10.(わたし) 仲直りのベランダ / 留守番
わたしは二階のベランダに立って、手すりを
空は、青く晴れ渡っていた。千切れ雲が、そよ風にたなびいている。
――この
嘘だ。良いことなんか来ない。ナカニシは夢を捨てた。おじさんは働かない。
わたしは、太陽の光を浴びながら、ぼんやり考え込んでいた。
わたしが覚えているナカニシは、もっと熱く、激しく、怒りっぽい人物だった。
「駄目だ!
記憶の中のナカニシは――そのころはまだ中西だったけど――怒鳴り、手を振り回し、うろうろ歩き回りながら涙ぐんでいた。
「ちくしょう! なんでみんな、分かってくれないんだ!」
幼いわたしは、そんなナカニシを見ているうちに、自分まで悲しくなって、泣き出してしまった。ナカニシは怒鳴り散らすのを止め、わたしを抱き上げ、そっとあやしてくれた。
「おお……ごめんな。よしよし、怖くない、怖くない……」
わたしは我に返った。
ナカニシは、
「望美、大丈夫か?」
わたしは振り返った。少し離れてナカニシが立っていた。
ナカニシはしょげ返った顔をしていた。心配そうにこちらを見ている。両手は、どこへやったらいいか分からないようだった。そんなナカニシの姿を見ているうちに、わたしの胸のつかえは取れてしまった。わたしは
「うん、もう大丈夫」
「望美、本当に悪かった。お前があんなに傷つくなんて。俺は、馬鹿だったよ」
「ううん、そんなことない。
ナカニシが一生懸命やって駄目だったんなら、そうなる運命だったんだよ。わたし、ナカニシが苦労してること、気が付かなくて、お馬鹿さんだった。さっきは
ナカニシはそっと手を伸ばして、わたしの肩に置いた。わたしはナカニシを見上げた。
「望美、俺はお前に言いたいことがある。でも、今は言えない。十年後か、二十年後には、話せるようになるかもしれない」
「そんなに待たなきゃいけないの?」
「ああ。でも、今言えることがひとつだけある。
俺は、
「うん。分かった」
わたしたちは
「さあ、いつまでここで
「わたし、おじちゃんにひどいこと言っちゃった。どうやって謝ろうか?」
「はは……あんまり気にするな」
ナカニシは少し笑った。
「たまには
気絶寸前にまで落ち込んでいた清治おじさんを、わたしがいかに謝り、安心させ、気力を取り戻させたかについては
おじさんはわたしに、午後の予定を伝えた。
「おじさんとしんちゃんは、ふたりで外出する。大人の話があってね。夕食までには帰るつもりだが、
もし、お父さんが『すぐに帰れ』って言ってきたら、電話でタクシーを呼んで、それに乗って帰りなさい」
おじさんはわたしに千円札を三枚持たせた。おじさんは少し、さびしそうだった。わたしのお父さんから信用されていないことを、つらく感じているからだ。
ナカニシはおじさんに、ちょっとした頼みごとをした。
「俺のノートパソコン、
「もちろんいいよ」
ナカニシはノーパソにつないだ
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ふたりは、ナカニシが運転する灰白色のアコードに乗って、どこかへ出かけてしまった。突然、わたしはひとりきりになっていた。
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