8.(ぼく) 撤収 / 講評 / 夕焼けの中で

 ベル・エアのドアを開け、ナカニシが乗り込んできた。

 「ハッシー、状況じょうきょうは?」

 「ハッキング成功。Wi-Fiルーターに対する有意ゆういのスキャン無し。制服警官せいふくけいかんならびに警備員の動向どうこう、および警察無線けいさつむせんに有意の変化無し。既知きちのハッカーフォーラムに該当がいとうする話題無し。

 オールグリーンです」

 「上出来だ。Wi-Fi接続を切れ」

 「はい!」

 ナカニシはエンジンを掛け、ベル・エアを発進させた。急ぐでもない、ゆるやかな速度で、リンカーン記念館から離れてゆく。さらに北上してから右折し、国務省こくむしょう、科学アカデミー、内務省ないむしょうの前の通りを東進とうしんしていく。右手には、ワシントン記念塔きねんとうのオベリスクが天をゆびさし、左手には道路元標どうろげんぴょう、その奥にはホワイトハウスが、優美ゆうびさの中に威厳いげんを秘めてたたずみ……。

 ナカニシはベル・エアを路肩に寄せ、ハッキングの仕事道具をスポーツバッグの中にしまった。

 「これにて訓練を終了する。E-ブレインとの接続を再開しろ」

 「はい……いやっほおおおお! うっひょおおおお!」

 「何だいきなり」

 「ナカニシ、ぼく、嬉しいんです! 生まれて初めてのハッキングを、大成功させたから!」

 「よくやったな。俺も嬉しいぜ」

 ナカニシも、ぼくの成功を、喜んでくれた!

 「ありがとう、ナカニシ!」

 「ハッシーよ、お前は、世界一のハッカーになるんだ。お前ならきっとなれる!」

 「はい! ぼく、頑張ります!」

 ぼくはハッシュで、ハッシーで、ハッカー……。


 ナカニシとぼくは、午後のワシントンDCをドライブした。

 コンスティテューション通りを走り抜ける。商務省しょうむしょう国税庁こくぜいちょう司法省しほうしょう自然史博物館しぜんしはくぶつかん国立公文書館こくりつこうぶんしょかん、そして、合衆国議事堂がっしゅうこくぎじどうとユニオン駅。ワシントンDCは、ポプラの緑に包まれた、白亜はくあの町だった。メリーランド通りとテネシー通りをのんびり流し、イーストキャピトル通りで車を停め、リンカーン公園を散歩する。ナカニシは、ベーコン・レタス&トマトサンドウィッチのマヨネーズ抜きをかじりながら、ぼくのハッキングの成果を講評こうひょうした。

 「バーミングハムの民兵ミリシアメンバーと、ホワイトハウスフェロー。この2名を定期観測ていきかんそくしてみろ」

 「はい」

 が、かたむいてきた。そろそろ、家に帰る時間だ。白いベル・エアはケンタッキー通りを南下し、ヴァージニア州に向かうハイウェイに乗り入れた。ジョージメイソンメモリアル橋の上で、ナカニシは『空白のスマートフォン』を真っ二つにへし折り、ポトマック川に投げ捨てた。『空白のスマートフォン』の残骸ざんがいは、赤い夕陽ゆうひに照らされながら空を飛び、灰色の眠りにつき始めたポトマック川の底深く、沈んでいった。

 ぼくはそれを、なぜかさびしい気持ちで見つめていた。



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