12.(ぼく) 過去: なぜE-ロボットは作られたのか

 ラインハルト・ロイディンガー少年は、戦闘せんとうロボットを作りたいと考えた。

 それは彼が、第二次世界大戦だいにじせかいたいせんの戦火をのがれ、ヨーロッパからアメリカに渡った、移民いみんの子だったからだろう。祖国ステーツのために兵士となって戦うか、強力な兵器を発明するかが、良きアメリカ人としてみとめられる早道はやみちだと気付いたのだ。ロイディンガー少年は、当時創成期そうせいきを迎えていたロボット工学を学び、博士号はくしごう取得しゅとくした。祖国ステーツのために、鋼鉄こうてつの兵士を作るのだ。

 目の付け所は良かった。が、飛び付くのが早過ぎた。

 20世紀中葉ちゅうようのロボットは、走るどころか、不整地ふせいちを歩くことさえままならなかった。一度転倒てんとうしたら、自力じりきで立ち直るなど、夢のまた夢だった。博士のロボット工学者としての全盛期ぜんせいきと、ロボットという存在の全盛期は、重ならなかったのだ。

 工学者として身を立てることはできたのだから、それで良しと考えれば楽だったろう。しかし、博士の中には不満がくすぶり続けていた。

 やがて、パーソナルコンピューターとインターネットの時代がやって来た。1986年、パキスタンのラホールにおいて、世界初のパソコンウィルスとされる『ブレイン』が出現したとき、博士は、目の前が開けたように思った。

 電子の世界に、新しい戦場があると。


 ロイディンガー博士は、コンピューターサイエンスに転身てんしんするにあたって、戸惑とまどうことはなかった。日頃から、ロボットに制御回路せいぎょかいろ実装じっそうする作業に、手慣てなれていたからだ。当時は、高級言語こうきゅうげんご低級言語ていきゅうげんご乖離かいりがまだ進んでいなかったことも、機械屋きかいやであった博士にさいわいした。

 博士は最初のうち、ウィルスやワクチンソフト(当時はセキュリティソフトのことをそう呼んだ)を無我夢中むがむちゅうで書き続けていた。やがて、それでは満足できなくなった。博士が本当に求めていたものは、プログラムという『論理ロボット』『仮想かそうロボット』ではなかった。確固かっこたる、物理的な実体を備えたロボットが欲しかったのだ。


 電子回路の中で活躍できるロボット。それは、どうしたら作れるのか?


 導線や、回路部品の中を移動できるのは、電子だけである。『そのロボット』は、電子だけで構成されなければならない。

 しかし、電子は素粒子そりゅうしである。素粒子というのは、それ以上小さく割れない存在だ。つまり、切ったりけずったりして、部品としての形をととのえることができない。

 削って整えられないなら、足して整えればいい。

 接着せっちゃくするか? 無理だ。接着剤は分子でできている。電子よりはるかに大きい原子よりも、もっと大きい。接着剤の最少の一滴いってきですら、100億の100億倍個おくばいこの電子を沈めてしまう大海たいかいだろう。

 真空溶接しんくうようせつだ。博士はそう思った。真空の状況下で、ふたつの物体を押し付け合えば、密着みっちゃくし、がれなくなる。

 しかし、宇宙は真空に満ちている。電子が真空で溶接されるものなら、今頃いまごろ、宇宙空間には二重電子にじゅうでんし三重電子さんじゅうでんしが自然発生し、ごろごろしているはずだ。


 できないのか。電子回路の中で躍動やくどうするロボットを作ることは、できないのか……。


 その時、ひとつの考えが、博士の脳裏のうりにひらめいた。博士は、何者かに取りかれたかのように、設計図と計画書を書き上げた。その翌日には、ヴァージニア州アーリントン郡に存在する、ある建物の門をくぐっていた。

 アメリカ国防高等研究計画局こくぼうこうとうけんきゅうけいかくきょくDARPAダーパ』の門を。


 DARPAは、軍事科学においてアメリカが世界におくれを取らないようにするための機関である。その目標を達成するべく、年間30億ドル近い莫大ばくだいな資金を、様々な最先端科学さいせんたんかがくの研究者に投資とうししている。DARPAの投資選考基準せんこうきじゅんは、その研究がアメリカ軍の需要じゅようを満たせるかいなか。そして、その研究がぎりぎり実現可能なことの最先端さいせんたんであるか否かだ。

 ロイディンガー博士には、何のためらいもなかった。失業者しつぎょうしゃがワークフォース(アメリカのハローワーク)を当てにするのと同じだった。そして博士は、祖国ステーツを勝利にみちびく兵器を作り上げることを誇りに思う、そんなアメリカ人のひとりだった。

 最先端の科学研究は、どこかしら浮世離うきよばなれしているものだ。DARPAの局員たちは、少々の奇想天外な代物しろものを見せられても、今更いまさら動じはしない。むしろ奇想天外な研究をこそ果敢かかんに支援し、実現させてやろうという気概きがいがあった。その気概は「DARPAハード(困難)」と呼ばれていた。

 そのようなDARPA局員たちも、ロイディンガー博士が提出ていしゅつした計画書にはたじろいだ。投資対象選考会議は困惑こんわくの声に満ちた。ある選考委員はテーブルを叩いて怒鳴った。

 「DARPAハード(困難)と、DARPAナード(馬鹿)は違う!」

 会議は紛糾ふんきゅうの末、それでもDARPAは、ロイディンガー博士に資金援助することに決めた。加えて、博士が粒子加速器りゅうしかそくきを長期独占レンタルできるよう、関係諸機関かんけいしょきかんに働き掛けることも決めた。


 そして、ロイディンガー博士の、人生最大の挑戦が始まった。



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