第四章 クロコダイルハント作戦
1.(ぼく) 反撃の打ち合わせ / 友達とLINE(3)
望美は、机の真ん中に液晶モニターとキーボードその他をセットし、パソコンを起動させた。光ルーターとは、イーサネットケーブルではなく、Wi-Fiアンテナで無線接続されている。
空冷ファンが、最初は勢い良く、やがて静かに回り出した。二世代くらい前の汎用機で、「Windous7」のシールが貼られていたが、OSはWindows10に更新されていた。望美が自分のパスワードを入力すると、毎度おなじみのスタート画面が出現した。
「次は、どうしたらいいの?」
「まず、美優ちゃんにLINEで連絡してほしい。そして、『友だち追加』の設定をONにするよう、頼んでほしいんだ」
「えーっ! それ、いけないんじゃ……」
「あらかじめ美優ちゃんと打ち合わせて、わずかな時間だけONにしてもらうんだ。その間に君は、美優ちゃんの友だちリストを見る。美優ちゃんは君を、友だち承認してる。だから君は、リストを見れる。
それをぼくも、横から見させてもらう」
「そんなことして、どうするの?」
「美優ちゃんの友だちリストは、『かけおち援助』の被害者リストでもある。被害者たちの怒りの言葉や、なぐさめ合いの言葉から、何かが見えてくるかもしれない。ぼくはそれを知りたいんだ」
望美は納得したようだ。
「分かった、そうするね」
望美がLINEを起動させている間に、ぼくは専用メーラーを使ってナカニシと連絡した。
<望美は気力を回復したよ>
<そうか! そりゃよかった! しかし、さっきの今で、なんで?>
<お母さんと一緒に、お風呂に入ったんだって。1時間もだよ>
<ははは! そうか! そりゃ何よりだ! 何時間でも、入ればいい!>
メールの文章は抽象的なものだ。だが、ナカニシが望美の回復を我がことのように喜んでいることが、ぼくには分かった。
<望美は元気を取り戻したから、ぼくの手伝いができる。ぼくは今から、クロコダイル狩りをやりたいんだ。ナカニシの都合はどう?>
<クロコダイバーってやつが、お前が聞き集めた噂通りの人物なら、日賀さんと連絡を密に取っていたら、やつは高飛びの準備を始めていても不思議ではない。
敵の都合がこちらの都合だ。直ちに始めよう>
ナカニシの気持ちの切り替えは、いつものように早かった。
<ぼくは望美のタワー型パソコンに入る。Windows10。二世代前の汎用機。光ルーターにWi-Fiアンテナで接続。設定は入り次第伝える。ナカニシは身代わり端末を用意してよ>
<光ルーターって有線か>
<まずいの?>
<サイバー軍専用の携帯基地局の設営は、まだ十分には進んでない>
ナカニシの言ってることはこうだ。ぼくが、光ケーブルを経由して軍専用の携帯基地局に有線接続し、車で移動するナカニシと無線接続する方法は、まだ使えない……。
<そちらにWi-Fiルーターはあるか?>
<望美に聞いてみるけど、望み薄だね>
ぼくは望美に、その通りのことを尋ねた。
「Wi-Fiルーターなんかないよ。MADOSMAがあるから」
ぼくはナカニシに、聞いた通りのことを伝え、こちらの方針を告げた。
<ぼくは望美のパソコンの中から、MADOSMAでテザリングするよ>
現役世代の普及型スマホと、二世代前のタワー型汎用パソコンでは、計算能力に大した差はない。そこだけ見れば、ぼくがパソコンの中に移動する意味は、ないとも思える。しかし、タワー型パソコンには空冷ファンが装備されているなど、能力に余裕があって、いざというとき頼もしいのだ。MADOSMAにはテザリングに専念してもらい、ハッキングは望美のパソコンの能力で行うのがいい。それがぼくの考えだった。
<こちらはサブノート
ナカニシのメインのノートパソコンは、E-ブレインとの通信機も兼ねている。安易に使い捨てにはできない機材だ。使い捨て端末でハッキングを遂行中に、同一地点でメインノートが通信を行い、それを携帯電話会社に記録されてはまずい。ナカニシはぼくに、サブノート1の通信設定を伝えてきた。
<当方は10分後に接続可能となる。車内で連絡を待つ。こちらからは以上だ>
<ぼくのほうは、あと20分はかかると見てる。女の子たちが、どれだけかかるか時間が読めない。まあ気長に待っててよ。以上>
望美はMADOSMAを使って、グループ『みあのぞ』にトークを送った。あかりちゃんにも連絡したのは、ぼくの注文だ。ぼくは、彼女の意外な発想力と、情報収集力に期待していたのだ。
みゆ「のぞみっち! LINEする元気あったか!」21:11
のぞみ「わたしはいつだって元気だよ? みゆちゃんにお願いがあるの」21:11
あかり「のぞみ既読付いたー げんきすぎてなけるー」21:12
美優ちゃんは最初のうち、望美の頼みに応じることをためらっていた。彼女にとってトラウマ級の出来事だったから、無理もない。でも、最後には納得してくれた。
みゆ「のぞみっちの逆襲や! 助太刀せなあかん!」21:16
美優ちゃんは、LINEアプリの設定を約束した時間、変更した。望美はそれを見、ぼくは記憶することができた。
ちなみに、ぼくとナカニシとの通信は、この時点で終了している。
のぞみ「ありがとう、みゆちゃん」21:21
のぞみ「.ハッシー ぼくからも礼を言うよ」21:21
みゆ「くれぐれも悪用はせんといてなー」21:21
のぞみ「.ハッシー しないよ、そんなこと」21:21
あかり「どこまでしらべるの?」21:22
のぞみ「.ハッシー できれば、全てを」21:22
あかり「クロコダイバーは すまのかいがんで まやくうってるひとだよ こわくない?」21:22
のぞみ「.ハッシー 怖くないよ。クロコダイルは、ドラゴンに勝てない」21:22
みゆ「ちょっと なにそれ」21:22
あかり「すごい」21:23
ぼくは、あかりちゃんにこの先を頼むべきか、ためらった。
本人が平気なら、こちらから尋ねるまでもなく、積極的に話してくれるはずだからだ。だが、聞かないわけにはいかない。今のところ、彼女が最も有力な情報源なのだから。
のぞみ「.ハッシー クロコダイバーは、どこの誰?」21:23
みゆ「麻薬って そんなん警察に言うべきやん」21:23
あかり「すまのかいがんぞいに マンション じゅうしょは よばれたこだけがしってる」21:23
みゆ「ハッシーさん 自信ありすぎちゃう?」21:23
あかり「だれかは しらない みたこともない」21:24
あかりちゃんの答えは、要領を得ないものだった。どうやら、あかりちゃんの情報ソースは、同級生の噂話だけのようだ。ぼくはむしろ安心した。彼女は、クロコダイバーの被害者ではないらしい。
のぞみ「.ハッシー マンションの住所、知ってる子から、教えてもらえない?」21:24
返事は、しばらくの間、来なかった。
あかり「ごめん むり」21:25
みゆ「そんなん聞いたら 永遠にLINE はずされますわ」21:25
MADOSMAのインカメラを、望美が心配そうな顔でのぞき込んだ。
「ハッシー、さすがにそれは無理だよ……」
ぼくは最後に、美優ちゃんにもうひとつだけ頼んでみた。
のぞみ「.ハッシー みゆちゃんにお願い、くれないさんの友だちリストを、見てほしい」21:25
みゆ「それならできる 見られたんや 見返したるわ よっしゃー!」21:25
あかり「みゆ くちわるすぎ」21:25
だが、結果は思わしくなかった。
みゆ「つながらんかったよ」21:26
日賀さんのスマホは今、校長先生に没収されている。電源を切られているのだろう。もっと早く思い付いていれば、クロコダイバーのLINEのIDを取得できたかもしれない。だが、時間は戻らない。
美優ちゃんとあかりちゃんから得られる情報は、ここまでのようだ。結局のところ、彼女らはクロコダイバーの犠牲者ではない。彼女らから詳細な情報を得られないことを、むしろ喜ぶべきだ。
この先の詳しい話は、クロコダイバーのマンションに誘われた子たちに、尋ねるべきだろう。そのために、美優ちゃんの友だちリストを見せてもらったのだから。
のぞみ「.ハッシー ふたりとも、知恵を貸してくれてありがとう。後は任せて、お休み」21:26
みゆ「だから警察に言うべき ハッシーさん何するつもりなん?」21:27
あかり「まかせた おやすみ」21:27
みゆ「任せてどうすんの! ああーもう知らへん!」21:27
のぞみ「みんなありがとう。ハッシーはできるよきっと。おやすみ」21:27
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