第三話 クレープの味は♪③
リンに憑依されて以来、私がリン固有の霊波とその痕跡を感じ取れるようになったことは自然の成り行きであろう。
だからそれが発せられる方角さえ把握すれば、二人が離れても特に問題はない。
が、公園を出て商店街を抜け、行きついた場所で私はため息をついた。
駅か。
どうやらあの女子高生達は電車に乗ったらしい。
流石に交通手段を利用しての移動距離ともなると、私にはリンの霊波をとらえることは容易ではない。
ここはリンが戻ってくるのを待たねばなるまい。
そのリンは普通の幽霊ではない。
通常、幽霊は生前知っていた場所しか自らは動けないものだ。
だが二千年もの間、転生を繰り返してきたリンにとっては、そのような足かせはない。
さらには時の流れさえ静止しているかの如く、リンは自由に動き回ることができる。
私が瞬きをする間に、地球の裏側に行くことさえ彼女には可能なのだ。
故に、リンにとっては生きた人間の尾行など、造作もなきこと。
駅の待合室で待つこと数十分。
『だーれだ♪』
いきなり背後から目隠しをするようにリンは私の目を覆った。だが、その細い指の並ぶ美しい掌越しに、待合室の向かいの壁が透けて見えている。
「どこまで行かれましたか?」
振り向いてそこに立つリンを見上げる。
『ちょっとくらい、のってくれてもいいのに。』
リンは少しすねたように口を尖らせた。
「これから乗りますとも。それで、どこまで?」
ん?
今、リンは小さく『かずゆんのバカ……』と呟いたか?
そして急につっけんどんな物言いに変わった。
『下り、三つ目の駅!
そこ降りたところでカラオケボックスに入ったわ。
どうせ男達との待ち合わせまで、暇を潰すんでしょうよ。』
「では、参りましょう。」
……とは言え、ここは都会ではないため電車も一時間に二、三本しかない。
だから目的のカラオケボックスに着く頃には、女子高生達はいないことも考えられる。が、その時はその時。
乗車中は吊革につかまっていた私に、重力にとらわれることはないその体を預けるようにしていたリンだが、駅を降りるやカラオケボックスを素通りし、私の前をゆく。そして軽く振り向いた。
『この先にうらぶれた公園がある。もうそこで合流してるはずだわ。』
「流石ですね。」
リンが前に向き直る一瞬、声にこそ出さなかったが、その口元がほころんだのが見て取れた。代わりに私が、ふっと笑ってしまう。
やはり。狙った相手を見失うことなど、リンにあるはずがないのだ。
リンに続く道すがら。
このは街は治安もあまりよくないのであろうことに気がついた。
スプレーの落書きが残る壁……。至るところに落ちている吸い殻……。
やがてたどり着いた公園も、リンの言ったとおりだった。
手を入れられた様子のない木々が立ち並ぶためか、まだ夕刻には早いはずが、どこか薄暗くさえ感じられる。
錆びついた遊具。奥に公衆便所。
その手前に据えられた、ベンチにも使えそうな2m四方の石の台に、二人の人間の姿があるだけである。
広げた両足を投げ出すように座ったニット帽の若い男と、その股の間に挟まり男に枝垂れ掛かっているのは、先の女子高生のうちの一人だ。
しかし、なんというだらしなさだ。
男の穿いた、半分尻まで下がったズボンの前はファスナーが下りていた。女のブラウスは胸の釦が外れており、今しがたまで男の手がそこに入っていたと思わせるに十分なほど乱れていた。
彼らの脇には、いくつものアルコール飲料の缶。空いたと思われるそれからは、タバコの煙が。
「男はもう一人ですね?」
『ええ。』
私の問いかけに冷たい笑みを浮かべて答えながら、リンはすうっとそのまま、公衆便所の身障者用ブースへと壁越しに入っていく。
その中から微かに聞こえるのは……もう一人の男の荒れた息遣いと、別の女子高生の喘ぎ声だろうか。
「なんだ、じじい? じろじろ見やがって!」
台の上のニット帽の男が、公園入口の私に気づき、怒鳴る。
「じろじろではない。まっすぐだ。」
私もそのまま、彼らに近づいて行った。
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