13.(わたし) 固まったMADOSMA / 龍を助ける

 わたしは、MADOSMAの充電がどれくらい進んだか確かめようと思った。

 MADOSMAを取り上げ、右脇みぎわきの起動ボタンを早押はやおしした。こうすれば、充電状況の表示画面が現れる。何も起こらない。ボタンを長押ながおししてみた。これだと、シャットダウン状態から起動する。何も起こらない。

 わたしは充電器をコンセントから引っこ抜いた。ミニUSB端子からもはずす。MADOSMAの、充電中を示す赤ランプは、点きっ放しだ。

 わたしは、久し振りに間違まちがったことをしでかしてしまったらしい。

 わたしのスマホ、MADOSMA Q501Aは、充電中に固まってしまうことがあるのだ。なぜそうなるのか、本当の理由は分からない。わたしの経験では、充電中にテレビのリモコン電波を浴びると、そうなるみたい。他の場所で充電しても、固まったことはない。

 普段のわたしは、失敗が身にみていて、テレビの近くでは充電しない。でも今日は、清治おじさんの家に来ていて勝手が違い、しかも気がかりなことがいくつもあったから、ついやってしまったんだ。

 しかしわたしはあせらなかった。掌の中のMADOSMAを裏返し、背面はいめんカバーのき部に爪を立てる。少したわませるように力を入れたら、真っ白な背面カバーはぱかっとはずれた。現れたのは、黒いプラスチック製の本体部分。本体には、大小の四角いくぼみが三つある。小さいふたつには、マイクロSIMカードとマイクロSDカード、本体の半分近くを占める大きなくぼみには、着脱式ちゃくだつしきのリチウムイオンバッテリーがはめ込まれていた。

 そう、MADOSMA Q501Aはたとえ固まっても、持ち主がバッテリーをはずして強制リセットし、付け直して再起動させることができるんだ。パソコンが固まってどうにもならなくなった時、いちかばちかでコンセントから差し込みプラグを引っこ抜くのと同じことが、スマホでできる。

 美優ちゃんやあかりちゃんのiPhoneアイフォンでは、できないことだ。iPhoneの持ち主が、自分のiPhoneのバッテリーに触ることは難しい。無理に分解を試みたら、防水シールが破れてしまう(と、おじさんは言った)。iPhoneが固まったら、専用工具を持った修理屋しゅうりやさんにお願いするしかない。わたしは、いざという時自分で何とかできるMADOSMAのことを、少し気に入っていた。その代わり、防水じゃないけどね。

 バッテリーをはずし、付け直す。背面カバーを元通りにはめる。わたしはMADOSMAの起動ボタンを長押しした。ボディがぶるんと震え、OSが立ち上がる……かに見えた。しかし、そうはならなかった。


 画面全体をおおうかのような、大きな三角とびっくりマークが出て、わたしもびっくりした。それらはすぐに消えた。次に、画面全体が真っ青につぶされたようになった。そして、白い文字の行列ぎょうれつがどっと画面になだれ落ちた。定規じょうぎで引いたように無骨ぶこつで素っ気ない字体の、英文だった。

 「何だろう、E-BODY……OPERATING……SYSTEM……FAILURED……?」

 どうしよう、こんな英語読めない!

 わたしは清治おじさんの部屋に飛んで行った。本棚からぼろぼろに読み込まれた英和辞典を引っ張り出す。勉強机べんきょうづくえの椅子に掛け、パソコンのキーボードを遠ざけて場所を作った。卓上にあった紙のメモ帳を手元に引き寄せる。MADOSMAの画面の表示文を、単語ひとつひとつと取っ組み合って、つっかえつっかえしながら、何とか訳し、メモ帳に書き付けていった。



E-ボディの操作システムが失敗しました。


1:ハンドラーの装置から再起動する。


2:進入している装置を再起動する。

 この操作によってE-ボディが再起動することがあります。


3:E-ボディの自己破壊プロセスを起動させて、撤退てったいする。

 この操作によってE-ボディは廃棄はいきされます。

 進入している装置は撤退後に再起動されます。


 入力する   戻る



 わたしは、呆然ぼうぜんとなった。

 E-ボディって、何? どうしてこうなったの? いったいどうすれば、わたしのMADOSMAは元に戻るの?

 わたしは懸命に頭を働かせる。これは、あの悪名高あくめいたかい、コンピューターウィルスとかいうものだろうか? 数字のどれかを選んで入力したら、大金を取られるとか? いや、この文面ぶんめんは、わたしをおどしてはいない。

 マイクロソフト社が、またしてもアップデートをミスしたのだろうか? E-ボディとかいう新しいプログラムが、インストール中に不具合ふぐあいを起こしたとか? この考えも、文面がしめすものと、違う気がする……。

 まさか、あの「くれない」さんが何か悪さをしたのだろうか? それも、違う気がする。LINEのトークにウィルスが仕込まれていたなんて話、聞いたことない。もしそんなのがあったら、小学校は大パニックになってるだろう。わたしも知ってるはずだ……そう考えてわたしは、迷信的めいしんてきおびえを振り払った。

 では一体、誰が、なぜ……。

 今までこんなことは、一度も起きたことがなかった。そして、ナカニシがアメリカから帰ってきた今日、初めて起きた。しかもナカニシは、ハッキングを新しい仕事に選んだと言う……これは、ナカニシが帰ってくるのを待って、彼に相談したほうがいいのではないだろうか。それが最善さいぜんと思えた。

 でも、わたしは、このことをナカニシに相談したくなかった。ナカニシがロボット作りの夢をあきらめ、ハッカーに転職てんしょくしたことを、認めてしまうようなものではないか。


 わたしは、改めて表示文の日本語訳にほんごやくを読み直した。

 わたしは、ハンドラーとかいう技術者(?)には当たらないだろう。特別な装置も持ってない。だから、1:を選ぶことはない。

 わたしのMADOSMAが「進入している装置」だとしたら、2:を選んだら、MADOSMAはめでたく再起動されるだろうけど、E-ボディとかいうあやしげな何かも再起動される(ことがある)。

 3:の文面が意味するものは、わたしの常識をえていた。WITHDRAW? 撤退? 誰が、どこから撤退するの? そして、E-ボディなるものは……信じられないことだが、自分で自分を破壊せよと命じられるのだ。

 SCRAPPED. 廃棄。

 わたしが、3:を選んだら、MADOSMAの中で何かが消滅しょうめつし、そしてMADOSMAは再起動される。厄介やっかいごとの種を残したくなければ、これを選ぶべきだろう。

 静かに、音も無く、わたしは決断した。


 望美ルール、その2。

 わたしは、それが何であれ、廃棄なんかしない、絶対に。

 そう、決めたんだ!


 わたしは、MADOSMAの画面上の2:を選び、次いで「ENTERエンター」(入力する)を押した。青い画面は瞬時しゅんじに消え、少しの間をおいて、毎度おなじみの、まどのシンボルマークが現れた。Windows10 Mobile OSが、立ち上がってゆく。わたしは第一のPINを入力した。ついで第二のPINも。

 WindowsPhoneのスタート画面が現れた。そこに、ひとつの見慣みなれないタイル(アイコン)が追加されていた。龍の姿が、デザインされたタイルだった。わたしは、ためらいもなく、龍のタイルを押した。

 MADOSMAの画面が、夕焼け空のように赤くなった。底深そこぶかい、黄金色の輝きを発していた。その夕焼け空の彼方から、何者かがうねりながら近付いて来、画面中央がめんちゅうおうめた。

 それは、日本のおとぎ話に登場する、龍の姿に似ていた。でも、どこか抽象的ちゅうしょうてきというか、血のかよった生き物らしさとかけはなれたところがあった。さんごの枝と、たくさんの真珠しんじゅをつなぎ合わせて造られた、龍をかたどった宝飾品ほうしょくひんのような。

 MADOSMAのスピーカーが作動さどうした。その龍が、わたしに向かってかたり掛けたのだ。

 「助けてくれて、ありがとう。君がこの端末を再起動させなかったら、ぼくはリチウムイオンバッテリーの中で、永久えいきゅうこおり付いていただろう……」

 「あなたは、誰?」

 「ぼくはハッシュ。Eイー-ロボット・ハッシュ。ぼくの名誉めいよにかけて、このおんは必ず返すよ。

 君は誰?」

 「わたしは、桐原望美きりはらのぞみ……」

 これが、わたしと、E-ロボット・ハッシュの、最初の出会いだった。




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