7.(わたし) 友情の始まり / 久闊を叙す

 ナカニシは、清治おじさんの親友しんゆうだ。昔は家がとなり同士で、幼稚園にかよう前からの幼ななじみだった。

 ある夏の日、ナカニシ――当時はまだ中西だった――と清治おじさんは、家の前の道路で、ふたりで三輪車さんりんしゃいでいた。

 「あついね、しんちゃん」

 中西信一なかにししんいちだったから、しんちゃんだ。

 「うん、暑いね、きよちゃん」

 母親たちが気が付いた時には、ふたりは着てる服を全部脱いで、まっぱだかになって三輪車を漕ぎ、町内を走り回っていたという。けらけらと、嬉しそうに笑いながら。はだかの付き合いだったのだ。

 ふたりは通う幼稚園も小学校も中学校も一緒いっしょ、遊びの趣味も将来の夢も一緒。交友関係も共通していた。義兄弟ぎきょうだいどころか、一心同体だった。

 ふたりの共通の夢は、電子工学の世界で、何かしらとても大きなことをやること。清治おじさんはネットワーク構築こうちくと、プログラミング志向。ナカニシは制御系せいぎょけい実装じっそうと、ハードウェア志向だった。このへんの話は、おじさんからの受け売りで、わたしにはよく分かっていない……。


 「それはだな」

 おじさんは、すいかを頬張ほおばったままで言った。

 「おじさんは、コンピューター同士がつながって、情報をやり取りするのが好きで」

 おじさんはわたしの顔を見て、わたしがよほどあきれた表情をしていたのだろう、すいかをごくりと飲み込んだ。

 「……ナカニシは、コンピューターを組み込まれて複雑な動きをする機械が、つまりロボットとか、今で言うドローンとかが、好きだったってことだよ」

 わたしたちは、ナカニシがお土産みやげに持ってきていたすいかと麦茶で、食後のひとときを楽しんでいた。すいかは、しゅんにはまだ早かったけど、よく冷えていて、おいしかった。

 ナカニシはすいかに塩を振り、先割れスプーンで種をていねいに取り除いていた。昔と変わらないやり方だった。

 「ドローンか。あの頃はまだクァッドコプターもWi-Fiも無かった。ラジコンヘリ、CBシービー無線……そういう物に、俺は情熱をそそぎ込んでいたよな」

 「しんちゃんは、アウトドア派だったもんな。

 あの頃俺は、先輩のさそいで社内LAN構築しゃないランこうちくのアルバイトに駆け回って、結構けっこうふところは温かかった。コンピューターを接続できるってだけで、そこそこのかせぎになったんだ……しんちゃんは俺のふところを、当時かなり当てにしていたよな」

 「俺だって農薬散布のうやくさんぷ航空測量こうくうそくりょうのバイトを、まめにやってたよ。

 精密工作機械せいみつこうさくきかいの、ライン配置はいちの設計もやった。知り合いの工場主から、とにかく安くあげてくれと頼まれてな……。怪我けがしても知らんぞ、と思いながら、おっかなびっくり配置して……うまくいったときは感動したもんだ。無資格むしかくでやったんだが、もう時効じこうだろう。望美は、こんなバカな大人にはなるなよ?」

 「はーい」

 わたしは、ナカニシの話すことの半分も分からなかったけど、適当に返事した。

 「……むしろ俺のほうが、だ。清治が新しいサーバーやらルーターやらあれこれ試したいと言って、買うのを手伝わされた記憶が、結構あるぞ?」

 「つまりは、俺たちは持ちつ持たれつだったんだよ」

 清治おじさんはナカニシと話すとき、自分のことを「俺」と言う。おじさんの「俺」を聞くのは久し振りだ。わたしは、くすぐったいような、頼もしいような気持だった。

 ナカニシは、遠くを見るような眼をした。

 「俺たちは……いや、俺たちでさえ、早過はやすぎたんだ。

 コンピューターの小型高性能化こがたこうせいのうかと、それにともな消費電力しょうひでんりょくの低下。バッテリーの小型化と耐久性たいきゅうせいの向上。無線通信は、高周波帯域こうしゅうはたいいきを使えるようになって高速化し、大容量化だいようりょうかした。

 それらひとつひとつの進歩が合わさって、言わば小川おがわが集まって大河たいがになるように、新しい時代がおとずれたんだ。高度な自律機械じりつきかいの大群が、人間社会の隅々すみずみにまで広がって、相互そうごに衝突もせず、整然せいぜんと活動できる時代がな……つまり『ロボットの時代』が訪れた」

 「その時代の訪れには、ネットワーク構築技術こうちくぎじゅつだって、ひと役買ってるってことを、忘れるなよ?」

 おじさんが口をはさんだ。

 「大量のロボットは、大量のデータを休みなしに発生させるんだから。それらを混線こんせん遅延ちえんもさせずにさばき切ってるのは、無線ルーターやサーバーコンピューターだ。派手な舞台を裏で支えてるのは、地味な裏方うらかただよ。

 望美は、こんな話は退屈たいくつかな?」

 「ううん。わたし、おじちゃんとナカニシが仲良く話してるの、見てるだけで楽しい」

 ナカニシは微笑ほほえんだ。

 「望美は、俺たちが思ってるより、ずっとかしこいよ。

 ネットワークの話は、清治の言うとおりだ。でも、俺たちの青春時代に、それは訪れなかった。大河の奔流ほんりゅうは、俺たちの青春時代には間に合わなかった。俺はそれを、ちょっと残念に思ってるのさ」

 「何言ってるんだ、しんちゃん。お前の専攻せんこうは、ロボット工学だろ。ロボットの時代が来たんだろ? これからは、お前の時代じゃないか。

 俺は、はたで見てるだけだが……」

 「そんなことはないさ」

 「いや、俺は世捨よすて人だよ」

 話が湿しめっぽくなってきたので、わたしはあわてて割り込んだ。

 「ねえ! ナカニシは今、どんなロボットを作ってるの?」

 ナカニシは苦笑いした。

 「それがな……作ってないんだよ」



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