第二章 やって来たのはわたしん家!?

1.(わたし) スマホをもらった日

 初めてのスマホが、家族のお下がりだったって子は、結構けっこういると思う。でも、それがWindowsスマホだったって子は、どうかな?

 わたしが、そうだった。

  わたし、桐原望美きりはらのぞみ。小学五年生です。

 普通ふつうの女の子です。どこにでもいるような。大して素晴すばらしくもないけど、そんなに恥ずかしくもありません。つつましいながらも、幸せな毎日を送ってきました。

 そんなわたしが、スマホデビューをたくらんで、お父さんとお母さんにどう話を持ち出そうか考えてた時に、清治きよはるおじさんが言い出したんだ。

 「ぼくのお下がりでよかったら、これ、望美に使わせてやってよ」

 お母さんは当然、断ったりしなかった。

 「いいの? 結構これ、高いもんじゃない?」

 清治おじさんは、お母さんの弟だ。

 「二万三千円くらい。普及型ふきゅうがたとしては、まあ妥当だとうな線かな」

 「スマホを金を出して買うとは、清治君らしいな」

 まだ『0円スマホ』があった頃の話だ。あの頃、お父さんはまだ、清治おじさんと口をいていた。

 当時はまだ、おじさんが仕事をしていたからだ。

 ――さびしい話になっちゃった。この話はまた、後でするね。

 わたし? そう、わたしは、あこがれのスマホを、ついに手に入れられると聞いて、大喜びだった。

 「うわあぁぁぁ! ありがとう、おじちゃん!」

 「こら、まだもらうとは決めとらんぞ。小学生には、まだ早いやろう」

 「そ、そんなことないよ! クラスの(内10人くらいの)子は、みぃいんな持ってるから!」

 わたしは、かっこの中をなるべく小さな声で発音した。でも、お父さんはわたしの計略けいりゃくに引っ掛かったりはしなかった。

 「それはクラスの内、10人しか持っとらんということやろう」

 「う、うう……」

 スマホデビューの夢は、あえなくついえてしまうのか? その時、清治おじさんが助け舟を出してくれた。

 「これはWindowsスマホですから。ほとんどのゲームアプリは、使えませんよ」

 え?

 わたしの中に、かすかな不安が生じた。でも、お父さんは逆に、興味きょうみを持ったようだった。

 「ほう? それは……」

 「それに、格安SIMかくやすシムを使えますから。少ないクーポンを、計画的に使う習慣しゅうかんが身に付くはずです」

 「格安?」

 今度はお母さんが反応した。

 「データ通信料が900円、電話回線使用料でんわかいせんしようりょうが800円、後、プロバイダメールという、取得しゅとくしておけば後々のちのち役に立つものがあって、合わせて月々2000円くらいかな」

 お母さんの目が光った。

 「月2000円で済むの! お父さん、これで良くない?」

 「毎月6000円はかかると聞いとったのに、3分の1で済むんか。ううむ……清治君、それ、確かなものなんか?」

 「IIJアイアイジェイは日本の基幹きかんプロバイダですから、この上なく確かですよ」

 お父さんとお母さんは顔を見合わせ、どうしよう……これにするか……などと言い合っていた。やがて結論が出た。

 「清治君、それ、ありがたく頂戴ちょうだいしよう」

 「どうぞどうぞ。

 望美、分からないことがあったら遠慮えんりょなくおじさんに相談しな」

 「う……うん! ありがとう、おじちゃん!」

 おじさんはわたしにスマホを手渡した。

 それは、普通くらいのサイズのスマホだった。でも、わたしの小さなてのひらには、立派なくらいの大きさだった。かすかにおもりがして、確からしさが感じられた。タッチパネルは、当たり前だけど黒色。背面はいめんカバーはプラスチック製で、清潔せいけつな白色だった。さわやかなライムグリーンの塗料とりょうで、下の端っこに『Windows』、カバーの真ん中へんに『MADOSMA』と書かれていた。

 これが、わたしと『MADOSMAマドスマ Q501A-WH』の、最初の出会いだった。

 わたしの中の不安は、次第に晴れていった。本物のスマホの持ち重りを手に感じれば、細かいことは気にならなくなった。わたしは結局けっきょく、欲しいものを手に入れたのだから……。


 格安SIMの登録者名とうろくしゃめいとクレジットカード番号の変更へんこう手続きがされ、わたし用の新しいプロバイダメールアドレスが取得され、MADOSMAは晴れて私のものとなった(もちろん、正確にはお父さんから貸し与えられたものだ)。

 清治おじさんはわたしに、むずかしいパスワードを決めるようにすすめた。わたしが散々ごねたので、おじさんは折れた。

 「最初は簡単なところから始めよう。12けたの数字と英子文字えいこもじ英大文字えいおおもじの無意味なつらなりでパスワードを作るんだ。

 慣れたら、少しずつ難しくして、パスワードの強度きょうどを上げていこうね」

 「今でも十分難しいよー!」

 そのパスワードは、格安SIMの会員サイト用のものだ。さらにスマホの第一のPINピンも、第二のPINも決めさせられた。さらに、テザリング用のWi-Fiパスワードも、12桁のを!

 でも、こういうことにはたよりになるおじさんだった。おじさんが教えてくれなかったら、わたしは、テザリングという便利な機能があることを気付かずにいただろう。

 わたしは、お父さんに電話してみた。

 「はい、桐原です」

 「わたくし、桐原平太郎きりはらへいたろうの娘の、望美のぞみと申します。お父様はご在宅ざいたくでしょうか?」

 「平太郎は私ですが、そちらに娘の望美は居りますでしょうか?」

 「はい、在宅中でございます」

 「おかしいですな。お互い在宅中ですのに、なぜ電話で話し合っているのですか?」

 お母さんが笑いながら口をはさんだ。

 「望美、その辺で止めなさい。あんたもう100円以上使ってるのよ?」

 「ええっ!」

 わたしはびっくりした。3分10円じゃなかったんだ! そんなわたしを、清治おじさんは微笑ほほえみながら見ていた。


 その夜わたしは、MADOSMAをむねに抱きしめ、ほおずりしながら寝た。



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