5.(ぼく) ポトマック河畔からリンカーン記念館へ

 ナカニシが運転する白いシボレーのベル・エアはぼくを乗せて、ポトマック河畔かはんのヴァージニア州側しゅうがわを走っていく。

 「あの、くしの歯みたいな建物は何?」

 「海兵隊本部かいへいたいほんぶだ」

 「あの、五角形の建物は何?」

 「何だと思う?」

 ぼくは、ノートパソコンの中で首をひねった。

 「ヤンキー・スタジアム?」

 「タマをバットでぶったたくのは共通してるが……国防総省こくぼうそうしょうだよ」

 ナカニシ(とぼく)の祖国であるアメリカ合衆国がっしゅうこくにとって、ヴァージニア州アーリントンぐんのポトマック河畔は、特別な地域ちいきだ。

 世界を百回以上ほろぼすことができるといわれる、アメリカ軍の超兵器の数々かずかず。それらの新兵器を研究・開発・製造しているのが、アメリカの『産軍学複合体さんぐんがくふくごうたい』と呼ばれる、複数の巨大組織群きょだいそしきぐんだ。

 それら産軍学複合体の頂点ちょうてんに立ち、号令ごうれいを掛けているのが、さっき通り過ぎたばかりの国防総省である。ここアーリントン郡のポトマック河畔一帯いったいには、国防総省とその下部機関かぶきかんが集中して存在しているのだ。


 そんなポトマック川沿いを、白いベル・エアは北上していく。

 「ハッシー、『E-ブレイン』との接続状況せつぞくじょうきょうはどうだ?」

 ぼくは即座そくざに答えた。

 「E-ボディ=E-ブリッジかん、E-ブリッジ=E-ブレイン間、いずれも感度かんど最高だよ」

 「上等だ。まあ本国ステーツのお膝元ひざもとで感度最高でなかったら、話にならんけどな」

 E-ブレインとは、ぼくの思考をつかさどる、人工脳のことだ。E-ロボット研究施設『フォート・ナラティブ』の地下に設置せっちされた、スーパーコンピューターの暗号名コードネームだ。ぼくの、大脳新皮質だいのうしんぴしつにあたる機能を担当している。

 ぼくのE-ボディは数千個の電子で構成され、それらを演算子えんざんしに使っている。が、それだけで人間的思考力と記憶容量きおくようりょうまかなうことはできなかった。E-ボディ単体の演算能力は、大脳古皮質だいのうこひしつ・小脳・延髄えんずい脊髄せきずい・触覚に相当する機能を担持たんじするに留まる。E-ボディは、『E-ブリッジ』という中継装置兼補助脳ちゅうけいそうちけんほじょのうを介して、E-ブレインに接続される。それらの総体そうたいがE-ロボットである。

 接続にさいしては、アメリカ軍の制圧圏内せいあつけんないであれば、軍専用の内部ネットワークが用いられる。制圧圏外であれば、一般のインターネットが用いられる。最悪でも、イリジウム衛星携帯えいせいけいたいで、接続の維持いじだけは可能だ。

 ぼくがぼくをぼくと呼ぶとき、その実態じったいにはぶれがある。接続状況が良ければ、ぼくは人間のように思考できる。悪ければぼくは、事前じぜんに覚え込んだ複数の作業手順にしたがって動くだけの、『マクロ』的な存在に成り下がってしまうのだ。

 現在のぼくは感度良好かんどりょうこう、どこへ出しても恥ずかしくない、立派なぼくである。


 ナカニシは指示を発した。

 「これより訓練の第一段階に入る。ハッシー、現在の無線ネットワーク通信を切れ」

 「はい!」

 ぼくはただちに接続を切った。

 ぼくとE-ブレインとの接続がたれた。『ぼく』は、E-ボディと、ナカニシのノートパソコンのBIOSバイオス内に設置されたE-ブリッジ(中継装置兼補助脳ちゅうけいそうちけんほじょのう)と、そして事実上ぼくが掌握しょうあくしているノートパソコンのCPUシーピーユー(中央演算装置ちゅうおうえんざんそうち)、これらの演算能力の総和そうわで、思考する状態に切り替わった。仕事一途いちずの、ハードボイルド・モードだ。

 「ノートパソコンの『MACマックアドレス』(通信機器固有割当番号つうしんききこゆうわりあてばんごう)を書き変えろ」

 ぼくはそうした。

 これでナカニシのノートパソコンは、インターネット上でのあつかいは、先ほどまでとは別の端末たんまつになったに等しい。仮に今、ぼくが無線ネットワーク通信を再開し、E-ブレインに接続をこころみても、E-ブレイン付属のルーターは、ぼくの現在のMACアドレスをはじき、通信を受け付けないだろう。


 道路の左側が、ひらけた土地になった。ずっと続いている。

 「緑色の広場に、小さな石がたくさん並んでいる。あれは何?」

 「アーリントン国立墓地こくりつぼちだ」

 「たくさん、たくさんあるね」

 「これからも、増えていくだろう。その、増える勢いをわずかにするために、俺とお前がいるんだ」

 「そうなのか……」

 ぼくたちはコロンビア島に入った。ポトマック川の中州なかすだ。そしてアーリントンメモリアル橋を渡った。あの、きらきら光るポトマック川の上を、横切ったのだ。ぼくは、静かな感動を覚えた。橋を渡りきると、ウェストポトマック公園に入った。ここはもう、ワシントン・コロンビア特別区(ワシントンD.C.)だ。

 ぼくとナカニシは、アメリカ合衆国の政治中枢せいじちゅうすうの、前庭まえにわにやってきたのだ。

 「大きなぞうがある……人が座ってる像が。あの人は誰?」

 「エイブラハム・リンカーン大統領だいとうりょうだ。この国から奴隷制度どれいせいどほろぼした、えらいお方さ」

 ナカニシは、リンカーン記念館きねんかんのそばに車を停めた。次いで、本日の訓練内容の説明を始めた。

 「電磁力でんじりょく依存いぞんする『E-ロボット・ハッキング』は、論理に依存する『プログラム・ハッキング』にまさる。

 プログラム・ハッキングがいかさま賭博とばくなら、E-ロボット・ハッキングは賭博場とばくじょうを丸ごと買い取って、思い通りに経営けいえいするようなものだ。または、賭博場を爆撃ばくげきして、更地さらちに変えてしまうようなものだ。効力こうりょく次元じげんが違う。

 しかし、お前は全ての攻略目標こうりゃくもくひょうに対し『E-グリッピング攻撃』を仕掛けている時間は無い。一方、プログラム・ハッキングは、システムに依存しているがゆえに、システムの恩恵おんけいにあずかれる。よって、攻撃範囲はんいと攻撃回数でまさる。

 お前はプログラム・ハッキングを学ぶことで、攻撃の手数てかずを大幅に増やすことができるだろう。

 これより訓練の第二段階に入る」

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