第2話 二日連続ってマジですか?

 翌日の放課後、俺と美羽は先生に渡された住所を基に、西川春奈の家に向かっていた。

「西川春奈ってどんな子なんだろ……上手く説得できるかな……」

「何、家に着く前にネガティブなこと言っているのよ!もっと自信持ちなさいよ!あんた、私を引きこもりから卒業させたんでしょ?」

「美羽……俺のこと元気づけてくれているのか?」

「な、何言っているのよ!そ、そんな訳なじゃない!元気づけてくれているのは奏斗の方じゃない……」

「最後、何か言ったか?」

「な、何にもないわよ!」

 何でそんなに怒っているんだ?

「でもまあ、元気が出たのは事実だし、ありがとうな」

「……っ⁉」

 すると、美羽の顔はゆであがったタコのように赤くなった。

 相変わらず、嬉しいのか怒っているのかよく分からないやつだ。


 しばらく歩くこと五分、西川春奈の家に着いた。 

 俺はインターホンを押し、返答を待つ。

 しばらくすると、家のドアが開いて俺たちと同級生くらいの女の子が出てきた。

 彼女が西川春奈なのだろうか?

「どなた様ですか?」

「青翔高校の吉田奏斗です。中山先生の遣いで来ました」

「付き添いの椎崎美羽です」

「……っ⁉」

 彼女は少し驚いた様子でこちらを見る。

「西川春奈さんですか?」

「……はい。何の用ですか?」

「少し、あなたと話がしたくて」

「帰って下さい……私はあなたと話をすることはないので」

「ちょっと、あんた——」

「分かりました。では、帰ります」

「ちょ、奏斗⁉」

 俺は美羽を連れてその場を去った。


「奏斗、どういうことよ!」

「仕方がないだろ、彼女が嫌がっていたんだから。俺は、彼女が気を許してくれるまで待つ!」

「あ、そう。まあ、私の時は結構、無理やりだった気がするけどね」

「み、美羽のときは何となくいけそう気がしたんだよ!」

「そうですか~私は安い女ですよ~」

「そ、そんなこと言っていないだろ!俺はむしろ、美羽は高嶺の花だと思っているよ……」

「な、何よそれ……」

 美羽の顔が急に赤くなる。

「まあ、とにかく、明日も西川春奈の家に行く!」

「奏斗、もしかしてストーカー?」

「そんな訳あるか!」

 そんな感じで、一日目は何も収穫がないまま終わった。


    ※※※


 それから日は経ち、一週間後の放課後。

 今日こそは何とかしてみせる!という意気込みはあるが、いまいち自信がない……

「で、今日は大丈夫なの?」

「正直、分からん……」

 昨日は美羽に自信満々に言っていたが、実のところは不安でしかない……

「はあ?そんな調子で、どうするのよ」

「まあ、やれることはやってみるよ」

「そう」

 俺と美羽は西川の家に着き、インターホンを押す。

「……」

「反応ないわね……」

「……そうだな」 

「そうだな、じゃないわよ!どうするのよ!」

「とりあえず、西川が話をしてくれるまで家に通い続ける!」

「あ、もしもし警察ですか?今、ここにストーカーが——」

「そんなベタなボケやらなくていいから!あと、俺はストーカーをやっているつもりはない!」

「でも、それって周りから見てそう見えた時点で、アウトじゃないの?」

「た、確かに……」

「それじゃあ、そういう訳で……」

「いや、さすがにもういいから!」

 そんな感じで、今日も何も得ることなく終わった。

「か、奏斗」

「どうした?」

「い、今から私の家に来ない?」

「……え?」

「べ、別に変な意味とかないから!ただ、パパとママが一昨日のお礼をしたいって言っているから、仕方がなく呼んでいるだけだから!か、勘違いしないでよね!」

「はいはい」

 はい、テンプレ化したツンデレきました~

 まあ、そんな訳で美羽の家に行くことになった。

 ちゃんと、姉ちゃんへの連絡をしておかなくてはな。


「ただいま~」

「お、お邪魔します……」

「よく来たね~奏斗君」

「食事の準備できているから、さあ、入って~」

 と、温かく出迎えられた。

 それにしても、美羽のお父さんは真面目そうな人だな。もしかして、企業の社長だったりするのかな?

 そして、俺はダイニングに案内される。

「あ、か~くん」

「ね、姉ちゃん⁉」

「君が沙耶華の弟の聖人君か」

「そ、それに会長⁉」

 そこには、生徒会長と姉ちゃんが何故かいていた。

「か~くんは知らないんだ。美羽ちゃんは、美沙の妹だよ」

「……えぇぇぇぇ~‼」

「奏斗、知らなかったの?」

「お、おう。そういうお前は、俺の姉ちゃんが副会長って知っていたのか?」

「うん。沙耶華さんはよく遊びに来るし」

「そ、そうだったのか……世間は狭いな」

 これでやっと辻褄が合ったな。だから、光輝は会長の妹である美羽と俺が一緒にいたからあんなに驚いていたのか。(※奏斗はまだことの重大性をよく理解していません)


「では、美羽の引きこもり卒業を祝って、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

「……え?」

「……っ⁉」

 俺は戸惑い、美羽は恥ずかしさで顔を赤くしている中、美羽の父親が乾杯の音頭をとった。

「どういたんだい、奏斗君?美羽?」

「きょ、今日はそういう集まりなんだなって思って……」

「何を言っているんだい!これも全て、奏斗君のおかげだよ!」

「ありがとう、奏斗君!」

 そう言って、美羽の両親は目に涙を浮かべる。

「パパ、ママ!は、恥ずかしいからやめてぇぇぇぇ~‼」 

 美羽も目に涙を浮かべて言った。

 一つはっきりと分かったことがある。美羽の両親、重度の親バカだ……

「美沙の両親、相変わらずの親バカね。娘の引きこもり卒業祝して、食事会って……」

「まあね。パパとママ、子供のためってなったら、もう止まらないから……それより、奏斗君は美羽と付き合ったりしているの?」

 会長が俺だけに聞こえるように小さな声で言ってきた。

「……っ⁉そ、そんな訳ないじゃないですか!た、ただの友達ですよ!」

「本当かな~」

 と、意地悪そうに笑う。

「本当ですから!」

「か~くん、美沙と何話しているの?」

「ちょっと、会長にからかわれていただけだ」

「美沙、か~くんをあまりいじめないでね」

「分かっているわよ」

 何か、面倒くさそうな人に目を付けられたな……

「そういえば、美羽はどこにいったんですか?」

「美羽なら、何故かトイレに籠ってしまっているよ……」

 と、美羽の父親が残念そうに言った。

「もしかして、また引きこもりに⁉」

「いや、それはないと思いますよ……」

 え、この二人は自覚ないの?

「奏斗君、頑張って!」

「……え?」

 どうやら、会長にもどうすることもできないようだ……

 仕方がない、トイレに行くか。


 俺は会長にトイレの場所を教えてもらい、トイレに行った。

「美羽~機嫌を直せよ~」

「か、奏斗?」

 俺と美羽はトイレのドア越しに話す。

「おう。まあ、美羽の気持ちは分かるけど、みんなのところへ戻ろうぜ。一応、美羽が主役なんだし」

「そ、それはそうだけど……」

「よし、決まりだな!」

「ま、まだ行くとか言っていないし!」

「はあ?早くしろよな」

「う、うるさい!」

「はいはい」

「ねえ、奏斗。一つ聞きたいことあるんだけど、いい?」

 美羽の声音がいきなり変わった。

「一気に話が変わったな。で、聞きたいことって?」

「か、奏斗は、どうして私を引きこもりから卒業させようとしてくれたの?」

「そ、それは前に言ったように、先生に頼まれたから仕方が——」

「それ、嘘でしょ。本当のこと言ってよ」

「お前は、変なとこ気にするやつだな。まあ、それも一つの理由でもあるけど、一番の理由は……」

「一番の理由は?」

「俺も元引きこもりだったからだ」

「……っ⁉」

「実は、俺は一年の三カ月間引きこもりだった。元々、あまり人と話すのが苦手でな。それで、友達関係が上手くいかなくて、俺は徐々に学校に行かなくなった……それに、学校に復帰した後は何とか上手くやっていけた。けど、引きこもりだったことを後悔する気持ちが今でも残っている……」

「そ、そうだったんだ……って、奏斗も私と同じで友達いなかったんじゃない!」

「た、確かにそうだけど、今はたくさんいると思っている……」

「全然、自信なさそうじゃん」

「う、うるさい……とにかくまあ、俺は美羽が俺のようになって欲しくなかったから、お前を引きこもりから卒業させてやろうって思ったんだよ!」

「そっか」

 そう言って、美羽がトイレから出てきた。

「そういえば、あの時のお礼、まだ言っていなかったわね」

「お礼?」

「うん!私を引きこもりから卒業させてくれてありがとう!」

 美羽は俺の方を見て、満面の笑みを浮かべて言った。

「お、おう」

 俺はその可愛さに呆気に取られてしまった。こいつ、こんな風に笑うんだな……

「早く来なさいよ。今日の食事会はこの私が主役なんだから!」

「おう、そうだったな」

 どうやら、機嫌が直ったみたいだ。これにて、一件落着だな。

  

 それから約一時間、食事と話を楽しみ、俺と姉ちゃんは帰った。

 それにても、トイレから帰った後は本当に大変だった……

 美羽の父親がいきなり、「これからはお義父さんと呼んでくれ」なんて言い寄って来るし、会長に関しては、「君のような人材が欲しい!生徒会に入らないか?」なんて勧誘までされた。全員、いい人なんだろうけど、少し面倒くさい……

「あ、姉ちゃん。俺、コンビニ酔ってから帰るよ」

「分かったわ。気を付けてね」

「おう」

 俺は姉ちゃんと別れ、近くのコンビニに行く。

 コンビニに入ると、レジに見覚えのある少女……西川春奈が並んでいた。

「西川春奈……」

「あなたは……」 

 彼女は何かを察したのか、突然列から外れてその場から逃げようとした。

「ま、待って……」

 俺は思わず彼女の手を逃げる。

「……っ⁉」

「少し、話できないかな?」

「それはそうと、こんな格好、他の人に見られたら通報されてもおかしくないんじゃない?」

「そ、それは……」

 俺はすぐに彼女の手を放す。

「まあ、私もそうなったら困るので、とりあえず、外に出ましょう」

「は、はい」

 そして、俺と西川はコンビニの外に出た。

「まさか、私のことをコンビニまで尾行してくるとは……もしかして、あなた、ストーカー……?」

「違う違う!たまたまだから!」

「そう、まあいいわ。そのことは、後で警察に相談するとして……」

「いや、本当に違うから!」

「そんなにムキにならなくても……冗談よ」

「……え?」

 何か、随分と初対面の時とは印象が違う……こんな冗談を言う女の子には見えなかったんだけどな……

「それはそうと、吉田君。話って学校のことよね」

「う、うん。そんなことより、あんなに嫌がっていたのに、どうして今日は話を?」

「さすがに、一週間も家に通わられると面倒くさくなってきたからよ。だから、そろそろ話をつけようと思ってら、ちょうど君とコンビニで会ったから」

「そ、そうか……」

 何とか結果が伴ったみたいだ……

「で、吉田君は、私をどのようにして説得してくれるの?」

「そ、それは……西川が俺と同じ後悔をして欲しくないからだ」

「後悔?」

「ああ、実は俺は一年生の頃、五月、六月、七月と引きこもりだったんだ……」

「……っ⁉」

 西川は美羽と同じように驚く。

 まさか、俺の過去を二人に話すなんて思ってもいなかったな……

「俺は友達関係が上手くいかなくて引きこもりになった。今では考えられないかも知れないが、俺は人と話すのが苦手だったんだ」

「それは意外ね。それで?」

 彼女は少し興味を持っているようだ。よし、この調子だ!

「そんな時、俺の運命を変える出来事があったんだ。それは……」


    ※※※


 高校一年の七月、引きこもり真っ只中。

 俺はほとんど学校に行かず、夏休みを迎えた。学校からは夏休みの宿題が一応、送られてきた。

 先生には学校に来るように何回か電話がきたが、悉く断っている。


 そんなある日、俺は喉が渇き、近くのコンビニに行った。

 ここ数日、家の外には出ていないので、日差しが強くてしんどい……

 俺はコーラを買って、店の外に出ると、一人の女の子に声をかけられた。

 彼女は俺と同級生くらいで、この暑い夏に何故かマスクをしていた。それに、帽子をしていて、肌を隠し、いかにも怪しそうな恰好だった。

「あんた、さっきお金落としたわよ」

 彼女が俺に五百円玉を渡す。

「あ、ありがとうございます……」

「……」

 彼女が俺のことをジーっと見る。

「な、なんですか?」

「あんた、何か気に入らない……」

「……え?」

「あんた、日々の生活がつまらないって思っているでしょ」

「そ、そんなこと……」

「図星じゃない。何か悩みあるなら、話してみなさいよ」

「……え?」

「いいから、話しなさいよ!見ているこっちが腹立つのよ!」

「は、はあ……」

 何で、初対面のやつなんかに……

「早く!」

 と、彼女が急かすので、俺は仕方がなく話す。


「つまり、あんたはニートって訳か」

「……っ」

「とりあえず、すっきりしたわ」

「そ、そうですか……」

「まあ、頑張りなさいよ」

「は、はい」

 人の悩みまで聞いといて、他人ごとみたいに……

「あと、もし、今度私と会った時にはちゃんと引きこもりを卒業しておきなさいよ。そんなことじゃ、人生の半分以上損しているわよ。青春しなさいよね」

「お、おう」

 年齢が近い人に言われると、結構胸に刺さるな……

 彼女は日々の生活が楽しいんだろうな……俺もいつか……

「じゃあ、私は帰るから。またね」

「きょ、今日はありがとうございます……」

「頑張れ、少年」

 と言って、帰って行った。

 少年って……年齢は同じくらいだよな?


    ※※※


「ってな訳だ。俺は引きこもりを卒業した後気付いたんだ……本当に人生の半分を損していたことを。だから、西川には早いうちに卒業してもらいたいんだ!そして、俺はお前が卒業するきっかけになってやりたいとも思っている!」

「そう」

 彼女は特に関心を抱いていないようだ……

「ど、どうだ……お、俺はお前を説得できたか?」

「三十点、赤点ギリギリね」

「そ、それってつまり……」

「おまけで合格かな」

「よし!」

 俺は思わず、ガッツポーズをした。

「ただし、私が学校に復帰するんだから、復帰して良かったって思ったら正真正銘の合格をあげるわ」

「そ、それってつまり……」

「私が復帰して良かったって思わなかったら、不合格。そして、私は再び引きこもりになる。だから、精々頑張ってね」

「お、おう!」

 そう言って、彼女は帰って行った。

 まさか、あの時の女の子って西川なんじゃ……


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