13.(ぼく) プレデター出撃計画の却下 / 学校との交渉

 望美が傷付けられたのは、ぼくのせいだ。ぼくは、自分自身を許せなかった。

 望美が美優ちゃんから手に入れた、日賀さんの2年前の写真。そこの写った日賀さんは、気が強くて意地っ張りな傾向が見えたものの、人を信じ、仲間とうち解け、ほがらかに笑う当たり前の女の子だった。

 つまり、日賀さんの身に何事かが起きて、現在のような日賀さんになったのは、ここ2年以内のことなのだ。これが分かった時点でぼくは、幼稚園時代の日賀さんの写真を望美に探させることを、打ち切らせるべきだったのだ。

 ぼくは望美に、得々とお説教した。――悪い子の大好物は、孤立と沈黙なんだ。――

 畜生! 何を偉そうに! 望美は、もう必要ない資料を探すために、たったひとりで、図書室という死角の多いスペースに、長時間滞在した……ぼくがやらせたのだ。ぼくは我と我が身に、唾を吐いてやりたかった。けれど、E-ボディの顎部は、唾液を分泌しない。

 悔やんでも悔やみきれない、失態だった。


 望美の頬が音高く鳴った時、ぼくは生れて初めて、激怒した。『プレデター』を出撃させてやる! そう思った。

 ぼくの物理的な切り札である、無人攻撃機プレデターは、実働2機と予備1機が、横田のアメリカ空軍基地で待機している。日本はアメリカの友好国だが、まさかこれほど早く実戦投入する事態になるとは、予想外だった。

 いじめっ子を爆殺するためにプレデターを出撃させたい、というぼくの作戦具申ぐしんは、直属の上官であるナカニシに、即座に却下された。

 <アホか! 望美のアドレス帳から、頼りになりそうな友達に発信しろ!>

 <そ、そうだね!>

 <やっぱりE-ロボットには、ハンドラーの監督が必要だな!>

 冷静に考えたら、プレデターが横田から神戸に飛んでくるまでに、いじめは終わってしまう。それに、プレデターの装備火器の中で最弱のものを使っても、望美の体に一発でも当たったら、彼女は真っ二つに千切れてしまうだろう。

 落ち着け、冷静に、冷静に……。

 ぼくは望美のIDを使って、美優ちゃんとあかりちゃんにLINEのトークを発信した。「望美が危ない」……。

 でも、冷静でいることなんか、できなかった。ぼくは、いじめっ子の恥知らずなうそぶきを、望美の悲しみに満ちた声を、録音しなければならなかったのだ!

 美優ちゃんの救援が到着した時、ぼくは生れて初めて、誰かに助けられる喜びというものを知った。その、ありがたみを。美優ちゃんが日賀さんを、文字通り一蹴する光景を目撃できなかったのは、つくづく残念だ。それでもぼくは、望美の声が喜びと安らぎに満ちあふれるのを、聞くことができた。

 美優ちゃんには、ただひたすら、感謝の思いでいっぱいだ。もしも彼女が、いつの日か苦難に見舞われることがあれば、ぼくは必ず助けに行く。


 相談室で、望美が胸ポケットからMADOSMAを取り出した時、ぼくは日賀さんの現在の姿を撮影することができた。シャッター音の発生を停止させておいたことは、言うまでもない。

 日賀さんの容貌に生じた荒廃は、哀れに思えた。日賀さんへの怒りが少し……ほんの少し、和らいだ。何事が、彼女をこのように薄汚れさせたのか?

 茅葺先生の醜態は、その音声を保存しておいた。将来、仮に学校側が逃げを打つことがあれば、反証として役に立つだろう。

 望美がお母さんにMADOSMAを手渡してからのことを要約すると、お母さんはしっかりしていた、ということだ。

 『かけおち援助』の実態を確認することが、学校と保護者会の急務である。

 日賀さんは、実態を説明しなければならない。

 望美は被害者で、日賀さん以下三人組は加害者で、美優ちゃんは救援者である。

 この三つの本筋を、お母さんは決して踏み外すことはなかった。お母さんは、校長先生相手にも、堂々としていた。お母さんを横目で見ていたナカニシの表情に、次第に尊敬の念が宿ってくるのを、ぼくは興味深く観察していた。

 ナカニシは、ただお母さんの隣に座っていただけではなかった。ぼくがまとめた現状報告を、アコードの車内でお母さんにレクチャーしたのだ。お母さんがあたふたしなかったのは、彼女の強い心だけが理由ではない。

 ナカニシは、昨晩のぼくの注文に応じ、WindowsPhone用のポータブル充電器を調達してくれていた。MADOSMAのバッテリー残量は一気に回復し、ぼくはMADOSMAをフル稼働させる余裕を取り戻した……。


 長い相談が終わった。

 ぼくたちは応接室を出て、校庭の藤棚に向かった。ぼくたちというのは、望美のお母さん、ナカニシ、ぼくと、勤め先から大急ぎで駆けつけてきた美優ちゃんのお母さんのことだ。

 美優ちゃんのお母さんは、野生馬みたいに凛々しい印象の人だ。美優ちゃんの生まれつき波打つ黒髪と、ほっそりした筋肉質の体つきは、この人から受け継いだものだろう。

 美優ママは最初のうち、娘を守りたい一心からか、攻撃的な態度だった。しかし途中からは、望美のお母さんのおだやかな説得力を信頼して、交渉を任せるようになっていた。

 以上が、「ぼくたち」を構成する四人なのだが、ぼくは、外見上はいないも同然だ。ぼくの、電子で作られた体『E-ボディ』は、望美のお母さんが持っているMADOSMAの、CPU(中央演算装置)の中に滞在している。人間の目には見えない大きさだ。走査型電子顕微鏡で見ても、ぼやけた雲にしか映らない。

 ぼくたちが校庭の藤棚に着いた時、陽は既に沈み、空は蒼黒くなっていた。防犯灯と、ガーデンライトが藤棚を照らしている。望美たちはベンチに腰掛けて、小鳥の群れのように身を寄せ合っていた。

 母親たちは娘の名を呼びながら、小走りに駆け寄った。娘たちは母親にすがり付いた。あかりちゃんはひとり、寂しげに立ち尽くしている。望美のお母さんがそっと手招きし、あかりちゃんも抱きついてきた。

 ナカニシは、彼女たちが落ち着きを取り戻すのを、静かに待っていた。彼が胸に付けたボタン型WEBカメラのおかげで、ぼくの視覚情報量は格段に改善されている。

 お母さんは、女の子たちに、その後の成り行きを説明した。

 「日賀さんは、最後まで、望美にしたことを謝ろうとしなかったわ」

 望美の体が、びくっと震えた。ぼくの心の中で、怒りの残り火のようなものが光った。

 「美咲ちゃんという子の連絡先も、言わずじまい。集めたお金は、もう渡したから返せない、ということ。

 日賀さんも、ほかの三人も、親御さんは迎えに来ません。なので、三人には帰ってもらいました」

 美優ちゃんが、おずおずと口を開いた。

 「あのー、私の扱いはどんな風に……」

 美優ママは突然手を伸ばし、美優ちゃんの頭をわしづかみにし、髪の毛をくしゃくしゃにした。

 「うええ……」

 「バカタレが……望美ちゃんを助けたんやね? 偉いよ。ほんま男の子みたいに気が強い子、強情で、手間のかかる子や……あんた立派よ? お母さんはあんたの味方やからね」

 「ほめるんか叱るんか、どっちかにしてぇな……」

 美優ちゃんは困惑しながらも、まんざらでもなさそうだった。

 「校長先生は、美優ちゃんのしたことが正しいことだと、分かってくれました。日賀さんの親御さんの意見は、まだ分かりません。

 わたしは、美優ちゃんの味方よ? 美優ちゃん、私の大切な望美を助けてくれて、ありがとう」

 お母さんは、美優ちゃんに深々と頭を下げた。

 「いやいや! そないなこと……頭、上げてください! うわぁー、参ったなあ……私はただ、あんまり腹立ったんで、足が出ただけですから。こう、ひょいっと……いてっ!」

 美優ちゃんの頭を、美優ママがひっぱたいたのだ。

 「あんたの口の利き方、めちゃくちゃや! 女の子の言葉使いやない!」

 「お母ちゃんの言葉使いが、うつったんやんかー……いてっ!」

 「まだ言うか! 望美ちゃん、ほんまうちの子、アホでごめんね……迷惑やろうけど、仲良うしたってね?」

 望美は、泣きながら笑っていた。

 「わたし、美優ちゃん大好きです。迷惑なんか、全然してません。美優ちゃん、ありがとう」

 「もー、照れてまうやんかー!」

 美優ちゃんは、顔を真っ赤にしていた。

 どんな災難も、彼女たちの笑顔を消し去ることはできないだろう。ぼくはそう思った。


 お母さんは説明を省くつもりのようだが、ナカニシの発案で、LINEの『かけおち援助』に関わる部分のログを保存するように、学級連絡網を発信してもらっている。校長先生の名前付きで。

 熊見坂小学校のホームページがあるが、そのサイトトップにリンクを張って、『分かりやすいLINEのログ保存法』のページを閲覧できるようにしてもらった。というか、校長の許可を取り付けて、ナカニシがその場でちょこちょこ作ったのである。放課後もかなり遅く、できる人間が他にいなかったからだ。

 日賀さん本人が隠すつもりもないようだから、無駄な用心かもしれない。しかし、仮に裁判ともなれば日賀さんの気が変わり、前言を翻すかもしれない。どうなるかなんて、やってみなければ分からない。一見すると無駄な用心に見える作業を、営々と積み重ねていく慎重さが、ナカニシの基本方針であった。

 他には、情報が集まり次第、遅くとも今週末には、保護者への説明会を開くことが約束された。学校側が逃げを打つような、異常事態が生じない限りは、これで十分だろう。


 「そうや! のぞみっち、約束やん?」

 美優ちゃんが、突然何か言い出した。

 「私らにも、ハッシーを紹介してよ!」



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