9.(ぼく) 初めての兄弟

 訓練を終えたぼくは『ドラゴンズ・ネスト』で休息していた。

 ドラゴンズ・ネストは、スーパーコンピューター『E-ブレイン』内部にもうけられた、E-ロボットの休憩施設きゅうけいしせつだ。E-ボディを休めるための巣房そうぼう、楽しむための遊技場ゆうぎじょうかたらうための広場が、純銅じゅんどうのインゴット(ぼう)の中に作り込まれている。

 ロボットといえば疲れ知らずが常識じょうしきなのに、なぜ? 理由は誰にも分からない。ロイディンガー博士にさえも。だがげんに、E-ロボットは休息を必要としている。

 正確に言うと「E-ブレインは定期的に、E-ボディに『今、休息できている』というロールプレイを演じさせる必要がある」のだ。それをおこたるとどうなるか?

 E-ロボットはなぜかじわじわと能力を低下させ、放置すれば機能障害きのうしょうがいすら発生させてしまう……ということが、運用実験うんようじっけんを重ねるうちに、明らかになってきたのだ。つまり、ぼくは何度もおねむになり、ぐずったのである(恥ずかしいことだが)。そしてロイディンガー博士が、一種のかんを頼りにドラゴンズ・ネストを設計し、E-ブレインに増設ぞうせつしたところ、問題はあっさり解消されたのだった。


 ぼくは、遊技場の電子ブランコで遊んでいた。でも、やめてしまった。不意に、つまらなくなったからだ。電子すべり台を、滑り降りてみた。これもなぜか、楽しくなかった。電子ジャングルジムに登ってみたけど、同じことだった。

 どうしてだろう。昨日までは、あんなに楽しかったのに。ぼくは、遊技場の真ん中に立ち尽くし、考え込んだ。

 ぼくの目の前に、今日『外』で見た不思議な世界が広がっていた。いや、今のぼくに目は無い。あるのは、原子核げんしかくと電子の振動しんどう察知さっちする触角だけだ。ぼくは、ナカニシのWEBカメラで見た『外』の世界のまぼろしを、思い浮かべていたのだ。

 ポトマック川は、青空は、綿雲わたぐもは、そよ風は、太陽は、光輝いていた。どこまでも広がっていた。かぞえ切れないほどたくさんの、きらめきが、そよぎが、らめきが、流れがあった。

 緑のポプラは、何千本も生えていた。白鳥は何十羽も群れ、空を飛んでいた。何百人もの観光客がリンカーン大統領の像をほめたたえ、肩を並べて写真を撮っていた。

 ぼくは、ひとりだった。

 どうしてぼくは、ひとりなんだろう?

 気が付くと、ぼくはうつむいて、固まっていた。疑問ぎもんは、ぼくを動けなくさせていた。

 ここには、ぼくひとりしかいない。

 疑問は、ぼくの心の中をどうどう巡りし、惑乱わくらんに変わろうとしていた。なぜ、どうして……。

 その時、ぼくの触角が、電子の振動をとらえた。ぼくは、しおたれていた触角を立てて、周囲を探った。振動は、電荷でんかの変動をともなっていた。それは自由電子の、マイナス1の電荷ではなかった。


 ――きみは、だれ?――


 誰かの呼びかける声を感じた。ぼくには耳が無いのに。ぼくは2本の触角を広げた。三点測量さんてんそくりょうで、振動の発生源はっせいげんが近づいてくるのが分かった。

 理解は、あとからやって来た。

 E-ロボット同士が、導線どうせん内や回路部品かいろぶひん内で会話したいときがある。そんなときは、自らのE-ボディを構成する電子を振動させ、そのパターンを交わし合う。電荷をそなえたボディの身振り手振りによって電気力線でんきりきせんを変動させ、そのパターンも用いる。『電子振動でんししんどう電荷移動でんかいどう・通信プロトコル』だ。今まで使ったことがなかったから、忘れていたのだ。

 ぼくも、通信プロトコルにのっとり、自らの『声』を発した。


 「ぼくはハッシュ。E-ロボット・ハッシュ。君は、誰?」


 振動の対象たいしょうは、その姿を明確めいかくにした。それは、ぼくと同じ、E-ロボットの形状けいじょうをしていた。

 「ぼくはギョルギス。E-ロボット・ギョルギス」

 たがいをさぐり合う、4本の触角が触れ合った。

 「親しい人は、ぼくのことをジョージと呼ぶよ……?」

 「ジョージって呼んで、いいかい?」

 「いいよ!」

 ぼくの中に、途方とほうもない喜びが、こみ上げてきた。

 「ぼくのことは、ハッシーって呼んでよ!」

 「ハッシー!」

 「ジョージ! ぼくたちは……」

 二人は、共に叫んだ。

 「兄弟なんだ!」

 これが、ぼくと、E-ロボット2号機『ギョルギス』の、最初の出会いだった。



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