護衛
吾妻は団子をむしゃむしゃと食べ、目の前の女子二人は段ボールをテーブル代わりに少年時代の吾妻が溜めた小銭で購入したお高めのスイーツを幸せそうに頬張っていた。釈然としない思いでいたが、変な噂が立てられるわけでもなく、誤解も早急に解けたことで安堵の思いのほうが大きい。
鴻巣語は高校二年生で、吾妻の思ったとおり、女子高の生徒であった。先日の飲み会で絡んだときはてっきり男だと思っていたのだが、しかし、服装が違うだけでこれほどまでに人が変わるものなのか。顔立ちは確かにボーイッシュ、スタイル的にすらっとしていて胸もさほど大きくない。よく見れば耳にピアスがあり、確かに先日の飲み会で話をしていた少年が、鴻巣語であることを確信付けた。
「それで、僕に頼りたいことというのは何かな? 金ならないぞ」と大家を見てから視線を鴻巣に戻す。鴻巣は食べる手を止めずに答えた。
「ちょっと今、困っているっていうか、怖いっていうか……」
「怖い?」
「うん」
こくんと頷いた鴻巣は開けていた窓を閉めて、藤堂るりの隣にぴたりと座った。
「ここ数日、あの飲み会のあとからずっと、後ろをつけられているような気がして、怖いんです。登下校、ずっと見張られているような、見られているような……とにかく誰かが付き纏っているとしか考えられなくて……それで吾妻さんが自分を頼れ、力になるって言ってくれていたのを思い出したから、部屋の前で帰るのを待っていたんです。でも、まさか押し入れに二度も投げ込まれてお茶までかけられて……」
「それは本当にすまないと思っている」
心の底から土下座を決め込み、そんな吾妻をどうでもいいように眺めていた藤堂るりがおもむろに携帯を取り出した。しかしすぐさま悔しそうにポケットに戻す。
「警察に言っても動いてくれることはないでしょうね。とくに今は窃盗団のほうで忙しいでしょう」
「一応伝えておくだけでも伝えておくべきかと思いますけれど」
「パトロールしてくれるのは住んでいるこのアパート周辺がいいところでしょ。登下校をボディーガードみたいに守ってくれるほど優しいわけがないじゃない」
「身内には優しいけれどね」と皮肉を言っても、結局吾妻だって何かがあれば警察に頼ろうとするだろう。始末に終えない。
「とにかく、素人がストーカーを探ろうと考えるのは危険よ。警察はともかく、私がどうにかするから、ひとまず登下校のボディーガードを吾妻くんにしてもらいましょう」
「何を言って……!」
言いかけて言い淀み言い止まって最後に吾妻は黙り込んだ。自分に頼れ、力になると言ったのは紛れもなく吾妻自身である。それを否定しようものなら、目の前の二人の女性からだけでなく、アパートの他の住人からも知られれば白い目で見られるに違いなかった。何より、自分よりもアパートの住人からの信頼がある藤堂るりにすべてにおいて軍配の上がるピラミッド型生態系、アウェーの地でいくらフェアを要求したところで無言にて却下されること請け合いである。
つまり吾妻のボディーガード採用は吾妻の意思と関係なく受諾されたのであった。
「千枚瓦さんにも協力を得ましょう。彼なら何かあっても暴力という名の正拳で相手を叩き潰してくれるはず」
藤堂るりは口元に付いていた生クリームを器用に舐め「私は私で動いてみるから、吾妻くん、よろしくね」と部屋をさっさと出て行った。
自分の部屋なのに取り残された感が尋常ではない吾妻は、とりあえず金ももらえぬ雇われボディーガードとして、明日から仕える護衛対象者に「弾除けぐらいにはなる」とだけ言って、自分の取り柄のなさに涙しそうになった。
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