6.(わたし) 遠い日からの来客 / 日本料理

 ガレージに通じているテラスに、わたしは立った。外にはそよ風が吹き、さわやかだった。

 開放式かいほうしきのガレージに入ってきたのは、古いかたの乗用車だった。ホンダのアコード、とエンブレムに記されている。灰白色はいはくしょくの塗装は陽に焼け、つやせていた。

 初めて見る車だけど、その車の趣味と、ガレージの入れ方と、運転席の窓越まどごしに見える後ろ姿に、わたしは見覚えがあった。

 それはとてもおさない頃の記憶だった。心が、強くかき混ぜられてゆく。心の底から、ある人物の姿がゆらゆらと立ちのぼってくる……。

 彼は、運転席から降りてきた。清治おじさんと目を合わせ、にやりと笑った。次に、彼の視線はわたしをとらえた。一瞬、わたしが誰だか分からないようだった。そして、彼の表情は驚きに満ちたものになった。

 わたしも同じだった。思い出から立ち昇ったらめく人物像が、目の前に立つ男の姿と重なり、一致いっちした。体がふるえだし、わたしは叫んでいた。

 「ナカニシ!」

 ほとんど悲鳴だった。わたしはテラスを駆け降り、ナカニシに飛び付いた。

 「望美! 大きくなったなあ!」

 わたしはナカニシの胸に顔をうずめ、匂いをいだ。かわの匂い、大人が着る服の匂い、海の彼方かなたの知らない国の匂い、ナカニシの匂いだった。

 見上げると、ナカニシはおおらかな笑顔でわたしを見下ろし、てのひらを上げて私の頭をなでてくれた。わたしは、夏が近いからといって早めに髪を切ったりしなくて良かった、と思った。

 「何年ぶりだろうな……ずいぶん長い間、日本を放っておいたもんだ。最後に会ったのは、お前が幼稚園ようちえんころだったか」

 「幼稚園の、年長組ねんちょうぐみの頃だよ!

 ナカニシ、日本に帰って来たの? いつまでいるの? ずっといるの?」

 「長期滞在ちょうきたいざいするよ。まとまった仕事がいくつもあるから。

 さあ、そろそろうちに上がろう」

 「うん……」

 わたしはナカニシと手をつないでテラスに戻った。ナカニシは清治おじさんと握手あくしゅした。

 「久し振りだな。清治、会いたかったよ」

 「ナカニシ……」

 清治おじさんは、目に涙を浮かべていた。おじさんはナカニシの手を固く握り返した。


 わたしは台所に立ち、大急ぎでお昼ご飯を作り直した。五年ぶりに日本に帰ってきた人に、インドカレーもどきなんか食べさせられない。

 まずは白いご飯を、塩こんぶと梅干、焼きのりとしょうゆで食べてもらって、その間に……。いりこ、だし昆布こんぶ、みそ、お豆腐とうふ、わかめ、青ねぎのきざんだので、ごく当たり前のみそ汁を作った。ナカニシは大喜びで食べた。続いて小松菜としょうゆとみりん、わずかなごま油と砂糖で、お手軽なおひたしを作って出した。ナカニシは喜んで二膳目にぜんめ三膳目さんぜんめをおかわりした。

 「ついでに、めざしがあれば言うことないんだが……」

 清治おじさんがわたしを急かした。

 「冷蔵庫の魚のたなにあるから、出せ出せ!」

 わたしはめざしを三尾さんび、串から引っこ抜いた。焼くのはトースターに任せて、ナカニシが食事する姿に見とれた。素晴らしい勢いで、料理がおなかの中に吸い込まれていく。胸のすくような食べっぷりだった。わたしは調子に乗って、オクラの残りと鶏肉のこま切れと崩した豆腐で、え物まで作って出してしまった。

 「日本に帰って来たんだなあ」

 ナカニシは満ち足りた顔をしてお茶をすすりながら、おじさんとわたしが食事をするのを眺めていた。

 「あの幼稚園の女の子が、ここまでになあ……望美、立派に育ったな」

 面と向かってほめられると、照れくさい。

 「そう? 普通だよ?」

 わたしはうつむいて、めざしを一本かじった。わたの味が、ほろ苦かった。



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