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 一度だけ興味本位でしたことのある無料サイトの恋愛占いを宛てにして、これまた一度だけ意中の同級生女子に告白をしたことがあった。しかし、肉片が飛び散りそうなぐらいの悲惨なフラれ方をした吾妻はそれ以降占いという類に一切見向きもしなくなった。そういう経緯もあり、占い師と名乗った彼女、畦倉あやせとの間に信頼関係等の綺麗な関係は絶対にできないだろうと吾妻は直感した。

 とにもかくにも、崩れ落ちた畳や天井を二人して片付け、一息ついた頃には天井にぽっかり空いた穴からとてつもなく明るい陽射しが差し込んできた。この真っ暗な部屋では、その明かりはまるで天使が舞い降りてきそうな、救いの光のようにも見えなくもない。監獄の地面に穴を掘って脱出した脱獄囚の気分だ。

「さて、どうしたものか」

 その光を浴びながら、眠気がすっかり抜けてしまった吾妻はストレッチをしながら今一度部屋を見渡した。女っ気のない部屋の中央のテーブルにちょこんと腰掛けた畦倉は何故か申し訳なさそうにしていた。申し訳ないのは畳を突き破って落ちてきてしまった吾妻のほうなのだ。

 しかし、それ以前にこういった事態になるまで放置していた大家の管理体制に問題があるのではないだろうか、と大家の藤堂るりに対して心中で講義する吾妻に、畦倉がテーブルから降りて頭を下げてきた。

「すみません」

「いや、僕が畳を踏み抜いたせいだから」

「いえ、わたしのせいなんです……」

 まさか黒魔術的な何かの実験による崩壊なのだろうかと思い、警戒心から少しだけ後退した吾妻は、ふと明るくなった部屋を改めて見渡し、拭えない違和感に首を傾げた。やはり広い。何かが吾妻の部屋と違う。それが何なのかがわからず首を傾げ続ける。すると、畦倉も同じように首を傾げていることに気付く。

「何か?」

「いえ……昨晩は騒がしかったなあと思いまして」

「ああ、それこそすまなかった。根本的な原因は千枚瓦にあるが、僕も変なテンションになって声を大きくしてしまっていたのかもしれない」

「千枚瓦さん、何かあったんですか?」

「ああ、ちょっとした規則違反を……それで、ちょっとした探し物をね」

「探し物ですか……わたしが占って差し上げましょうか?」

 そう言って彼女は小さな水晶を懐から取り出した。いかにも占い師といったところだろうが、しかし如何せん、吾妻には苦い経験がある。

「悪いが、僕は占いを信じていない」

「……そうですか」

 畦倉はしょんぼりと俯き、そのまま部屋の奥へと歩を進める。そして水晶をおもむろにゴミ箱に投げ捨てた。

「え?」

 吾妻が呆然とする中、彼女は傍らにあったタロットカードを手に取ると何の躊躇いもなくゴミ箱にばらばらと捨て始めた。さらにテーブルの上のサイコロやコインを手に取って、同じようにゴミ箱へ。挙句、髑髏も黒い布も捨て始めた。

「ちょっと待った!」

 口元を見ただけでもわかる。彼女は目元が見えなくとも、今にも泣き出しそうな顔をしていたのだ。どうやら彼女のハートは、水晶ではなく硝子のように繊細で割れやすいぐらいに脆いようだった。吾妻は慌てて彼女の両脇に腕を通して止めに入った。いくら占いを信じていない吾妻でも、この行為、見て見ぬふりなどできない。ましてや、そのハートを砕いたのは吾妻のせいと言ってもいいのだ。

「いえ、もういいんです……どうせ信じてもらえないなら、もう捨ててしまったほうが!」

「僕が悪かった! だからやめて! 胸が痛むから!」

 と、ぎゃあぎゃあと二人して騒ぐこと五分、冷静さを取り戻した彼女と一緒に捨てたものを所定の位置に戻し終えたのち、吾妻はため息交じりに言った。

「さっきは心にもないことを言ってしまった。すまない」

「いえ……乱心してしまってすみませんでした……では、占いのほうですが」

「ああ、うん、してもらえるのであれば、よろしく頼む」

 ここで断れば、おそらく今度はさっき以上の乱心ぶりを見せるのだろう。それだけは阻止せねばならず、仕方なく吾妻は占いを頼み込む。

「では……」

 彼女は椅子に座り、テーブルに水晶を置いた。すっと目を閉じ、ゆっくりと手を伸ばす。水晶を覆うような手つきをして見せ、吾妻は真向かいに座っていた。そして彼女がようやく口を開いた。

「探し物は、動物、犬」

「はい……はい?」

 彼女の質問に対して答えた吾妻だったが、遅れて驚き、思わず椅子から立ち上がった。探し物に関して、吾妻は一言も情報を発していない。それなのに、彼女は。

「どうしてわかった?」

 顔を上げた畦倉は冷たい表情をして「見えたからです」とだけ言って再び顔を下ろした。冷や汗なのか普通の汗なのかはわからないが、ちょっとした恐怖心を感じた吾妻はこれ以上占ってもらうことに対して躊躇っていた。信じてなどいない。しかし、現に、こうやって、知らぬ情報を彼女は口にし、言い当てている。

(いやいや、待て待て。昨晩の話を聞いていたからかもしれん。騙されんぞ!)

 歯噛みし、吾妻はあえて椅子に座り直し、腕を組んだ。彼女は変わらず冷静そのもので、再び口を開き、吾妻の心を揺るがした。

「大人しい。利口そうな犬です。チワワでしょうか? でも、とても大きいですね……」

「なぜわかる!?」

 動揺から再び立ち上がった吾妻はテーブルに手を衝いて身を乗り出す。逃げるようにして彼女は軽くのけ反った。

「見えるからです。説明難しいです。吾妻さん怖いです」

「ああ、すまない」

 椅子に座り成して深呼吸、今一度彼女に視線を向けた。

「はっきりとは見えません。ぼんやりと、シルエットで見えたり、文字で見えたり、色で見えたり……信じてもらいたくて」畦倉は両手に握りこぶしを作って口角を上げた。「ちょっと頑張りました。だから、ちょっと眩暈がします」

「頑張ってくれたのか……」

 完全否定していた占いも、完全ではないにしても、畦倉あやせの占いに関しては、多少なりとも信頼できそうな気持ちが吾妻の中で生まれ始めていた。どうせ闇雲に探しても簡単に見つかるはずもない。ならば、過去に目を瞑ってなかったこととし、彼女の占いに賭けてみるのも一つの解決策なのかもしれない。解決すれば、吾妻にとってプラスになることは間違いないなのだ。

「犬の名前はアーノルド。筋肉ムキムキの規格外なチワワだ。できれば早急に見つけ出したい」

「……わかりました。とても必死な気持ちが伝わってきました。では」

「ああ、頼むよ」

 と、吾妻は彼女が差し出してきた書類に目が点となる。

「これは?」

「請求書になります」

「何の?」

「何を言っているんですか、占い、一回分の請求書ですよ」

 と彼女はにこやかに言った。請求額二十万の数字に、吾妻は椅子に座ったまま後ろに倒れた。天井に空いた穴の先に天国でもあるのではないかと思えるほど、今すぐにでも二階に戻りたいと手を伸ばす。

「どうされました?」

「いや、もういいんだ……」

 万策が尽きたわけではないにしても、彼女の占いを宛てにしようとした自分が馬鹿だったと吾妻は嘆いた。最初に彼女が言い当てたのは、吾妻に占いを信じさせるためであり、いわゆる「お試し」ということだった。よくある手だが、実際にやられると堪えるものがある。

「振り出しに戻ったなあ……」

「十八万にまけましょうか?」

 破格の値下げでも、その価格が適正価格でない以上、依頼することはできない。これからどうしたものかと、まずは銭湯に行って一旦疲れをリセットさせた上で対策を練ろうと吾妻は天井の穴を見上げながらぼんやりと考えていた。すると、天井の穴から吾妻を見下ろす人影が見えた。目を細めて焦点を合わせ――それが大家の藤堂るりであることに気付く。

「やあ、大家さん」

「やあ吾妻くん」ニッと笑って藤堂るりは白い歯を見せた。「この穴は、いったい何かしらねえ?」

 背筋が凍りそうな微笑みに、吾妻の顔は青白くなっていった。

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