11.(ぼく) E-ロボットの輸送 / 粒子加速器の中へ

 「はい」

 ぼくは博士の指示に従い、最短距離さいたんきょりにあるUSB端子ユーエスビーたんしから、博士が差し込んだメモリーキャリアーに移動した。

 メモリーキャリアーのことをUSBメモリーと呼ばない理由は、事実、そうではないからだ。

 『フォート・ナラティブ』では(でも)、USBメモリーの使用は厳禁げんきんされている。ウィルスやマルウェア(悪意の攻撃プログラム)の侵入を予防するためだ。今、博士が使ったキャリアーは、E-ロボットを人間が持ち運ぶための特注品とくちゅうひんだ。

 USBメモリーとの混同こんどうを避けるため、外形は特徴とくちょうを持たされているが、中身は同じフラッシュメモリーである。ただし、超小型のバッテリーが内蔵されており、定期的に記憶をリフレッシュすることで、データの長期保存に耐える。紛失対策ふんしつたいさくとして、Wi-Fi通信機能を低出力ながら備えている。

 博士がぼくをキャリアーに移らせたのは、長距離ちょうきょりを移動するためだ。地下深くに建造された『電子真空でんししんくうチェンバー』に移動するさい、ぼく自身が導線どうせんの中を泳いでいくより、博士に運んでもらったほうが早いからだ。


 あまり知られていないことだが、自由電子じゆうでんし金属きんぞくの中を移動する速度は、実はそんなに速くない。直流高圧送電線ちょくりゅうこうあつそうでんせんの中でなら、秒速10メートルくらいは出せる。でも、ぼくの言わば主戦場しゅせんじょうである低電圧・微電流びでんりゅうの電子回路の中では、1秒間に0.1ミリメートルくらいしか移動できないのだ。

 ――皆さんはどうか、ぼくのことをのろまだなんて思わないでほしい。なにしろ、電子ひと粒は、10億分の1センチよりもっと小さいのだ。それを考えたら、ぼくがどれだけ頑張がんばっているか、分かってもらえるはずだ。

 電子が生み出す力である『電場でんば』は、光の速さで伝わる。だから皆さんが電灯のスイッチを入れたら、即座そくざに明かりがく。でも、電場の発生源である電子それ自体は、そこまで素早くは動けない。スポーツ観戦中かんせんちゅうの観客たちが、スタジアムの観客席で立ったり座ったりをり返して、体でウェーブをえがき出す様子を想像してほしい。仮に、観客の一人が全力で走っても、ウェーブの伝わる速さには追い付けない……それに似ている。

 個々ここの電子は人間ひとりひとり。電場は、人間集団が巻き起こすイベント。そう考えたら、皆さんはぼくをのろまだなんて、思わなくなるはずである。


 ロイディンガー博士は、ぼくが入り込んだメモリーキャリアーをUSB端子から抜いた。抜いた後の端子に、ダミーを差し込んでロックする。助手たちに指示を飛ばしながら、電子真空チェンバーへの大深度直通だいしんどちょくつうエレベーターに乗り込み、降下していく。


 メモリーキャリアーは、電子真空チェンバー付属ふぞくの端子に接続された。ぼくはキャリアーから出た。チェンバー内への唯一ゆいいつの通路である銅線をたどり、二重の真空チェンバーの『最奥部空間さいおうぶくうかん』に到着とうちゃくした。

 自在万力じざいまんりきのような作業アームが、周囲からぼくのE-ボディを固定するにまかせる。アームの角度が微調整びちょうせいされた。粒子加速器りゅうしかそくきから発射される電子が、正しく修復箇所しゅうふくかしょに命中するように。


 『電子真空チェンバー』とは何か?

 『多重電子』とは、一体何なのか?

 説明をせずには済まされないところまで、来てしまったと思う。


 それは、ロイディンガー博士の、人生の物語でもある……。



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