが……答えながら私は、それまで背後にあった気配が、少しその歩を速めたことに気がついた。

 それはリンも同様であるらしい。


『その前に……腹ごなしが必要みたいね。』


「そのようですね。」


 店を出た時から気づいていたが、私の両脇、そして後を固めるようにつけて来た、制服を着崩した高校生らしき三人の少年たち。

 と、更に手前の路地から彼らの仲間と思しき新たな一人の少年が、ゆらりと私の前に立ちふさがった。


 立ち止まった私に彼は顔を近づける。


「ちょっとじいさん、顔貸してくれよ。」


 そして当然のように彼が出て来た細い路地へと連れられる。既に何度も経験済みではあるが、この一連の流れは何処も同じのようだ。


「さぞかしいいもん食ったんだろ?

 そういう幸せは分かち合うってのが民主主義ってもんじゃね?」


 左脇にいた少年が持論を述べる。


「いつから民主主義は共産主義になったのかな?」


 するとすぐに右脇の少年がいきり立った。


「っせえな。

 さっきの夕飯を最後の晩餐にしたくなかったら、念仏でも唱えて金出せよ!」


「宗教を混同しているが?」


「はあ? ボケてんのかクソ爺?

 さっさと金出せっつってんだろが?!

 刺してから抜き取ってもいいんだぜ?」


 最後に私をここに誘導した少年がナイフの刃をちらつかせた時、リンはその少年を見つめながら冷たくささやいた。


『手を貸す?』


「いえ。それには及びません。」


「なんだ、話が早いじゃん。そう来ないとな。」


 リンへの答えが自分に向けられたものだと思っているらしい。


「これでいいかな?」


 私はくたびれた背広の内ポケットから財布を取り出し、その少年の真後ろに放り投げた。


「ちょ、馬鹿か。金は大事に扱えって……。」


 彼らが一斉に視線をそこに向けたその瞬間。

 体を沈め、真後ろの少年の鳩尾を肘で突く。

 次いで手刀を残る三人の首筋に落とし、気絶させる。

 崩れ落ちた彼らの間に落ちていた、ほとんど中身の入っていない財布を拾い上げ、埃を払い落とすと懐に戻した(基本的にはカード払いです、私)。

 一部始終を黙って見ていてくれたリンは、さも当然というようだ。


『四秒。相変わらず、速いわね。』


「いやいや、もう息が上がってますよ。」


 そもそもリンに速度で敵いはしない。まして彼女の手を借りたら、この子らの命も無事ではすむまい。

 リンは腰を折って前かがみになり、ナイフをちらつかせていた少年の顔をしばし眺めたのち、こちらを振り返りもせず小さく肩を上げた。


『まさか……。でも鎖帷子なんか着こんでるからよ? 重くない?』


「小心者ゆえ、習慣になっていますからね。」


『それも謙遜。』


 その後、地面に転がった彼らをそのままに、表通りに出た私の隣で、リンは独り言のように呟いた。


『それにしても相変わらず……あんな馬鹿がいるのね。』


「教育行政に関わった者としては、少々残念な思いがあります。」


『教育ね……。そんなもので人間の本性なんて、変わりはしないわ?』


 そう言えばリンは、十八年前に終えたという最後の前世で、教師だった男を愛しその男によって殺されたと……。リンは少し、寂し気に笑ったように見えた。


『私もダメな女を二千年も繰り返してきたもの。偉そうには言えないけどね。』


 リンはすうっと、そのまま先を行く。

 そしてすぐ近くの公園へと入ると、植え込みの前のベンチに腰を下ろし、近づく私を見つめた。

 そこで隣に腰を下ろした私から視線を外すと、リンは今灯ったばかりの頭上の外灯を見上げた。


『最後の前世で私、あんな子が大勢いた高校に転校したの……。

 教室はいつもタバコ臭くて。

 でも男子だけでなく女子も酷い有様でね。

 いつも魚のような匂いをさせた子がいて……その意味、分かる?』


 見上げた顔のまま、目だけをぎょろっとリンは私に向ける。が、私の顔つきで答えを待つだけ無意味と悟ったか、すぐに再び外灯を見つめた。


『精液よ。

 アレ、生臭いでしょう?

 セックスした後、それをきちんと洗い流しもしないんでしょうね。

 実際、登下校の最中でも街で体を売っていた子もいたし、

 寝泊まりした男の所から直接学校に来ちゃうから……匂うわけよ。』

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