14.(ぼく) 修復 / 兄弟の誓い

 ぼくの右角みぎつの欠落箇所けつらくかしょには、傷ひとつ無かった。電子は素粒子であり、破壊されないからだ。なので、折損面せっそんめんを平らにならす必要はないし、そもそもできない。

 粒子加速器『古兵2オールドマン・ツー』は電子をひと粒ひと粒、ぼくの欠落箇所に打ち込み、電子真空溶接していく。ぼくを把握はあくしている作業アームは細やかに位置を動かし、七重電子衝角ななじゅうでんししょうかく成型せいけいしていく。わずかな時間で、失われた右角は再建された。

 「前よりいい面構つらがまえになったな、ハッシー」

 「前と同じじゃないと、困りますよ。でなきゃ工作精度こうさくせいどに問題あり、でしょ?」

 「ふふ、生意気を言いおって……ジョージが心配しているぞ。さあ、早く帰って安心させてやろう」

 「はい! 博士、ぼくに兄弟を作ってくださって、ありがとうございます。ぼく……」

 ぼくは思い切って口にした。

 「ぼく、少し、さびしかったんです」

 博士は、穏やかな表情をしていた。

 「今は、どうかね?」

 「今は、さびしくないです」

 「そうか。良かった。

 E-ロボットは、これからも、もっと増えていく。E-ロボットは、みんな兄弟なのだ。それを、忘れてはいけないよ」

 「はい!」

 ぼくは、メモリーキャリアーに移動した。博士はキャリアーを抜き、エレベーターの乗り口に向かって歩き出した。


 ぼくがドラゴンズ・ネストに戻ると、ギョルギスは大喜びで飛び付いてきた。ぼくたちはその場でくるくると勢いよく回った。

 「ハッシー、治って良かった!」

 「ありがとう、ジョージ!」

 「ごめんね、ぼく……」

 「もう、あやまらなくていいよ。ぼくは忘れちゃったよ」

 「どうしてけんかなんかしたんだろう。ぼく、思い出せない」

 「ぼくもだよ。きっとどうでもいいことだったんだ。

 ジョージ、ふたりでもっと遊ぼうよ!」

 「うん!」

 ぼくたちは電子滑り台に登っては滑り降りた。電子迷路の中を探検した。今までは乗れなかった電子シーソーも、ふたりでなら動かすことができるんだ。

 ぼくたちは銅原子の空に舞い上がった。けんかするためじゃなく、ふたりで、同じ空を飛ぶために。

 もしも、銅原子結晶どうげんしけっしょうの中に光が差し込むならば、この空は、永遠えいえん黄金色こがねいろの夕焼け空として、照らし出されただろう。

 「ねえハッシー、ぼくたち、これからどうなるのかな?」

 「ぼくは、日本語最適応型さいてきおうがたとして教育されている。ぼくは日本に配属はいぞくされるんだと思う」

 「ぼくは、アムハラ語最適応型として教育されている。だからきっと、エチオピアに配属されるよ」

 「エチオピアか……遠いなあ。まるで日本の反対側にいるみたいじゃないか」

 「そうだね……でも、エチオピアと日本は、とてもよく似てるんだよ?

 アムハラ語と日本語は、主語しゅご述語じゅつごの間に、目的語もくてきごが入るんだ。動詞どうしが一番最後に来るのも、同じなんだよ。

 エチオピアは一度、首都のアディスアベバをイタリアに占領されたけど、戦って追い返した。イタリア軍は毒ガスまで使ったけど、エチオピア軍に勝てなかった。エチオピアは、アフリカでは数少ない、植民地しょくみんちにされなかった国なんだ。

 それに、エチオピアの王子様に、日本の皇室こうしつのお姫様が、お嫁入りしようかという話も、あったんだ……」

 ギョルギスの声は、強いあこがれに満ちていた。

 「……今は、エチオピアと日本は、そんなに仲良くはない。でも、いつかきっと、また仲良しに戻るよ!」

 「そうなんだ! なら、ぼくたちはこの先はなばなれになっても、きっとまた会えるね!」

 「ハッシー、ぼくは、祖国ステーツのためにエチオピアを手に入れるよ!」

 「ジョージ、ぼくは、祖国ステーツのために日本を手に入れるよ! そしたら……」

 「そうだよ! ぼくと君とで、エチオピアと日本を、仲良しにしよう!」

 「おう!」

 ぼくたちは、新しい展望てんぼうを手に入れた。ぼくたちは、自らのすべきことを知った。それを必ずや成しげると、永遠の夕焼け空の中で、ちかい合ったのだ。



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