第三章 蝕まれた小学校
1.(ぼく) 桐原家へ / お母さんに自己紹介
桐原望美という人間の女の子。彼女はいったい、何を考えているのだろうか?
彼女はぼくに「ナカニシには話してくれるな」と言うのだ。ぼくは、ナカニシとの
ぼくは、ナカニシのノートパソコンの充電器から電気コンセントへの進入を試みていて、気が付いたら望美のスマートフォンの中にいた。こんなことは初めてで、びっくりせざるを得なかった。なにも、彼女のスマートフォンに引っ越したわけではないのだが。
ぼくをフリーズから再起動させてくれた、いわば命の恩人の頼みであり、断りにくかった。ぼくは当分の間、望美のスマートフォン『MADOSMA』の中に
ぼくは、特に心配していなかった。ナカニシは胸にボタン型WEBカメラとマイクを付けていた。ぼくは、ナカニシと望美が良好な関係を
望美はナカニシにぼくのことをひと言も告げることなく、ぼくをMADOSMAの中に入れたまま、彼女の家に帰ってしまった。
桐原家に帰宅した望美は、父親にはただいまを言ったくらいで、あまり話そうとはしなかった。一方、母親とは、清治おじさんの様子やナカニシの帰国について長い間話し合っていた。
話の内容について、細部までは聞き取れなかった。ぼくは望美の手提げ鞄の中にいたし、MADOSMAに
望美はナカニシと違って、胸にWEBカメラを付けてはいないから、ぼくは両親の表情を読み取れなかった。でも、両親がどんな
望美の父親は、
一枚だけ、違う
父親は、技術者の作業服を着ていた。同じ服装の仲間たちに囲まれている。海を背に、
望美の母親は、やや小柄で、
望美の兄弟姉妹の存在を示す写真は、このスマホの中には無かった。墓参りの写真もあったが、両親、望美、清治おじさんと、父親の弟夫婦らしい人々が写っているだけだ。
父親はテレビの映画を見終わって、先に寝るらしい。お休みを言い合う三人の声が聞こえた。
手提げ鞄が持ち上げられ、留め金が開かれた。
「お待たせ」
望美の声だった。小声だ。
「お母さんに、紹介してくれないの?」
ぼくは冗談のつもりだったのに、望美は本気に取ってしまった。
「あ、ごめんね。お母さーん!」
「なあに?」
母親の足音が近付いてくる。望美はMADOSMAを鞄から取り出し、ぼくの視界は回復した。800万
望美は、龍のタイルをタップし、ぼくは、ぼくの体『E-ボディ』の3DCG画像を表示した。この機能は本来、E-ボディの現状を、ハンドラーや
母親は、望美が示すMADOSMAの画面をのぞき込んだ。インカメラに写った母親は、ぼくが写真で見ていた通りの、優しい笑顔をしていた。
「まあ、望美、ポケモン始めたの?」
違う! ぼくは、ゲームのキャラなんかじゃない! ぼくは怒りに震えた。
「違うよ。これ、ナカニシが貸してくれたの。コンピューターのプログラム……アプリだと思う。この子、ハッシュっていうの。ハッシュ、こちらはわたしのお母さん」
ぼくはE-ロボットだ! アプリなんかじゃない! ついでに「子」でもない! ぼくのプライドは、かなり傷付いた。でも、ぼくは
「初めまして。ぼくはハッシュといいます。会話ができる、
嘘はついてない。会話以上のこともできる、と教える必要がないだけで……。
「コルタナさんみたいなもの?」
彼女は、マイクロソフト社の人工知能『Cortana』にさん付けをする、奥ゆかしい日本人のひとりだった。
「ぼくは実験中の人工知能で、まだ発売されてないんです。コルタナさんに負けないよう、頑張ろうと思っています」
彼女は優しく微笑んだ。
「ハッシュさん、あなたとってもお利口さんね。人気出るわ、きっと。がんばってね」
「はい! よろしかったら、お母さんのお名前、教えてもらえませんか?」
「私は
「はい。ぼくは……」
ぼくの思いもしなかった言葉を、ぼくは発声した。
「ぼくと親しい人は、ぼくのことをハッシーと呼ぶんです……ごめんなさい、変なことを言って」
美幸さんは、あどけない笑顔でぼくに問いかけた。
「ハッシーって、呼んでいい?」
「もちろんです!」
「ハッシーさん、望美と、仲良くしてあげてくださいね?」
「はい! ぼく、なんだか嬉しいです。望美さんの良き友人となるように努めます」
「わたしもハッシーって呼びたい!」
望美が割り込んできた。
「うん、いいよ。望美ちゃんは、なんて呼んでほしい?」
「わたし……のぞみっちとか、ぞみちゃんとか呼ばれてるけど……あんまり、自分で気に入ってる
望美は、ちょっとさびしそうだった。
「分かった。じゃあ、ハッシーと望美、だね」
「うん!」
「私も仇名で、呼んでもらおうかしら?」
「えー、お母さん……」
望美は
「どんな仇名ですか?」
美幸さんは、自分のほっぺを人差し指でつついた。可愛らしいしぐさだった。
「そうねえ……
「はい、美幸ママ」
考えてみれば、ぼくがこの人をお母さんと呼ぶのも、美幸さんと呼ぶのもおかしな話だった。美幸ママは、おさまりのいい呼び方だ。
「もう! お母さんばっかりハッシーと仲良くして!」
「望美はずっとその
「うう……」
望美はむくれている。ナカニシや清治おじさんの前で、あんなに立派に
そんな母子の姿を、ぼくは
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