5.(ぼく) 海沿いのマンションを探す / 日賀さんの父親 / クロコダイバーのエンブレム

 ナカニシは、クロコダイバーのマリンスポーツ用品店に到着した。

 「照明は消えてる。人気はない。従業員専用の駐車スペースも空だ」

 「一足遅かったね」

 「そうだ。だが、まだ手詰まりじゃない」

 ナカニシは、彼のアコードを走らせ、クロコの店の裏手にある駐車場の周囲をぐるりと半周した。そうして、車載WEBカメラで駐車場の風景を、静止画で連続撮影したのだ。ぼくは、取得した静止画のうち、これはという十数枚に画像補正をかけ、昼光下の光景に変換したうえで、画像検索した。

 手間ひまかけた甲斐はあったようだ。神戸在住のマリンスポーツ趣味を持つ人物のSNSに、その画像を見つけた。店で購入したウィンドサーフィンボードを、4WDの荷台に積み込んでいる写真だ。その4WDは店の駐車場に止められており、背景に、従業員専用駐車スペースが写り込んでいる。画像を拡大補正して、3台の車種、色、ナンバーを確認できた。これで、クロコダイバーのマンションを特定する手掛かりができた。

 もっとも、マンションの駐車場に入って、ナンバーを確認して回れたらの話だが……。

 「もうここには用はない」

 ナカニシは車を発進させた。もし付近に防犯カメラがあったら、さっきのアコードの動きは、カメラの管理者が不審の念を抱くきっかけになりうる。管理者の疑惑が確信に変わる前に立ち去るべきだ。

 午後10時40分を過ぎていた。ナカニシは、国道沿いに車を止めた。

 「部下からの連絡が入った。曲原邸のガレージは空だ。クロコは帰ってない。家の照明は、常夜灯以外消えた」

 ぼくたちには、あまり時間が残されていないようだ。

 「望美は、なんか言ってきてるか?」

 「さっきから、全然何も」

 「まだ起きてるかもしれんが、見切り発車だ。今まで遠慮してた、きつめの探索を開始しろ。やばい検索結果が出てきたら、望美のパソコンのモニターを切れ」

 「了解!」


 ぼくは、単純に文字検索した。『神戸 暴力団 日賀』……。

 地方紙のデジタル版に、事件記事が載っていた。兵庫県警は麻薬取締法違反の疑いで、指定暴力団「闇蟠組やみわだぐみ」の構成員、日賀猛ひがたけし容疑者を逮捕した……。2年前の記事だ。

 あかりちゃんの言葉を、思い出した。日賀さんの携帯にかけたら、怖いおじさんが出た。めっちゃ、怖かった……。

 暴力団員は、銀行口座も、クレジットカードも作れない。つまり携帯電話に加入することができない。現役で、金回りが良ければ、携帯の入手方法はいくらでもある。そうでなければ、出所後――にしては釈放までの時間が短い。措置入院からの退院だろうか――別の方法で入手することになる。例えば、娘のスマホを取り上げて使う、といったような……。

 日賀さんの家庭を、突然不幸が襲った。それは、父親が麻薬に手を出したあげく正気を失ったという、凄まじい不幸だったかもしれない。

 精神病院は、常に満杯だ。ベッドの空きを作るために、医者は「患者の麻薬中毒は緩解かんかいした」という嘘の診断書を書き、治ってもいない父親を家族のもとに帰した、ということもありうる。日賀さんは父親の暴力にさらされ、さらにはスマホという逃げ道まで奪われた。

 では、日賀さんは何に救いを求めたのか? 誰が日賀さんに、スマホを2台も与えたのか?


 ……この黒いスマホは、裏のスマホだ。これで、君の友達のLINEのIDを集めてほしいんだ。上手にできたら、この紅色くれないいろのスマホをあげる。こっちは表のスマホだ。君の自由に使っていいよ……。


 「それが、お前の見立てか」

 「ぼくは、日賀さんに対して、最低限の同情はすべきだと考えてるよ。でなきゃ、探索に偏りが生じてしまうから」

 「言いやがる。だが、その通りかもな」

 サブノート1のインカメラに映るナカニシの表情は、渋いものになった。

 「ぼくはね、日賀さんの拳が望美の頬を打つ音を、20センチ離れた場所で聞いたんだよ? そのぼくが冷静さを保持してるんだから、ナカニシもそうしてよ。

 ところで、クロコダイバーはネットに店を出してると思う。扱ってるのは、麻薬と、後……」

 「日賀さんは、クロコダイバーの『仕入れ』を手伝ってたってことだ!」

 ナカニシは吠えた。

 「クロコの歓心を買うために、知り合った女の子たちのIDを生け贄に差し出していたんだ。やっぱり、糞餓鬼じゃないか!」

 「まあ、そう言わずに……」

 「言わずに居れるか!

 ……だが、これは逆転のチャンスだ。クロコのネットの店を見つけて管理者パスワードを割り出し、ログインしてパスワードを書き変えたら、クロコは店のデータを消去できなくなる。少なくとも、ネット上の証拠湮滅は阻止できるぞ」

 「その線で、さらに探索するよ」


 ぼくは考えた。クロコダイバーのネットの店は、扱う商品の性質上、秘密の存在でなければならない。しかし、客を店に呼び込むためには宣伝が必要だ。どんなに秘密の店だろうと、宣伝は目立たなければならない。

 ネット上に店を持っているサイバー犯罪者にとって、目立たないで目立つことは永遠の課題だ。クロコダイバーもそうだろう。彼の店の名前と商品内容とURLを、客が知るための手がかりを、ネットのどこかに撒いているはずだ。

 クロコダイバーの二の腕のタトゥーには、元になったデザイン画があるはずだと思いついた。彫師に注文する際に、提示したであろうものが。

 タトゥーの写真を補正した画像で、検索してみた。出てきた、より精細度の高いオリジナルデザイン画が。

 補正画像では潰れて読めなかった銘文も、全て読める。CROCODIVERS DEN SINCE 2007。

 画像のURLを削ってみたが、ディレクトリの上の階層は表示されない。この画像は孤立していた。この画像がわざわざネット上に残されている理由はなんだろう。クロコダイバーが秘かに運営しているネットショップに辿り着くための、手がかりが含まれているのではないか?

 ぼくはナカニシに、自分の推測を述べ、ナカニシも同意した。

 「その画像を客に見せるための経路が、表のWEBにあるはずだ。クロコダイバーの名前でSNSを検索してみろ」

 ぼくはナカニシの指示に従った。Twitterに『crcdvr_drmndswtshp』というアカウントを発見した。「クロコダイバー ドリームアンドスウィートショップ」と読ませるのだろう。


黒子d甘味処

@crcdvr_drmndswtshp


特製エンブレム販売☆パスポート兼用

リプライお願いします


201x年06月02日 22:00


 「これはどういう意味なの?」

 「この投稿にリプライ(返信)したら、クロコと非公開の相談に入る。さっきのデザインを基に作られたエンブレムを買う相談だ。適当なオークションサイトで、無難な商品名で取引するための打ち合わせをする。購入者に届けられたエンブレムには、クロコのネットショップを検索するための名前が書かれている……という仕組みだろう。あるいは、単にさっきの画像のURLを教えるだけかもしれない。

 購入を試しても、商品が届くまで待てない。俺たちの手には、すでにエンブレムの原図がある。これを使おう」

 「そうだね。いよいよか……」

 ぼくのE-ボディは、マイクロプロセッサーの制御ユニットの上で奮い立った。

 探索は、じわじわと危険な領域に近付いていく。そろそろ望美には、床に就いてほしいところだ。

 ぼくはそっと、望美を呼んでみた。返事がない。ぼくが今いるパソコンのモニターには、カメラが付いていない。なので、視覚情報が得られない。ぼくは液晶モニターへの出力を停止した。これで望美が不満を述べなければ、彼女は眠りに落ちたものとみなせる。

 望美は何も言ってこない。マウスを動かそうともしない。ぼくはひと安心した。ゆっくりお休み、望美……君を苦しめる者たちは、ぼくとナカニシが退治してあげるから。


 その時、MADOSMAのデータ通信速度が急激に低下した。



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