8.(わたし) 悪い知らせ

 「え?」

 わたしは、頭の中がっ白になった。

 「おい、そんな話は聞いてないぞ」

 おじさんも驚いていた。

 「嫌な話は、ついつい先送りしてしまうもんだ……今までだまっていて、悪かった。

 俺は、ロボットを作るのは、止めたんだ。ジ・エンドさ……」

 ナカニシは、わるびれもせずに言った。

 どうして? どうして止めちゃったの? ナカニシ……わたしは問いただそうとした。でも、言葉が出てこない。

 「なんで……なんで止めたんだ!」

 おじさんは、普段ふだんは出さないような大声を上げた。

 「アメリカのロボットベンチャー企業が、乱立らんりつと競争の時代から、選別せんべつ淘汰とうたの時代に入ったからだよ。ひとことで言うと、俺たちの会社は、淘汰され……」

 「そんなことを聞いてるんじゃない!」

 おじさんは怒鳴った。わたしは、びくっとした。おじさんが怒りの形相ぎょうそうをしている。

 「俺は! なんで! お前が! あきらめたのかって、聞いてるんだ!」

MITエムアイティー(マサチューセッツ工科大学)のロボット工学研究室からスピンアウトした俺たちの会社は、そこそこ健闘けんとうしたほうだ」

 ナカニシは平然としていた。わたしたちがこんなに怒ったり、悲しんだりしてるのが、分からないのだろうか?

 「だが、ときわれあらず、だ。

 目の前の需要じゅようを満たす、という市場しじょうは、アイロボット社の『パックボット』が取った。キャタピラと台座だいざと、任務にんむに応じて交換されるアタッチメント。ロボットと言うより、移動可能いどうかのうなマジックハンドに近いものだったが、イラクやアフガンで、仕掛しかけ爆弾を除去じょきょしたり、建物の中を偵察ていさつするには十分じゅうぶん役に立った。他社のもっとすごいロボットは、目の前の戦場に間に合わなかったが、パックボットは間に合ったんだ。

 間に合うというのは、一級の美徳びとくなんだ。さらにアイロボット社は、例のお掃除そうじロボットの大ヒットのおかげで、ロボットを大量生産できる体力を持っていた。戦場からの修理要請しゅうりようせいにも即応そくおうできた。要は、商売全体で勝ったんだ。俺たちの会社には、欠けていたものだ……」

 おじさんはただ、ふるえていた。わたしにできることは、ワンピースのすそを握りしめて、石のように固まっていることだけだった。

 「一方、未来の市場は、最も革新的かくしんてきな会社が取る。それは、ボストンダイナミクス社だ。あいつらの『ビッグ・ドッグ』や『アトラス』の凄さは、動画を見れば誰にだって分かるよな。

 俺と仲間たちは、自分たちがアイロボット社にもボストンダイナミクス社にもなれない、と結論した。そして、分配できる資産がまだ残ってるうちに、会社をたたんだのさ」


 ナカニシの話は終わった。

 長い話だったけど、そのどこにも、ナカニシがなぜくじけてしまったのか、なぜ夢を諦めてしまったのかの説明は無かった。

 「なあ、しんちゃん……」

 おじさんの声は、暗い地の底からい出して来るようだった。

 「お前、日本を出る時言ったよな? 『俺は、戦うロボットを作りたい』って。『たたかわないロボットが、この世界の真実にたどり着くことは、決して無い』って。東大を中退ちゅうたいまでして、MITに入学して……東大時代の仲間とは、絶交ぜっこう状態になったよな。

 ついには日本国籍にほんこくせきまで捨てて。英語のNakanishiになっちまって。『アメリカの国家機関こっかきかんがらみの仕事にみ込んでいくための、言わば踏み絵なんだ』って。

 そのあげくに、止めたのかよ、ロボット……」

 おじさんは、それ以上しゃべれなくなってしまい、うつむいた。

 おじさんは、それ以上何も言えない。なぜなら、おじさんがナカニシに発した言葉はそのまま、清治きよはるおじさん自身を、むち打つものだったからだ。

 「ひとことも無い。お前の言うとおりだよ、清治。

 俺はわりと、このことについては気にしていなかった。勝ち負けは人の世のつねだからな。負けて泣くのは、俺の趣味じゃない。運命を従容しょうようと受け入れるまでだ。

 でも、清治や望美が、ここまでショックを受けるとは思ってなかった。済まなかった、お前たちの期待に応えられなくて……」

 「それで、これからどうするんだ?」

 「次の仕事はある。その点は心配無用だ。今の俺は『ペンテスター』なんだ」



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