第四話 クレープの味は♪④

「こいつよ! さっき話したキモイじいさん。」


「はッ! なんの用だ? クレープならないぜ?」


 二人はへらへらと笑いながら罵声を浴びせてくる。だが。


「薬はあるだろう?」


 その一言に、それまで薄ら笑いを浮かべていたニット帽の男の顔は豹変した。


「な……なんだと?」


「薬を売りつけるために友達のフリをして近づくのは、いかがなものかな?」


 言い当てられ一瞬驚いた様子を示したものの、今度は女が真っ赤になって喚き返す。


「は? 馬鹿じゃないの? なんのこと言ってるのかさっぱりだわ!!」


「言いがかりもほどほどにしとけよ? 余生を病院で送りたいのかよ?」


 なかなか口だけは達者なようだ。いきり立つ男は捨て置き、再び女を睨み返す。


「君と一緒にいたあの子だが。

 君達が薬を混ぜたクレープを持って、今頃警察に行っているが?」


「な! なによ……。ねえ、うちら、ヤバイんじゃないの?!」


 急に分が悪くなったと感じたか、女は上半身を男に向けひねり、そのトレーナーの襟首をつかむ。


「ふん、どうせそんなの、はったりだ!」


 額に汗を浮かべだした男は、手にした未開封の缶ビールを開け、ゴクリと飲んだ。

 つられて女もすかさず男の手からそれを奪い、同じようにゴクリゴクリと飲み干し、私に向かって空き缶を投げた。

 カラカラと転がる音が、他に人のいない公園に響く。


 ただでさえ暖かな陽気の中、乳繰り合っていたところへの突然の訪問者。そして誰も知らないはずの秘密の暴露。

 バツも悪く緊張の結果、喉の渇きを覚えてのことであろうが……。


「まさか一息に飲み干してしまうとはな。妙な味がするとは思わなかったのか?」


「何言ってんだくそじじい!!」


 ほう。まだ威勢よく怒鳴るとはな。


「その女がしたことを真似たまでだ。

 だがアルコールと一緒に飲んだら回りが速くなる。

 そのくらいのことは知っていて薬を売ってきたんだろうな?」


 どうやら二人には私の言葉の意味が分からないらしい。どちらからともなく笑いだし、私を指さし嘲り、罵倒し始めた。


 だが私には一瞬だけ見えていた。いや、見せてもらえていた。

 トイレから現れたリンが、男のポケットから抜き出した何包もの薬を全て、ビールの缶に注ぎ込んだのを。

 リンは男がビールの缶を開封して口に運ぶまでの、ものの一、二秒のうちに、それを丁寧にこなしたのだ。


「う……。」


「き、気持ちがわ……。」


 さほど待たずして二人は顔を歪め、飲み込んだものを噴水のように勢いよく吐き始めた。明らかに薬物の過剰摂取だ。

 その男の耳元に、リンはささやく。


『古谷に殴られていた方が、まだ苦しまずにすんだでしょうに。』


「な……なんら……っへ?」


 男の呂律はすでに回っていない。


「病院に行くべきは、君達のようだな。」


 二人はすでに白目をむき、口から溢れ出た吐しゃ物が衣服を汚していった。その海の中を、互いの体を蹴り合うように男と女は蠢き続ける。


 と、突然。

 公衆便所の身障者用ブースから、もう一人の大きな男が……こちらは眉毛を剃り落としているのか……片足にズボンとブリーフをひっかけたまま、転がるように飛び出してきた。


「うあああッ! いきなりラリった、やべえよッ!!」


 開け放たれたドアの奥に、下半身を露出したもう一人の女子高生が、まるで尺取り虫のように尻を上げた姿勢のまま、痙攣している。

 その顔面も蒼白で、眼球が限界を超えてまだ上を向こうとするかのように小刻みに震え続けている。その女も薬に犯されたであろうことは明白だった。


 目の前に躓いて転んだ「眉なし男」を私は見おろした。


「やばい? 君のお友達も似たような有様だが?」


「お、おおおおお前、いったい?!」


 眉毛がないまま目を見開くと、まるで魚のような顔だな。


「早く救急車を呼ぶべきだな。

 君達がなんという薬を扱っていたか正直に話せば、あるいは助かろう。」


「ひ! ひいいいいいい!!」


 一人逃げようとするその足を払い、そのまま地面に顔から倒れ込んだ男の右足の股関節に膝を入れ、一気に捩じる。

 ぼがっ と、鈍い音ともに関節は外れた。


「いっ! いてえよおおおおおおおおッ!!」


「黙れ。」


 ぱーん!


 喚き転げまわる男に馬乗りになり、その頬を掌で叩く。男はすぐに涙を流しながら仰向けのまま硬直した。


「猥褻物陳列罪で、笑い者になりたいか?」


 そして男の足に絡まっていたブリーフとズボンを、戸が開かれたままのトイレに放り投げる。まだ小さく痙攣し続ける女の尻に、それはかかった。


 既に声を上げるのを忘れた男の脇に、リンはスカートの裾を抑えしゃがみこむ。そしてサラリと垂れた前髪を指で耳元まで上げながら、男にささやいた。


『早く電話したら? ほっとくと皆死ぬわよ?』


「う、うああああっ! なんだ?! 今の声は!!」


 見えないリンを振り払うかのように暴れる男に、今度は私が薄ら笑いを返した。


「ほ~う。今の声、聞こえてしまいましたか。それはお気の毒に。」


「な、なんだって?」


「薬に狂わされ死んだ大勢の者を……よく知っている亡者の声ですよ。

 どうやら呪われてしまいましたねぇ。

 素直に警察に話しなさい。入手経路も洗いざらい。さもなくば……。」


『迎えに来るわ。地獄への道連れに。』

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