9.(わたし) ペンテスターとは何か / 怒りの爆発

 「ペンテスター? 何だそれ」

 「ああ、俺たちの業界ぎょうかいでは、なんでも省略しょうりゃくしちまう悪いくせがあってな。『ペネトレーション(侵入しんにゅう)テスト』を行う、テスターだよ。企業や公的機関こうてききかんは、俺たちペンテスターをやとって、彼らのコンピューターネットワークを攻撃させる。攻撃ってのは、ハッキングのことだ」

 わたしは、突然飛び出してきたその言葉に驚いた。ハッキングと言えば、よくは知らないが、悪いことではないか。

 「ハッキング! ナカニシ、ちょっと待って! 何やってるの!」

 「心配するなって。やとぬしと俺たちと、双方納得そうほうなっとくの上なんだから。雇い主のコンピューターネットワークがどこまでハッキングに耐えられるかを、実際に攻撃して試すんだ。

 俺たちは雇い主に、ネットワークのどこがどう弱かったかを教える。その情報をもとに、雇い主はネットワークのセキュリティ(防犯性)を強化する。そして俺たちに報酬ほうしゅうを支払う。

 これは立派なお仕事なんだよ。ざつな言い方だが『正義のハッカー』なんだ」

 「そうだ、思い出した……わたしが幼稚園の頃、ナカニシはおじちゃんのパソコンのふた、遠くから開けたり閉めたりしてたよね……全然触ってないのに、不思議だった」

 ナカニシはにやりと笑った。

 「そうだ。当時は趣味のいきを出なかったハッキングが、今じゃ第二の天職てんしょくとなって、俺の身を助けているのさ。めでたし、めでたし、だよ」

 「めでたくなんか、ない」

 わたしの声は小さ過ぎて、ナカニシの耳に入らなかったようだ。

 「そうか……しんちゃん、抜け目ないな。サイバーセキュリティは、業界のしゅんのテーマだもんな。当分は食いっぱぐれ無さそうで……良かったじゃないか」

 おじさんは、ひとまず安心したようだった。

 「良くない」

 わたしの声は、またしても届かなかった。

 「旬というか、『待った無し』なんだよ」

 ナカニシは、水滴すいてきの付いたグラスを取り、よく冷えた麦茶を三口みくち飲んだ。

 「すいかまだ残ってるぞ。望美、俺の分も食べていいよ。

 ……何が待った無しかっていうと、アメリカが、北朝鮮きたちょうせんの体制存続そんぞくを認めようとしていることなんだ。

 北朝鮮は、経済封鎖けいざいふうさされていた当時でさえ、世界中にサイバー攻撃を仕掛けて違法いほうな収入を得ていた。体制を認められて、経済も拡大したら、攻撃の規模だってさらに拡大するだろう。味をしめるってやつだ。自省じせいなんかしない。

 かつてイタリア北部が、南部の犯罪組織『マフィア』に侵食しんしょくされて、イタリア全土がマフィア国家になり下がっていた時代があった。マフィアは、自省なんかしなかったんだ。

 北朝鮮が経済マフィア国家に成長したら、となり韓国かんこくまで侵食して、朝鮮半島全体が『マフィア半島』化してしまう危険がある。もしも……まずありえない事だが……在韓米軍ざいかんべいぐん撤退てったいしたら、韓国は北朝鮮に屈服くっぷくする。北朝鮮と、その背後にある中国に。

 そうなったら、周辺諸国、とりわけ日本に対するサイバー攻撃は、苛烈かれつを極めたものになるだろう……」

 わたしは、胸一杯に空気を吸い込み、腹の底に力をめた。

 「ここに、俺たちペンテスターの需要じゅようがある。需要というか、存在意義が……」

 わたしは叫んだ。

 「静かにして・・・・・!」

 ナカニシは驚いて言葉を止めた。おじさんは、半分立ち上がりかけて、びっくりした顔をこちらに向けた。窓ガラスは一瞬、確かにびりびりと震えた。

 わたしは叫び続けた。

 「ナカニシはなんで、夢をあきらめちゃったの! おじちゃんはなんで、次のお仕事、探さないの! わたしのまわりは、こんなことばっかり!」

 だめだ、だめだ、こんなことを言ってしまっては……!

 本当のことを言ったら、友情は終わり……昔聞いた、おじいちゃんの忠告が、わたしの心をよぎる。わたしは、くだりそうな冷静さを、必死につなぎ止めた。

 「ごめんなさい、大声出したりして」

 ナカニシとおじさんは、一言もしゃべらない。目を真ん丸に見開いて、わたしをうかがっている。

 「ナカニシ、今日はうちにまるんでしょ?」

 「あ、ああ……清治が良ければ」

 「も、もちろんいいよ」

 「良かった! わたし、客布団きゃくぶとん干してくるね! お日様があるうちに、少しでもお布団、温めなきゃ。

 ごちそうさま!」

 わたしはふたりと目も合わせずに、食卓から駆け出した。背後で椅子がばたんと倒れる音がしたが、知ったことじゃなかった。



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