着弾

「何奴!?」

 時代劇の台詞のようでもあったが、まさにその台詞は彼らに言うには最適とも言えた。部屋に突入した千枚瓦と吾妻が目撃したのは全身を黒ずくめに、どこか忍者を思わせるような格好をしていたのだ。しかも動きまで忍の如く足音もなし、抱えたアンティークの置き物や握り締めた貴金属を素早く運び出し、動揺する素振りも見せないままベランダへと駆け込んで行った。

 まるで影を追うような、そのぐらいの速度で逃げ出す彼らを二人で追ったが、驚くことに広々としたベランダに彼らの姿はなかった。

「吾妻さん! 下です!」と千枚瓦が叫び、ベランダの柵から身を乗り出して下を見る。彼らはワイヤーを使って一気に下降している最中であった。すると、彼ら数名が抱える盗品の中に、ひときわ目立つものがあった。それは筋肉という筋肉に覆われた、とてもじゃないが世界最小の犬とは思えないほどの巨躯、チワワでありながら土佐犬といい勝負ができそうながっちりとした肉体を持つ、初見であっても情報を耳にしておけば見間違えることのない――ケージに入れられたアーノルドの姿であった。

「アーノルド!」と叫ぶ千枚瓦。

 彼らが下降する先に、先ほど見かけたトラックがやって来た。アレが彼らの逃走手段だとすれば、以前見かけた際にも同じようなことをしていたのかもしれない。さすがに今から階段を使って追いかけようとも、このままでは逃げられる。門司と藤堂るりが駆け付けて「追いかけよう!」と玄関に向かう。

「まずいぞ……このままでは」

 ノーマルライフへの道が絶たれてしまうではないか――と吾妻は近くにあった毛布を手に取り、千枚瓦の頭を引っ叩いた。

「千枚瓦! 僕を投げろ!」

「え!?」

「あのトラック目がけて投げるんだ!」

 毛布を頭から被り、トラックを指差し叫ぶ。目的は不明でも、アーノルドをここで失えば自身の未来はいつまで経っても暗闇なのである。暗闇を断つには、今はアーノルドを救い出すこと以外にないのだ。

「正確には無理です!」

「安心しろ、軌道はどうにでもなる!」

 唯一、父親から受け継いだちょっとだけ浮ける浮遊能力。それを駆使すれば、空中での軌道は操れないこともない。とはいえ、試したことは一度もない。しかし、ここで逃してなるものかと、ドバドバと溢れ出るアドレナリンと場の空気で吾妻のテンションもおかしな方向へとシフトしていた。そして運も味方をした。彼らのトラックは、ちょうど前方運転席を吾妻たちの方角へ向けていた。

「どうなっても知らないですからね!」

「知らんでいい! 未来なんぞ見えぬものよ!」

 妙な自信が湧いて出て、伝染したのか、千枚瓦も覚悟を決めたようだった。自慢の筋肉を駆使し、吾妻を抱え、砲丸投げよろしく、構える。

「着弾点は!」

「運転席!」

 吾妻は口を閉じ、千枚瓦の筋肉が咆哮するかのようにビキビキと音を立ててしなる。そして次の瞬間――吾妻の身体は千枚瓦の手から離れ、弾丸の如くトラックの運転席へと撃ち込まれた。一瞬の出来事ではあったが、僅かにずれていた軌道を浮遊能力でどうにかこうにか修正、まさかのドストライクで運転席に座っていた男に毛布にくるまれた人間砲弾はフロントガラスを突き破って直撃した。

「痛い!」

 当然のことではあるが、毛布でいくらガードしようとも、フロントガラスを突き破るほどの衝撃を完全に和らげることはできるはずもない。しかしながら、硝子片での怪我は回避、そして衝撃も兄弟喧嘩で受けた常識破りの破壊力を持つ拳や蹴りに比べれば大したものではなかった。

「くそうっ」

 気絶した運転手の足がブレーキから外れ、ゆっくりとトラックが動き始める。助手席に乗り込んできた仲間が必死にハンドルを引っ掴み、トラックを操り始める。もちろん逃亡など許さない。吾妻はすぐさま男の顔面にありったけの力を込めて蹴りを叩き込み、車外へ蹴り飛ばす。動き始めたトラックを他の仲間が追いかけてきたが、徐々に速度を上げ始めたトラックは真っ直ぐ、河原の土手に向かって彼らを振り切って走り始めていた。これには吾妻も焦り、すぐにハンドルを握って操作する。

「ん? 追いかけてきているってことは、アーノルドは?」

 ミラーで確認すると、アーノルドは道路に放置されていた。おそらくトラックの奪取を優先したのだろう、門司と藤堂るりがアーノルドを見つけて駆け寄ったのを確認し、吾妻はひとまずこのトラックをどうするべきか考える。すると、トラックの運転手が突如目を覚まし、吾妻の首を後ろから締め上げた。これには驚き、吾妻は思わず手足をばたつかせた。このときハンドルを蹴ってしまったのは意図的ではない。ハンドルが回り、トラックは大きく曲がる。速度の出ていたトラックはそのままバランスを崩した。

「死ぬ!」

 叫ぶ吾妻。首を締め上げていた男がどうやら命を優先し、吾妻から手を離し、すぐさまトラックの外へ軽やかな動きで脱出した。しかし、吾妻はそんな身体能力を持ち合わせてはいない。

 トラックが横転する中、運転席で再び毛布に包まり――横転した直後、ゴム鞠のような弾み方をして完全に割れたフロントから吾妻は放り出された。

 藤堂るりが駆け寄って来て、吾妻は毛布の中から救出される。

「大丈夫ね」

「大丈夫なように、見えますか?」

「見えるわ」

 笑顔でぺちりと額を叩かれ、吾妻はこの時ばかりは笑って返した。


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