開始


 確信犯であった。そして、すべての元凶にこの男が絡んでいることはどう考えても明白であった。

 彼らは人質を取って立てこもった犯人を借金で追い込み、その結果、偽善的秘密結社は借金を負う羽目となった。多額の身代金を用意させることで、警察が手を拱けば動くであろう偽善的秘密結社にその身代金を用意させる。その段階でこの大仰らが動き、金を貸す。その結果がこれだ。藤堂藤一郎は偽善で多額の借金を背負い、彼が亡くなった今、孫娘である藤堂るりが背負うこととなり、膨れ上がった利子も上乗せされ――この事実を、彼女は知っていながら、今まで吾妻らに隠し通してきたということだ。

 たかだか数ヶ月、されど数ヶ月、彼女のことを調べ上げようとまでしていた吾妻ですら気付かなかった、藤堂るりの抱える大きな悩み。

 その元凶が目の前にいて、見る者を不快な思いにさせるオーラを放ちながら下品な笑みを浮かべている。こんな人間のために、彼女が苦しんでいる。

「ま、そういうことだ。悪いが俺もそんなに暇じゃない」

「……その借金の額は、どのぐらいなんだ」

 吾妻の細い声に大仰は一瞬だけ眉間にしわを寄せた。

「代わりに払ってやろうとか、そう考えているのか?」

「……どうなんだ?」

 答えず、吾妻は訊ねる。

「まったく……お前は肝の据わった奴だ。ここに一人で乗り込んで来て、目上の人間に対して腹の立つほど馴れ馴れしい。よほど育ちが悪いようだな」

「残念なことに、育ちは酷く悪いからな。毎日が嵐のような家だった」

「ほう? まあいいさ。訊きたいことはおそらくそれだけだろう? いいよ、教えてやる。教えてやるから、帰りな」

 部屋の隅にある金庫へ向かう。おそらく借用書を取り出しているのであろう。吾妻はその間に瞼を下して心を落ち着かせる。ここに来たことが無駄にならないように願うしかない。

「ほらよ、そいつが原本だ」

 そう言って大仰は吾妻のほうへ書類の束を放り投げた。受け取った吾妻は、一枚目を捲り、目を丸くさせた。0の数を眼球で追いながら数え、頭の中では一、十、百、千、万、十万、百万、千万……と額の恐ろしさに打ち震えそうになった。

 その額、二億五千万である。

「二お……」

 絶句。書類を持つ手が震え出す。オークション会場の阿呆共が遊びで使うような額ではあるが、しかしながら、当然、一般人がポンと出せるような額ではない。利子率も馬鹿馬鹿しいほど高く、藤堂るりが体調を崩すほど毎日働いても、すぐに返せるとは到底吾妻には思えなかった。

「どうした? 笑えるほどの額だったか?」

 げへへ、と気色の悪い声を出して大仰が笑う。顔を上げ、吾妻は冷や汗を流した。書類を持つ手の震えが徐々に落ち着き始める。そして吾妻が真顔に戻り、大仰の笑顔が少しずつ崩れ始めた。それを見た吾妻は「笑えるよ、本当に」と書類をテーブルに置いてふんぞり返った。気でも狂ったか? とでも言わんばかりに顔を歪ませる大仰に吾妻は言う。

「笑うしかあるまい。僕の予想を完全に上回っている。呆れたよ、僕は甘かった」

「何を、言っているんだ?」

「借金の額についてだよ。僕は本当に借金がどれだけあるのか、知らなかった。だから驚いたんだ」

 吾妻がふんぞり返る後ろの扉がノックされ、さっきの刺青の男が入ってきた。

「ボス、客です……」

 部下の様子がおかしいことに気付いた大仰が立ち上がり、対して、吾妻は冷静に言う。

「大仰、仕事の話をしよう」

「仕事だと?」

 扉の向こう側から歩いて来た一人の男が、吾妻の横に立つ。甘いマスクを僅かに緩ませたその男は、おもむろに吾妻と大仰の間にジュラルミンケースを三個置いた。重みでテーブルが軋み、同時に大仰の口から葉巻がこぼれ落ちた。

「さて大仰」

 吾妻は男と一緒に笑みを浮かべ、脚を組み、まったく似合わない偉そうな口ぶりでこう言った。



「――取引といこうじゃないか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る