第五話 クレープの味は♪⑤

 公園を後にし、喧噪が訪れつつある繁華街を歩く私に、前を行くリンは振り返る。


『あの男。ずっと喚いていたけど、薬が回る前にちゃんと電話できたかしら?』


 確か、放り投げてしまったズボンのポケットに携帯電話はあったようだから。

 正気になったとしても、這っていくしかなかろうが。


 すると、さしてほどなく。

 救急車とパトカーのサイレンの音が、入り混じって遠く後方に鳴り響くのが聞こえた。


「ああ。どうやらできたようですね。」


『なあんだ。』


 リンは眉を上げた。そして今度は私の隣に並ぶ。

 その美しい横顔に、つい、聞いてはならないことを確かめたくなる。


「それにしても、リン。トイレで、その……。」


 他人の性行為などを目の当たりにして、嫌ではなかったのだろうか?

 二千年の時を見つめてきた幽霊とは言え、十七の娘のままだ。


『ああ、あの子達のセックス? 後背位だったわ。』


 あまりにも淡白なその答えに、思わずその場で赤面し立ち尽くしてしまった。


「そ、そんな、はっきりと……。」


『ええ。まだ明るかったからもう丸見え。

 だいたいトイレでなんて、私は嫌いだけれど。

 でもあの子達、ヤリたい盛りみたいだったから、仕方ないわね。』


 およそ恥ずかしがったり嫌悪する様子もなく先を進むリンを、慌てて追いかけ隣に並ぶ。


「いえ、あの、はっきり見えたかではなくて。

 そんなことではなくてですね……。」


『ああ! 私が何をしたのか知りたいのね?』


「それもありますが、あまりに露骨に言われましても……。」


『じゃあ、ぼかして言ってあげる。

 女の膣の分泌液で十分濡れた男の陰茎にふりかけたのよ。

 あいつが持ってた薬を全部。』


 リンは右肘を曲げ、鎌首をもたげたように構えた右手の指先から、薬をパラパラとふりかける……そんな、どこかで見たような仕草をする。


「い、陰茎などとッ。」


 リンの口から聞きたくはなかった。


『じゃあ、ちん


「さっきので結構ですッ!!」


 街を行き交う人混みの中であることも忘れ、叫びリンを止める!

 リンは小首をかしげ、澄まして続ける。


『あの男、女の尻を鷲掴みにしてずっとソコを見ていたはずなのに。

 腰を振るのに夢中だったのね。

 薬が自分の陰茎にかかっていくの、全然気づきもしてなかったわ。』


 もはや口をパクパクさせる以外抗う術がない。


『薬まみれの陰茎でピストンすれば、膣に念入りに塗り込まれるでしょう?

 粘膜からの吸収って即効性も効果も高いもの。

 もともと女の方が性感は強いし、それで先にラリったの。

 でも男もコンドームつけてなかったから、時間の問題。

 それだけのことよ?』


 結局全然ぼかしていないじゃありませんか!


 あああ、私は一体なんと言うことをリンに聞いて、言わせてしまったのだろう。パンっと顔を右手で叩く。


 リンはそんな私の葛藤をよそに、静かに続けた。


『私がどうやって殺されてきたか、古谷だって知ってるじゃない?

 いつも犯されてからよ?

 だからかしらね……セックス自体は、別になんの抵抗もないもの。』


 そうであった。

 リンは全ての前世において、慕っていた男の欲望のままに犯され、殺され、その後冷たくなっていく体さえも凌辱されていたのだ……。そんなことを何度も。


 赤面して顔を抑えていたことを恥じ、リンを見つめた。


「すみませんでした。」


『あ!』


 音がするはずなどはないが、急に思い立ったようにリンは右の拳で左の掌をポンと打った。

 そして私の前に飛び出したと思いきや、振り向いてその顔を輝かせる。


『今度古谷に憑依して、疑似セックスしてみましょうか!

 脳にダイレクトだから快感だって強烈なはずじゃない?』


「もうこの話はやめましょう?!」


『私、きっと古谷を満足させてあげられるわ? 誰よりも!』


「だっ、だから止めてくださいと! 年寄りをからかわないでください!!」


『そんなの見かけだけでしょう?

 同じ転生者同士、あなたにも私にも、みかけの歳なんて関係ないわ。』


「それはそうですが!」


 必死な私をよそに、リンはうつむき、はにかんだ。


『初めて私に優しくしてくれたのが古谷なんだもの。

 私はあなたと一つになれれば、それでいい。』


 ど、どう答えていいかわからず、年甲斐もなくまた赤面してしまうのみだ。

 するとリンは小さく呟いた。


『かずゆんたら、かわいい!』


 そしてくるっと前を向くと、まるでスキップでもするように先へと進む。

 完全にからかわれている……。


 見た目十七の娘とは言え、敵うわけなどないのだ。

 転生を繰り返した者同士とリンは言ったが、リンの方がはるかに先達なのだから。


 心拍もどうにか落ち着こうかという頃、駅が見えてきた。

 日も落ちるとやはり冷え込みはまだまだ厳しそうだ。夜のうちに、この街を出よう。


「さて。次は、どこに参りましょうか。」


 尋ねた私に、リンはまたくるりと振り向き、笑った。


『今度は美味しいお肉が食べてみたい。いい?』


「はい。でも、使って頂くのは「味覚」だけですよ?」


『ええ、いいわ。』


 リンの眉が少し上がったのが妙に気になったが……。


「では、西の方角でしょうかね。」


『楽しみ楽しみ♪』






クレープの味は♪ 終

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