12.(わたし) 寄付強要トーク / MADOSMAの充電

 知らないIDからの、トークだった。わたしは、特になんということもなく開いた。家に固定電話こていでんわがある子はたいていそうだが、連絡があったら出る習慣がついている。義務感ぎむかんに近い。

 そのIDには「くれない」という名前がついていた。わたしはその名前に、ちょっとだけ心当たりがあった。

 くれない「おはつやね」14:19

 のぞみ「紅ちゃん?」14:19

 同じ五年生のクラスに、日賀紅ひがくれないという子がいる。ほとんど話をしたこともない。わたしが知っている「くれない」さんは、その子だけだ。

 くれない「ちょっと頼みある」14:19

 わたしの胸の中が、ざわざわしてきた。

 のぞみ「何?」14:20

 くれない「美咲みさきちゃんいう子がな 好きな男の子とな かけおちしてん」14:20

 のぞみ「かけおち?」14:20

 かけおちと言えば、愛し合う男女二人が、周りから交際こうさいを認めてもらえないので、ふたりで逃げ出すことだ。

 くれない「かけおちはな お金がかかるんや その子らお金に困っとるねん 助けたってや」14:21

 のぞみ「助けるって?」14:21

 くれない「支援しえんや 支援したってや」14:21

 のぞみ「支援?」14:21

 くれない「あんたさっきから オウム返しばっかりやね」14:21

 わたしは、心臓しんぞうがどきどきしてきた。いつの間にか、首筋くびすじに汗が流れていた。

 くれない「困ってる子助けること あんたようせんの?」14:22

 しっかりしなければ……こんなことではいけない。わたしは、深呼吸しんこきゅうを繰り返した。深く吸って、止めて、ゆっくり吐いて……。テーブルの上に、おじさんの腕時計うでどけいが置き忘れられていた。わたしはとっさに、おじさんの腕時計をてのひらの中に固く握りしめた。

 くれない「あんたが困ったとき どうすんの? 情けは人のためならずやろ?」14:22

 のぞみ「子供だけでかけおちなんて、うまくいくはずない」14:23

 くれない「はあ? 現にやっとるやろ?」14:23

 のぞみ「家に帰って、親にあやまったほうがいい。そして、どうしてもふたりは仲良くしたいって、訴えるべき」14:23

 「くれない」さんの返事は無い。

 のぞみ「それが真面目な付き合いだったら、お父さんもお母さんも、きっと認めてくれる」14:24

 少し経って、トークが送られてきた。

 くれない「あんた いい子やね」14:25

 それっきり、いくら待っても、「くれない」さんからのトークは来なかった。


 わたしはどっと疲れ、ソファーに体を投げ出した。緊張きんちょうが解け、全身から力が抜け、わたしはソファーの上でぐったりした。胸一杯に空気を吸い込む。空気は、すごくおいしかった。

 わたしは、掌の中の腕時計を見つめた。おじさんは、日ごろは頼りないけど、いざとなったら、わたしを守ってくれるんだ。

 それにしても、「くれない」さんは、やっぱりあの、日賀紅ちゃんなんだろうか?

 いつまでもぐだぐだではだめだ。しゃきっとしなければ。わたしは勢いをつけてソファーから立ち上がった。台所へ行って、冷たい水を飲んで動悸どうきを収めた。風呂場へ行って、タオルで汗を拭いた。洗面台の前で、手ぐしで髪をささっと整えたら、いつも通り、元気一杯の望美だった。

 わたしは精一杯、考えをめぐらせた。日賀紅ちゃんのLINEのID、すなわち携帯電話番号けいたいでんわばんごうを知ってそうな人は……? そして、わたしのIDを「くれない」さんに教えることができる人は……? 美優みゆちゃんかなあ、あの子、交際範囲こうさいはんいが広いから……。

 居間に戻り、美優ちゃんにLINEしようとMADOSMAを取り上げたわたしは、バッテリー残量不足の警告けいこくメッセージに気が付いた。今の状態で電源を切ったら、次は再起動さいきどうできませんという。もう、こんな時に!

 わたしは手提げ鞄から充電器を取り出し、MADOSMAのミニUSB端子たんしにつないだ。コンセント……コンセント……テレビの脇にあった。上の穴をナカニシが使っていたせいで、下の穴が充電器じゅうでんきの四角い部品におおわれていて、使えない。わたしはナカニシの充電器を抜き、下の穴に差し直した。空いた上の穴にわたしの充電器を差した。MADOSMAはぶるんと震え、充電を開始した。ひとまず、こうしておくしかない。


 スマホも使えず、いよいよ本格的にやることが無くなった。夕ご飯には、望美風インドカレーもどきがある。わたしは、ソファーの上でうとうとした。

 はっと目が覚めたら、午後三時を過ぎていた。――お布団入れなきゃ! わたしは二階に駆け上がった。

 お布団というものは、太陽の光がさかんなうちに、取り入れなければならない。陽の光が弱まったら、お布団は湿気しっけを吸い始める。わたしは客間に夏布団を敷いておいた。畳んだらぺちゃんこになって、干したのが無駄になる。

 居間に戻ったわたしは、気まぐれにテレビをけた。テレビ正面のソファーにどっかり腰を下ろし、好きな番組を選ぶという、大人の特権とっけんを味わうチャンスだ。でもあいにく、肝心かんじんの面白い番組が無かった。

 BDビーディーレコーダーを点けた。おじさんは相変わらず、深夜のくだらないアニメばかり録画してる。よく見ると録画時間が24分とかになってるから、CMカットまでしてる。保存する気なんだ! わたしは、どんなに感動したアニメでも映画でも見終わったら消す派なので、おじさんのこういう行動は、勤勉きんべんさの無駄使むだづかいだと思っている。

 NHKが日曜の朝にやっている、日本全国の農産物のうさんぶつ海産物かいさんぶつを紹介する番組がれていたので、見させてもらった。おじさんは、わたしがこの番組を好きなのを知ってて、必ず録画してくれる。

 果物や野菜を少しでも大きく、甘く育てようと、農家の人たちがそそぎ込んでいる知恵と工夫くふうは、いつ見ても感心してしまう。そうだ、庭の片隅かたすみ家庭菜園かていさいえんにしてもいいな。果物や野菜のみずみずしさが、おじさんに、生きる活力を与えてくれるだろう……。



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