秘密

 結局放心状態で夕方まで時間を過ごし、知らぬ間に、このアパートまでの道中に買っていた缶ビールを二本開けていた吾妻は、ほろ酔い気分で大家宅へ向かった。

 わいわいと賑やかで騒がしい大家宅にはすでに住人が三人来ていた。一人は隣の部屋のベランダで見かけた変人、もとい筋肉馬鹿の青年。そして一人はおそらく階下の住人であやしげな煙をもくもくと換気扇から垂れ流し続ける変人、もとい見るからにオカルト系女子。そして残る一人は部屋の隅っこで膝を抱えて座り込む大人しそうな少年、この子だけは変人には見えず、むしろ吾妻が焦れる『普通』を模している人間のようにも見えなくもなかった。

 確かに歓迎会ではあったが、自己紹介の後はそれぞれ酒を飲んではジャンクフードで腹を満たし、どこか、この騒がしさに覚えがあった吾妻は記憶にとりあえず封印措置を施し、酒をちびちびと飲み進めた。

(何が歓迎会だ、僕を歓迎している奴なんか一人もいないじゃないか!)

 食っては飲み、喰っては吞み、どんちゃん騒ぎは続いて、少年だけは九時前に部屋へ戻り、夜の十一時を過ぎた頃には吾妻も他の面々もすっかり酔い潰れていた。勝手に飲み進めていた酒がどうやらアルコール度数40を超えるものだったらしく、胃がきりきりと痛み、気持ち悪さは大学時代のサークルの飲み会で味わった地獄の飲み歩きよりも酷く、吐き気と猛烈な尿意で目を覚ました吾妻は酔い潰れて倒れている筋肉馬鹿の青年とオカルト系女子の間を千鳥足で通り抜け、便所を探した。

 用を足し終えたところで幾分目も覚め、夜風に当たろうと玄関へ向かった。すると、玄関先でぼそぼそと声が聞こえてきた。聞き耳を立てるように、忍び足で玄関先へ向かう。蛾が集まる照明の下で、藤堂るりが電話をかけていたのだ。

「期限は守ります……はい……ちゃんと、お返ししますから」

 あの大家が頭を下げそうなぐらい弱気な声でしゃべっているのを聞いた吾妻は、ぐらつく頭で思考を巡らせる。

(何か、怪しいな……金絡み、だな)

 直感でそう思った吾妻はもう少し会話の内容を聞こうと身を乗り出すものの、数秒後には通話が終了。藤堂るりが戻ってくる前に急いで奥へ転がり込む。寝転がる住人と同じように畳に寝転び、狸寝入りをしていびきをかく。戻って来た彼女はとくに何事もなかったかのように、テーブルの上を片付け始めた。その表情に哀愁が漂っていたのは間違いないが、そんな表情とは真逆に、吾妻は企みの笑みを浮かべ――吐き気と共に飛び起き、驚き壁に背を付けた大家の前を走って、急いで便所に駆け込んだ。


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