8.(わたし) 作戦会議(2) / 日賀さんって、どんな子?

 2時間目の授業を終えた休み時間に、わたしは人気のないところでハッシーに相談してみた。

 「日賀さんは君に、強引なやりかたで援助を求め、君は断った。これで一応、やり取りは完結している。日賀さんから次に何か仕掛けてこない限り、君から関わりを持つ必要はもうないよ。」

 「そうなの?」

 わたしは内心、ハッシーも『往復で終わり』みたいな考えかたをしてることを知って、少しうれしかった。

 ここは校庭に作られた小さな池のほとり。池の主は、体長50センチの三色にしきごい。わたしは、丸っこくて座りやすい庭石のひとつに腰掛けている。図書館で借りていた本を読むふりをしながら、抑えた声で話している。ハッシーは胸ポケットの中だ。

 「そうだよ。君も、自分が知りたかったことはおおよそ、つかめただろう。美優ちゃんのことは気の毒だが、君から日賀さんにけんかをふっかける必要はない。美優ちゃんからけんかの助太刀を求められたときは……」

 「もちろん手伝うよ!」

 「どうぞご自由に。

 それと、ひとつ頼みがある」

 「なあに?」

 「日賀さんの写真が欲しいんだ」

 「日賀さんの? 何に使うの?」

 「『画像検索』をかけてみたい」

 わたしの知らない言葉だった。

 「……画像検索って、何?」

 「インターネットの中に、日賀さんの画像や動画がないか、探してみるんだよ。

 悪い子には、悪い友達がいる。悪い友達は、悪い写真を撮りたがるし、見せびらかしたがるんだよ。その辺から、日賀さんがどんな子か、つかめそうな気がする」

 「関わりは持つなって言ったのに……」

 「いやいや、仮に向こうから仕掛けてきた時、こっちは迎え撃つ準備ができてるようにしたいんだよ。用心するに越したことはないから。日賀さんの今の写真はもちろんだけど、もっと幼いころの写真も欲しいな。幼稚園の卒業文集とか」

 「幼稚園に卒業文集なんて、あったかな?」

 わたしはあきれた。万全を期するにしても、やりすぎなのでは……。

 「あかりちゃんが言ってた『クロコダイバー』のことが、少し気になるんだ」

 わたしは、ぞくっとした。なぜだろう、太陽はきらきら輝いて、暑いくらいなのに。

 「ねえハッシー、クロコダイバーって、何のことかな?」

 「さあね。

 クロコダイバーについては、ぼくが調べてみるよ。君には、日賀さんの写真のことと、あとひとつ、別のことに集中してほしい」

 「何をしたらいいの?」

 「君の、日々の生活」

 ハッシーの言葉は、わたしには意外だった。

 「えー……どうして?」

 「君にとって一番大切なことだからだよ。学校で勉強して、友達と遊んで、家のお手伝いをして、よく食べ、よく眠ってほしい。

 気力と体力を、充実させておくんだ。そのことの邪魔になるなら、いっそ、日賀さんのことはぼくに任せ切って、きっぱり忘れてもいいよ」

 わたしはつい、大声を出してしまった。

 「ハッシーにだけ、そんな苦労させられないよ!」

 わたしはあわてて辺りを見回した。ハッシーは少しの間、無言でいた。

 「……まあ、君なりの方法で、調達してみてよ、日賀さんの写真。ただし、バッテリーの残量が心許ないから、無駄撮りは禁物だよ」

 「分かった。やってみるね」

 とは言ったものの、わたしにそんな器用なまねができるか、自信はなかった。

 「望美は今までのところ、実にうまくやっているよ。後は、力み過ぎて、ばてないようにするといい。気楽になれるときは、気楽にいこう」

 ハッシーのアドバイスで、わたしにもできるという気がしてきた。

 「わたし、気楽さには自信あるよ。まあ見といて?」


 3時間目は音楽。考え事をする時間は十分にあった。

 日賀さんの写真撮影計画を考えてみたが、かなり難しそうだった。そもそもスマホカメラというものが、望遠撮影には全く向いていないからだ。

 ちょいとお傍に寄らせてくださいな……ハイ、チーズ! というわけには、もちろんいかない。相手はこちらを、逆恨みしてるかもしれないのだから。

 シャッター音をさせないためには、動画撮影だ。日賀さんがたむろしそうな場所にMADOSMAを仕掛けて撮りっぱなし……だめだ、バッテリーが持たない。

 『くれない』さんのIDは分かっているのだから、彼女のLINEを見ればいいのではないか? とも思ったが、それは『悪事専用スマホ』のIDなんだと気が付いた。おそらく写真なんかアップしてないのだろう。していれば、それを基に、ハッシーは画像検索を開始してるはずだ。

 わたしがすべきことは、日賀さんの『表のスマホ』の、LINEのIDを知ることではないだろうか? それと、図書室へ行って、小学校の過去行事の記録の中から、日賀さんの写真を探すことだろう。

 それにはまとまった時間が必要だ。昼休みとか……わたしの考えは定まった。

 わたしは授業に集中することにした。ハッシーの忠告を思い出したからだ。この先ずっと、日賀さんのことばっかり考えて暮らしていくのは、馬鹿げているではないか。

 音楽の沢渡さわたり先生が吹くリコーダーの、柔らかく、温かな音色が聞こえてきた。

 今の今まで考えることだけに集中して、先生の演奏が全然耳に入っていなかったんだ。わたしは、自分自身にあきれると同時に、人間の集中力ってすごいなって思った。


 日賀さんの昔の写真は、あっけないほど簡単に手に入った。

 美優ちゃんの自撮り写真の中に、日賀さんも写り込んでいたものが何枚かあったからだ。

 「日賀さんの写真? あるよ?」

 3時間目の後の休み時間に、美優ちゃんに尋ねただけで、あっという間だった。頼むということは、ひとりではできないことも、できるようにしてくれる力なんだということを、わたしは知った。

 写真の中には、アウトカメラで撮られた、より高精細なものもあった。美優ちゃんはそれらの写真を、LINEを使ってわたしのMADOSMAに送ってくれた。ハッシーもさぞやご満足なことだろう。それとも、わたしの手際の良さに、驚いているかな?

 美優ちゃんは、彼女のiPhoneの画面に映し出された日賀さんの姿を、じっと見つめていた。

 「昔は、割と仲良かったことも、あったんよ?」

 「そのころの日賀さんって、どんな子だった?」

 「どんなって……特に意識せんかった。付き合いのいい子やったよ」

 わたしが知る日賀さんは、誰かに見られたら、刺すような目でにらみ返す人だった。なので、わたしは日賀さんのことをほとんど知らない。写真はにらみ返してくることがないから、わたしは昔の日賀さんを、じっくり観察することができた。

 日賀さんは、高い頬、通った鼻筋、強い眉、きらきらする眼、濃く渦巻く髪を持った、気性の強そうな女の子だった。顔も手足もよく日に焼け、外出好きなようだ。笑顔の写真は、どれも白い歯をきらめかせていた。筋張った体つきで、男の子っぽい服が好きみたい。この辺、美優ちゃんと趣味が共通している。

 アウトカメラで撮られた一枚の中で、日賀さんはバスケットボールのゴールポストに向かって飛び上がり、シュートを決めようとしていた。公平に見て、かなりかっこよかった。

 「それ、うまく撮れてるやろ?」

 美優ちゃんはうれしそうに言った。

 「わたしもそう思う。この写真って、いつごろの?」

 「二年くらい前かな。初めてスマホ買ってもらって、夢中で写真撮りまくってたころやわ。

 ところでこの写真、何に使うん?」

 「画像検索するの」

 美優ちゃんは怪しむような目でわたしを見た。

 「のぞみっち……ストーカーにはならんときよ?」

 「大丈夫、そんな変なことと違うから……」

 わたしはあわてて言い添えた。

 日賀さんの『表のスマホ』の、LINEのIDを、美優ちゃんは知らなかった。知っていたら、悪いほうの『くれない』さんからの友だち申請を不審に思い、認めたりはしなかったろう。ID検索してみたけど、悪いほうしか出ない。

 「あかりちゃんは、いいほうの『くれない』さんのIDって、知ってる?」

 あかりちゃんは、明確に答えた。

 「知らん」

 さすがに素っ気なさ過ぎたと思ったのだろう、あかりちゃんは言い足した。

 「昔は知ってた。でも、日賀さんは前の携帯、中古屋に売ったみたい。久しぶりに掛けてみたら、怖いおじさんが出た……ブロックした」

 「怖いおじさんって、どんな人だった?」

 「めっちゃ、怖かった」

 あかりちゃんは、ぶるっと震えた。

 日賀さんの写真は手に入ったし、表のIDまで無理して探さなくてもいいだろう、とわたしは思った。残るは現在の写真と、幼稚園時代の写真だけど、美優ちゃんもあかりちゃんも、日賀さんと幼稚園は違っていた。

 美優ちゃんのわたしを見る目が、深刻さを増した。

 「幼稚園て……のぞみっち、あんたほんとに大丈夫なん?」

 「だ、大丈夫だから!」

 わたしは言いわけに追われた。まったくもう、ハッシーが変な注文をつけたせいで、こんなことに……。



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