晩酌

「…………」

 のど越しも最高で、舌触りも最高で、漂う美酒の香りは今までにないリラクゼーション効果を吾妻に与え――紙コップを置いた吾妻は、眉根を寄せた。最高に美味なる酒、間違いなく吾妻が飲んできた酒の中では一番と言える酒であった。しかし、吾妻は美味いと思いながらも、どこか美味しさが欠けていると感じた。もう一杯飲み干しても、同じであった。もしかしたら自分に合っていないのかもしれないと、いつも飲んでいる酒を飲んでみる。同じように、美味しいと吾妻は感じなかった。

 酒を飲むのをやめた吾妻は、台所に空になった紙コップを持って行く。そこであるものを見つけた。ほとんど使うことのない台所の横に、小さな鍋が置いてあった。それは、隣の部屋に住む千枚瓦哲がおすそ分けと言って毎回持ってくる、吾妻にとって貴重な夕食であった。




 アーノルドという筋骨隆々のチワワを世話する彼が作る肉じゃがは絶品である。その肉じゃがが目の前にあり、吾妻は無言でコンロの上に鍋を置いて火を点けた。香りはいつもと同じく腹を空かせる飽きない香り。

 じゃがいも、人参、糸こんにゃく、肉とシンプルなものでありながらワンコイン以上出してもいいと唸らせる味。温めたその肉じゃがを皿に入れて、畳の部屋へ向かう。

 正座し、ゆっくりと食べ始める。ほっとするような温かさと味に顔も緩む。これなら酒も合うであろうと酒をちびちびと飲みながら肉じゃがを食べ、それから締め切っていたカーテンを開けて、ベランダに出た。

 星空の下で飲む酒はこれで何度目であろうかと、吾妻は眩い星空を眺めて不意に人肌恋しくなった。それはおそらく、畦倉あやせと最近飲んでいなからであろうと、下の階にいるはずの畦倉のことを思い出しながら、彼女の肩に手を回すように、ベランダの柵に腕を乗せた。


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