12.(わたし) 推理合戦 / 秘密だけど……。
「まったく、今思い出しても、ぞっとしますねえ……」
さしもの美優ちゃんも、茅葺先生の豹変ぶりには、度肝を抜かれてしまったようだ。ぶるっと、身を震わせた。
茅葺先生は、この件から逃げ出してしまった。校長先生は「以後は、私が責任を持って対応します」と、わたしのお母さんに約束した。今、わたしたちは、相談が終わったらナカニシに車で送ってもらうために、藤棚の下で待っている。
「私も、見てみたかった、それ……」
あかりちゃん……見てないからそんなことが言えるんだよ?
「見んでええ見んでええ、あんなもん……ものすごい毒気やった。忘れられるもんなら、忘れたいわ。
そんなことより……」
美優ちゃんはわたしを、なぜかじろりとにらんだ。
「のぞみっちは、なーんか、私らに隠し事してへん?」
「な、何のこと?」
「さっき、胸のポケットからスマホ出してたやん? いじめのやり取りを隠し録りしたんは、さすがやね。でも、それやったら誰が、のぞみっちのSOSのトーク、発信したの?」
その通りだった。わたしは驚いたけど、それ以上に感心した。美優ちゃんはまるで、青い鳥文庫の名探偵みたいだった。
「でも、そこから先が分からへん。のぞみっちは『望美が危ない』なんて書きかた、せんよね?」
「う、うん……」
美優ちゃんの目はきらきら光り、口元はにやにやしていた。この事態を面白がっていた。
「そんな風に書く人で、のぞみっちのスマホを離れた場所から操作できる技術がある人……ずばり、清治おじさんや!」
「ううん、違うよ」
「えー、違うん? この推理はかなり自信あったんやけどなあ……」
美優ちゃんはがっかりしていた。あかりちゃんは含み笑いした。
「名探偵みゆ、敗北宣言やね?」
「うるさい! それやったらあかりんも推理してみ?」
「ふふふ……残された可能性はひとつ。それは、ロボット工学者のナカニシさん」
わたしの胸は、かすかに痛んだ。あかりちゃんは、ナカニシがロボット作りの夢をあきらめてしまったことを、まだ知らない……。
「ずばり、ナカニシさんが、のぞみちゃんのスマホをロボットに改造した! そうでしょー」
「その推理はぞんざいやね。ナカニシさんがのぞみっちに会ったのは、昨日やん? 昨日の今日で、そんなすごい改造できるやろか?」
美優ちゃんの指摘にも、あかりちゃんはめげなかった。
「その答えは、のぞみちゃんが知ってるはず……」
ふたりは左右から、視線でわたしを挟み打ちにした。わたしは、話してもいいかな、と思った。
わたしはハッシーとの関係に、どこか秘密めいたものを感じていた。ハッシーには、謎があった。わたしは心のどこかで、その謎を守りたいと思っていたんだ。でも、実験中の人工知能だということだし、より多くの人とお話ししたほうが、ハッシーにとって勉強になるはずだ。それに……。
そう、話してもいい、このふたりになら。
「あかりちゃんの推理は、半分当たりだよ」
「やったー! 私の勝ちー!」
「なんも勝ちやない、半分はずれやんか!」
わたしはふたりに、ナカニシからソーラリン社の人工知能を借りた話を説明した。MADOSMAは今、お母さんが持っている。音声ファイルを、校長先生に聞いてもらうためだ。
ふたりはまさに、信じられない話を聞かされた、という顔をしていた。
「E-ロボット・ハッシー……、なんか、かっこいいやん。会ってみたい……合わせてくれるよね?」
「うん。MADOSMAが戻ったら、すぐに」
「やっぱり私の推理は、当たってると思うよー。だって、E-ロボットって、本人がそう言うてるやん……」
あかりちゃんは、こだわった。わたしはさすがに、ナカニシが夢をあきらめたことまでは、話せなかった。
「君はいいかげんに敗北を認めなさい。コンピューターのプログラムで、自動化が進んでるやつのことを『ボット』って言うんや。アイドルのコンサートチケットの買い占めに使われてる。人間にはできひん速さで注文を繰り返して、まともな注文を弾いてまうって、テレビのニュースで言うてた……」
話しているうちに、美優ちゃんの表情が曇ってきた。
「……のぞみっち先生、ハッシーさんは、その……ボットなん?」
「違うよ! ハッシーはボットなんかじゃない!」
わたしは、きっとなった。
「ハッシーは人工知能だよ。繰り返し作業するだけの、プログラムなんかと違う。
ハッシーは、心を持ってるんだよ! わたし、ハッシーと何度も話したから、よく分かる。ハッシーは、わたしのこと親身に思ってくれてる。心が通じ合ってなかったら、あんなに親身に話せないよ。ハッシーは『そうですか。それではこの商品を買って……』みたいなこと、言わない!」
わたしは気が付いたら、ベンチから立ち上がっていた。美優ちゃんとあかりちゃんのほうを向いて、訴えていた。
「ハッシーは悪いことなんかしない! ハッシーはわたしのこと、心配してくれてる! 今日一日、ハッシーが助けてくれなかったら、わたし……」
涙が、わたしの声を詰まらせた。わたしは弱虫になってしまった。今日は後、何回泣けばいいんだろう?
「ごめん! ハッシーはボットなんかやない。悪いプログラムやない。よう分かったわ」
「最初から、人工知能って、言うてるやん。みゆちゃんが、ボットがどうとか言い出したから……」
美優ちゃんとあかりちゃんはわたしに寄り添い、ベンチに座らせた。
陽は、山の端に沈みかけていた。暗くなり始めた空を、からすが横切っていく。美優ちゃんがつぶやいた。
「からすはお家に帰るのに、私たちは帰れない……」
「ごめんね、美優ちゃん、わたしのために……」
「今のは単なる冗談や。気にせんとき? それに私かて、日賀さんには思うところあったからな。今日は、すかっとしたわ」
「あかりちゃんも、つき合わせてごめんね」
「全然つき合い足りない。もっとつき合いたかった。あーあ、私も携帯、ポケットに入れといたらよかった……」
わたしたちは微笑み合った。沈む夕陽に照らされながら。災難が友情を育んでくれるのなら、災難も悪くなかった。
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