請求


 千枚瓦とアーノルドの再会は無事成功した。そして吾妻は警察に連れて行かれた。

 とはいえ、逮捕されたわけではない。ここ最近、都内で起きている窃盗事件に関わっている大きな組織があるらしく、その中の実行部隊が黒ずくめの男たちだったとのことだった。事情聴取を受け、厳重注意を受け、翌日になって吾妻はようやく帰宅することとなった。

「今思えば、あんな無茶をよくしたものだ……」

 マンションの二階からトラックに投げられて突っ込み、カージャックしたのちに撃退したのだ。撃退というにはあまりにも過激で失敗とも言える大きな事故を引き起こしたのだが、ひとつの命を救い出したことには変わりない。そして、ノーマルライフを手に入れるべく契約書に関する交渉が、アパートに戻れば待っているのだ。

「おっと、その前に門司のマンションに寄らなければ」

 彼の毛布を台無しにしてしまった詫びをしに行かなければならないのだ。しかし、あの毛布があったおかげでアーノルドの救出は成功したようなものである。そして何より、アーノルドを保護してくれた彼には感謝しなければ。

「お、来たか」

「昨日はありがとな、門司」

 マンションの前は警察の車が数台止まり、どうやら門司の部屋に来ているようだった。そして主の門司はエントランスで煙草を吸いながら時間を潰していたようだった。

「今回狙われたのは俺の部屋だけだったみたいだ。でもおかしいんだよな、盗品も高額な品とも言えないがらくたばかり、とてもじゃないが売っても二束三文だ。窃盗団は目利きのない阿呆の集団なのかもなあ」

「呑気な物言いだな」

「阿呆、あんな刺激的な時間を過ごした直後だ、日常に戻ろうと必死さ。俺は騒がしいのは苦手なんだ」

「そうだろう。僕も普通の生活が一番だ」

 煙草を吸い終えた門司は背伸びをして「結構荒らされていたから、まずは掃除しなきゃならんな」とため息を漏らす。散らかっていようとも、床に穴の空いていない居住空間であることには違いない。散らかっていようとも、吾妻には最高の居住空間だ。

「お前も事情聴取やらで疲れたろう、早く帰って寝ろよ。明日から仕事だぞ」

「ああ、帰って寝るとするよ」

 そう言って立ち去ろうとしたときだった。おもむろに取り出した紙を門司は吾妻の胸に押し付けてきた。

「忘れ物だ」

「忘れ物?」

 受け取り、開く。二十九万円の請求書であった。

「二十九……何コレ?」

「お前が駄目にした毛布の請求書だ」

 ガツンと鈍器で殴られたかのような衝撃に、吾妻はその場に両手両膝を衝いた。

「あれな、カシミヤでできていて超高かったんだよ。ま、友人として期限は今年いっぱいにしておいてやるから。あれだよ、金に関して妥協したら、友情は簡単に壊れちまうだろう? ちゃんと、きちんとしなきゃダメだからな。口座番号も記入しておいたから、よろしくな」

 そう言い残し、門司はエレベーターに乗ってにこやかに手を振りながら二階に上がって行った。その後、吾妻が立ち上がったのはそれより一時間後のことだった。

 心は当然、根元から折れていた。


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