家族


 部屋に戻り、吾妻は窓を開けてベランダに立った。とても綺麗な星空に心が洗われる。しかし、吾妻の心は酷くざわついていた――新聞の切り抜きの内容は、一つがとある家で起こった人質を取った立てこもり事件についてだった。当時の警察は犯人が要求した額を用意できず手をこまねいていたらしい。しかし突如として解決した、とのことだった。

 どういう経緯で解決に至ったのか、という詳細は一切書かれていなかったが、一緒に置いてあった高額の借用書を見て吾妻は確信した。藤堂るりの祖父である藤堂藤一郎は自身の偽善的秘密結社を使って身代金の金を集め、それが使用されたことで人質は解放され、のちに犯人も逮捕された――酒を取り出してちびちびと舐めるように飲む吾妻は、遣る瀬ない気持ちになっていた。テーブルにあった写真はどれも藤一郎と藤堂るりが一緒に写った写真であった。吾妻の中で点と点が繋がっていく。もう一つの切り抜きはとある夫婦が交通事故で亡くなった内容であった。その夫婦の姓は藤堂。笑顔で写った彼女を思い出し、このアパートがどれだけ彼女にとって大事なものであるかが伝わってきて仕方なかった。

 藤堂るりには祖父である藤一郎しか――家族がいなかったのだ。


 つまみを探そうとして、躓く。転び、倒れる。立ち上がる気力がなく、ひんやりと冷たい畳に頬を乗せる。

「彼女にとって、ここは宝物で、住人は家族なんだな……」

 彼女は自腹で飲み会を開くこと対して「楽しければ、それでいいのよ」と言っていた。あれは、彼女にとって、心癒される時間だからこその台詞だったのだろう。

 その晩、吾妻は倒れたまま寝入った。それから数日間、吾妻は今まで継続してきたハードスケジュールを放棄した。

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