10.(ぼく) 兄弟げんか

 「遊ぼうよ!」

 ぼくたちは駆け出した。2匹の子犬がもつれ合うように。

 ぼくたちは電子ブランコに飛び付き、ぎ始めた。力を合わせて。ブランコはあっという間に、勢いを増していった。

 電子ブランコは、2つの銅原子どうげんしの間にり下げられた、多重電子たじゅうでんしのひもだ。月と地球の間にわたされたブランコを、2人の宇宙飛行士が漕いでいる光景を想像してほしい。それが、ぼくとギョルギスの姿だった。

 ぼくたちは力一杯ちからいっぱいブランコを漕いだ。ブランコはほぼ90度まで上昇した。2人の宇宙飛行士は、南極なんきょくから赤道せきどうまでい上がった。すごい勢いだ。ぼくたちに目があれば、怖くて目を開けていられなかっただろう。あるいは目がくらみ、ブランコから放り出されていたかもしれない。

 でも、ぼくたちE-ロボットは、何物なにものも恐れたりしない。

 「ぼう!」

 「うん!」

 ぼくとギョルギスは、振り子の頂点ちょうてんたっしかけたところで、ブランコを蹴放けはなし、跳んだ。思い切り遠くへ。ものすごいスピードで。ぼくたちは無我夢中むがむちゅうでお互いにしがみつき、離れないようにした。ぼくたちはどこまでもどこまでも飛んでいき、しまいにはわけが分からなくなってしまった。


 ぼくとギョルギスは、電子ジャングルジムのてっぺんにとぐろを巻き、興奮こうふんを静めていた。電子ジャングルジムは、銅原子結晶どうげんしけっしょう10段分の高さを持つ、多重電子で成形せいけいされた立体格子りったいこうしだ。

 ぼくたちの興奮は、いつまでも冷めなかった。ぼくたちは、互いに触角を触れ合わせては笑い合ったり、尻尾をからめ合ったりした。

 ぼくはふと、ギョルギスをからかいたくなった。

 「ねえジョージ」

 「何?」

 「君はぼくの弟なんだから、ぼくのことを兄さんと呼ばないとだめだよ」

 「なんだって!」

 ギョルギスは怒り出した。

 「そっちこそ、弟だ!」

 「いいや、ぼくが先に作られたんだから、ぼくが兄さんだよ」

 「違う! お前が弟だ!」

 ギョルギスは、きばをがちがちとみ合わせた。ぼくはいつの間にか、鉤爪かぎづめでジャングルジムをがりがりと引っいていた。

 「ぼくが兄だ!」

 「お前が弟だ!」

 ぼくたちはお互いに飛び掛かり、噛み付いた。引っ掻き合い、互いを蹴放した。ぼくたちは銅原子の空に舞い上がった。

 「生意気な奴だ!」

 「らしめてやる!」

 ぼくたちは角を振り立てた。鹿角しかつののように枝分かれした、七重電子衝角ななじゅうでんししょうかくを。互いに全速力で、頭からぶつかり合った。何度も、何度も。枝角が絡み合った。ぼくたちは頭を激しく振り、相手を振りほどこうとした。

 その時、ぼくの体ににぶい衝撃が走った。次いで、ぼく自身の、電子質量でんししつりょう欠損けっそんを自覚した。

 ぼくの右角が、根元から折れてしまったのだ。

 「ハッシー!」

 ギョルギスが叫んだ。その声は悲鳴だった。

 「ごめんなさい! ぼく、ぼく……!」

 「大丈夫だよ、ジョージ……」

 ぼくはぼんやりとしていた。

 「ぼくたちはロボットだ。修理すれば治るよ」

 ギョルギスは、彼が接続しているE-ブレイン経由けいゆで、研究室に警報を鳴らした。

 「博士、ロイディンガー博士! ハッシーが、ハッシーが大変なんです!」

 ギョルギスの声は、泣いていた。ぼくは、ギョルギスをなぐさめてあげたいと思った。

 「君は、少しも悪くないよ……」

 「ハッシー……!」

 さいわい、ロイディンガー博士はすぐにやって来た。

 「安心しなさい。角はすぐに直せる」

 「本当?」

 「ジョージ、私がうそをついたことがあったか?」

 「治るんだ! 良かった……。

 ごめんなさい。博士、ぼく、ハッシーにひどいこと、してしまって」

 「けんかするほど仲が良いという。気にするな」

 博士は、常に鷹揚おうようだった。

 「ハッシーよ、『メモリーキャリアー』に移動しなさい」



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