3.(ぼく) LINE探索 / 望美を励ます / 日賀さんの画像検索 / クロコダイバーの素顔

 ぼくは、サブノート2にインストールしたLINEアプリを使って、美優ちゃんに見せてもらったLINEのIDに、トークを送った。

 はな「須磨第二小学校のはなです かけおちの人バレたん?」21:36

 こんな具合にだ。はなというのが、ぼくだ。

 返事をくれる子も、くれない子もいた。

 あさひ「学校から緊急連絡網来た ログ保存しろとか ヤバすぎる」21:37

 べにか「援助断った子 殴ったんやて」21:37

 かりん「その空気読めん子ぉーが かやぶっきーを発狂に追いやった」21:37

 あさひ「いい子ちゃんや 正義の国から正義を広めにやってきたいい子ちゃんや」21:37

 えり「ぶっきー元から狂ってたやん 二年の時 三角定規でしばかれたわ」21:38

 かりん「いい子ちゃんの顔が真っ赤に腫れ上がったとき 正直 めっちゃ笑いたかった」21:38

 べにか「言い過ぎや まじめの何が悪いの?」21:38

 あさひ「いい子ちゃん2号発見 授業中にトイレ行ってこいや」21:38

 えり「それより 須磨第二まで 金集めに行ったんか くれない」21:39

 かりん「熊見坂の恥やねー」21:39

 これが、小学五年生女子の、本音の言葉なのか……ぼくは、望美の反応が気になった。望美のパソコンの液晶モニターにはカメラが付いておらず、望美の表情が見えないのだ。

 しかし、分からないものを気にしてはいられない。返事をくれた子には、さらに聞き込む。

 はな「須磨第二は8人も金取られた こうなると分かってたら払わんかった! なんで払ったんやろ?」21:39

 ぼくの書き込みに同調する子もいれば、反発する子もいた。

 あさひ「ヤの字の子やから払った トラブルはごめん そんだけ」21:39

 べにか「私は後悔してない お金は役に立ったと信じてる」21:39

 かりん「神様発見 私はひたすら ひたすら金返してほしいわ~」21:40

 慎重に聞き込んでいく。

 はな「くれないさんのこと 許せる? 美咲ちゃんが実在せんでも?」21:40

 べにか「美咲ちゃんは おらなあかんのよ 分かる?」21:40

 えり「言うても分からん 自分でなってみな分からん」21:40

 かりん「何言うてるの? 金はアホ3人のバカ遊びに消えたんと違うの?」21:40

 もう一押しだ。

 はな「トークルーム作ったら 教えてくれる? 今いる人だけの秘密で」21:41

 べにか「ごめん 話せない」21:41

 えり「分からんのは幸せなことや お休みー」21:41

 何かを知っていそうなべにかちゃんは語ろうとせず、えりちゃんはログアウトする気だ。ぼくは、切り札の一枚を切ってみた。

 はな「クロコダイバーも 逮捕されるんかな?」21:41

 あさひ「その名前を出すな!」21:41

 そのトークを最後に、潮が引くように返信がなくなった。

 はな「クロコの名前って そんなやばかった?」21:42

 はな「一切の悪の元凶やん みんな何かしら思うところあるやろ?」21:43

 誰からの返事も来ない。

 クロコダイバーは、少女たちを強い恐怖で縛り付けているようだ。もっとも、少女たちの噂話の中にのみ登場する、空想上の恐怖存在にすぎなかった……という可能性もまだ残っている。むしろ、そうであってほしいものだ。

 かりん「結局 なんやったん?」21:44

 それを聞きたいのは、こっちだった。

 正攻法ではここまでのようだ。後でもう一度、別のやりかたを試してみよう。


 ぼくは望美に呼び掛けた。

 「望美、大丈夫?」

 早すぎるくらいに、強すぎる声が返ってきた。

 「大丈夫! わたしは平気だよ! いやー、ちょっと刺激が強すぎたかなあ……って。ははは!」

 その声は上ずり、震えていた。

 「あさひちゃんも、かりんちゃんも、わたしのことあんな風に思ってたんだ……はは……笑うしかないよね……」

 ぼくは、探索を多少遅らせてでも望美を慰めなければ、と思った。

 「彼女らはただ、背伸びしているだけだ。

 閉ざされた場所で、限られた言葉のやり取りを続けていると、幼稚な強がりに取り憑かれていくんだよ。馬鹿にされたくない、少しでも強気に見せなきゃ……参加者全員がそう考えて、意地を張り合った日々の結果が、さっきの有様だ。

 望美、君の本当の友達は、あの中にいた?」

 「ううん、いなかった、と思う……」

 「彼女らは、LINEを閉じ、現実に向かえば心が落ち着く。さっきのは仮の姿。ネットの毒気にあてられて、一時的に頭がおかしくなった、偽りの姿だよ」

 「そうかな……」

 「明日、学校であさひちゃんやかりんちゃんに会ったら、穏やかな態度で、自然に応対するんだ。君がそうすれば、ふたりとも、自分が言ったことを恥ずかしく思い、反省するだろう。

 ぼくの言葉を、信じられるかい?」

 「……信じる。ハッシーがそう言うなら、信じてみる」

 望美の声から震えが去った。

 「その意気だ。……でもね、この先、怖くなったら、寝ちゃってもいいよ? 強すぎる刺激を避けるのと、逃げるのとは違うから」

 「ううん……わたし、もうちょっと、がんばってみる」

 望美は、MADOSMAをパソコンにつないでぼくを移動させた後、MADOSMAのテザリング機能を作動させた。実は、本作戦における彼女の仕事の山場は、もう終わっているのだ。後の仕事は、MADOSMAのバッテリー残量の監視くらいだ。この先、望美が無理して起きていればいるほど、より邪悪なものを目撃することになるだろう。正直、彼女にはもう寝てほしいのだが、そうも言えないのが厄介だった。

 「望美は、『美咲ちゃんは おらなあかんのよ』という言葉に、心当たりはある?」

 「ううん、何にも……」

 望美が起きている限りは、アドバイザーとして役に立ってもらうつもりだ。彼女なりの視点は、必ずあるはずだから。何より、望美はこの地に多くの知人を持ち、土地勘に恵まれてもいる。


 ナカニシの声が届いてきた。

 「日賀さんの写真で、画像検索してみろ」

 そうだ、望美が、苦労して調達してくれた画像を生かす時だ。

 日賀さんのSNS画像は、いくらでも出てきた。同年輩の女の子と、遊んでいる写真が多い。昼間なら結構なことだが、写真の背景は夜の飲食店ばかりだ。

 「望美の知ってる子はいる?」

 「いる……この子たちみんな、ほんとに小学生なの?」

 「写真に添えられた文章を信じるなら、そうだね」

 「この子、お酒飲んでる……お化粧すごい……」

 望美の教育には、よくない光景だ。

 「背景から場所の見当は、付く?」

 「ほとんど知らない。でも、この店はたぶん知ってる……須磨の海岸沿いのファミレスっぽい。窓の外は須磨浦。これはイタリア料理の、イカ墨スパゲッティー。この店の名物だったはず」

 ナカニシの声が届いた。

 「ちょうど腹が減ってた。イカ墨スパゲッティーでも、食いに行ってみるか」

 検索結果を追ううちに、ぼくはあることに気が付いた。日賀さんと、成人男女が並んで撮られた写真がない。そうだ、日賀さんの年齢で、両親と撮った写真が皆無なのだ。ぼくは痛ましさを感じた。

 「お父さんやお母さんの写真がないね……」

 望美も気が付いたようだ。

 ぼくが本当に求めているのは、日賀さんが、マリンスポーツ趣味の年長の男性とデートしている写真だった。画像の日付が2年前以降なら、クロコダイバーである可能性が大きい。だが、そのような画像は出てこなかった。

 ぼくは、日賀さんの遊び仲間の画像で、検索してみようと思った。

 「これまで画像に出てきた子で、遊んでるって評判の子は、いる?」

 「ごめん、そんな評判、わたしあんまり知らなくて……」

 「それはいいことだよ」

 「いい子、か……」

 望美の声が、暗く沈んだ。彼女は、先程のぞき見してしまった、心無い言葉と戦っているようだった。ぼくは、望美の勝利を祈る。

 日賀さんの遊び仲間の画像で検索してみた。一人ひとり、飽きることなく繰り返す。さらに『日賀さんの遊び仲間の遊び仲間の画像』で、同じ検索を繰り返す……誰か一人くらいは、クロコダイバーの姿をかすめ撮ることに成功した少女がいるはずだ。

 数の力は、侮れない。クロコダイバーが、自らの写真を撮られないよう常に配慮していたとしても、人間の警戒心は不断のものではない。何人もの女の子をマンションに誘う日々を繰り返す男なら、いつかどこかで撮られてしまうだろう。

 ぼくの読みは、間違ってはいなかった。


 その画像は、日賀さんの遊び仲間の遊び仲間の、ある少女が撮った写真だった。

 撮影時間は夜の8時過ぎ、場所は……。

 「MOSAICモザイクだね」

 望美が言うには、JR神戸駅の南側(海側)一帯に『ハーバーランド』という商業・娯楽エリアが広がっており、MOSAICはその一部だ。

 「NHKのニュースで神戸市が取り上げられるときはね、もうお約束みたいにここが映されるんだよ。ここは神戸市ですという記号みたいに使われてるよ」

 ぼくはNHKのニュースをまだ見たことがないから、望美の受け売りをするだけだが「あの、観覧車と埠頭が七色に輝いている場所」だそうだ。その、観覧車の隣にある平べったい建物が、シネマコンプレックスとレストラン街ほかの複合施設『MOSAIC』である。MOSAICの海側は、誰でも座ってよい木製のベンチが階段状に配置されており、訪れたカップルは気軽にくつろぐことができるという。

 そのベンチに腰掛けている、一人の人物の写真を見つけたのだ。

 彼は、引き締まった筋肉質の体を持つ、よく日に焼けた男だった。アロハシャツの胸元を大きく開け、涼んでいた。

 胸にも二の腕にも、日焼けの継ぎ目……皮膚の白い部分がない。上体の筋肉量が多いが、全身はほっそりと引き締まっている。頭髪は短めに整えられているが、潮風に吹かれたようにごわごわしていた。所々抑えきれずに跳ねっ毛になっている。これらは、マリンスポーツを長らく趣味にしてきた者の特徴だ。

 30代後半くらいに見える。太くまっすぐな鼻筋と頑丈そうな顎が、力強い印象を与える。その一方で、やや下がり眉と、どこか緩んだ目元と口元が、場違いに柔弱な印象を付け加えていた。

 男の目は、どこか遠くに向けられていた。位置関係から考えて、神戸港の暗い海面を眺めているのか。撮影者である少女と、そのスマホを見てはいない。撮られていることに気が付かなかったようだ。

 2010年代前半から中盤にかけて、デジタルカメラの性能は飛躍的に向上している。現行のCMOS(受光素子)は原理的に、高精細を目指すほど低感度にならざるを得ないが、その不備を補うソフトウェア『画像処理エンジン』が急速に発達したのだ。これには善し悪しがあって、現在の美しいデジカメ画像は、半分現実だが半分ソフトウェアが描いた絵みたいなものだ。人間たちの多くは、この問題について深く考えようとしない。きれいな画像という結果だけをありがたく受け取っているが、いかがなものかと、ぼくは思う。

 まあ、それはさておき……。現在のスマホカメラは、夜間であろうとイルミネーションの光でもあれば、細部まではっきりと撮影できる。フラッシュを発光させる必要もない。MOSAICを夜間も輝かせているライトアップやイルミネーションの数々が、『彼』をも照らし、撮影可能にしていたわけだ。彼は、撮影されることを避け続けていたためだろう、デジカメの驚異的な進歩に気付く機会がなかったのだ。

 少女は数枚の写真撮影に成功していた。その中に、男のアロハシャツの左袖がめくれた写真があった。左の二の腕に、タトゥーが彫られている。ぼくはE-ブレインの画像処理能力を用いて、画像に補正をかけ、拡大した。

 それは、漫画的なデザインのタトゥーだった。ウェットスーツを着て、サーフボードを小脇に抱えたワニのキャラクター。ウェットスーツの尻からは、ぞろりと尻尾が伸びている。そのキャラを盾の真ん中にあしらって、欧州の紋章風に仕立てている。 クロコダイルの、ダイバー。

 紋章には銘文が付されていた。細部が潰れて全文は読めない。CRO*O……D*V**S……**N……S*N**……。

 この男が、クロコダイバーと見ていいだろう。少女たちを恐怖で縛る者、クロコダイバーは実在したのだ。



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