第3話 部活動始めました。
土日を挟み、六月十九日の月曜日。
放課後、俺と美羽は職員室にいた。
「ご苦労だったな、吉田。中山先生、喜んでいたぞ」
「そうですか。それは良かったです」
「か、奏斗、いつ説得したのよ!」
「昨日の夜、コンビニで西川と会って、その時に」
「だったら、ちゃんと連絡の一つはよこしなさいよ!」
「ごめんごめん」
「そうか、椎崎は知らなかったのか」
「はい」
「まあ、なんだ、これから元引きこもり三人で頑張っていけよ」
「「は、はい」」
そして、俺と美羽は職員室を出た。
「待ちくたびれたわよ、吉田君」
「に、西川⁉」
「何か案は考えてきた?」
「ま、まだ特には……」
「そう」
「あ、あんたは西川春奈!」
「椎崎さんだっけ?これからよろしくね」
「よろしく……じゃなくて!どうして、あんたが奏斗のことを待っていたのよ!」
「それは彼と私の約束……と言うよりも、私が引きこもりを卒業する条件のためよ」
「奏斗、聞いていなんだけど」
美羽がジト目で見てくる。
「ごめん、悪かったよ。だから、そんな目で見てくるな」
「じゃあ、説明してくれる?」
「おう。西川が引きこもりを卒業する条件は、西川が学校を復帰して良かったと感じたら、引きこもりを卒業するってことになっている」
「そっか。で、奏斗はどうするつもりなの?」
「そ、それは……」
「何で、まだ何も決めていないのよ!しっかりしなさいよね!」
「所詮、口だけってことね」
「……っ」
二人の意見はごもっともで、何も言い返すことができない……
「では、部活を作るってのはどうだ?」
そんな時に突如、山本先生は現れた。
「「「部活?」」」
「そうだ。部活を作れば、その条件とやらも達成しやすいのではないか?」
「な、なるほど。先生もたまにはいいこと言いますね」
「たまにはってのは余計だぞ、吉田」
「本当のことじゃないですか」
「……っ」
図星のため、先生は何も言うことができない。
「それで、部活を作るにしてもどんな部活がいいだろ……」
「隣人部や奉仕部とかはどうかしら?」
「西川、それは色々とダメだから……」
「何がいけないのよ、奏斗」
「そ、それは……」
もう一人、バカがいていたか……
「何よ、早く言いなさいよ」
「ま、まあ、パクリとか言われて、世間から叩かれるからだよ……」
よし、これが一番の答えだろう。
「そっか、じゃあ、仕方がないわね。という訳で、西川春奈の案はボツで」
「残念ね……」
本当は分かっていたくせに……
「これは私からの案だが、悩み相談部なんてどうだ?私はお前らにはピッタリだと思うんだが」
「悩み相談部ですか……」
「別にいいんじゃない」
「私も賛成よ」
「え?二人とも賛成なの⁉」
「別に真剣に部活やる訳でもないし、何でもいいわよ」
「確かにそうね。私も椎崎さんの意見に賛成」
「そ、そうですか……じゃあ、俺もそれでいいです」
「分かった。では、私の方で申請をしておくよ。顧問は私が務める」
そんな訳で、俺たちは悩み相談部として活動をすることになった。
翌日の放課後、俺たちは部室にいた。
あの後、学校に申請したところ、あっさりと部と認められて部室まで用意された。
ちなみに、部と認められるには最低でも部員は三名必要である。あと、部長は勝手に俺で登録されていた。
「では、記念すべき第一回目の部活を始めよう!」
「は~い」
「……」
どうやら、部員の温度差が激しいらしい……西川に至っては、読書をしてまったく聞く耳を持とうとしない。
本当にこれから先、大丈夫かな……
「ちょっと、西川春奈!ちゃんと話を聞きなさいよ!」
「スマホを触りながら話を聞いている椎崎さんには言われたくないわ」
「……っ」
「何も言い返せないの?」
「西川春奈……」
二人が睨み合う。
そして、部室には異様な緊張感が漂う。
「二人とも、喧嘩はやめてくれ!」
「「……」」
しかし、二人は聞く耳を持とうとせず、お互いに睨み合う。
面倒くさいことになってきたな……
そんな時——
「お前ら、ちゃんと活動しているか?」
この場を救うべき救世主……山本先生が来た。
「た、助けて下さい~」
「どうした、吉田」
「二人が喧嘩して、話が進まないです……」
「はあ?それくらい自分でしろよな~まあ、お前には借りがあるし、今回は特別だぞ」
そう言って、先生は二人の元に行く。
「おい、いい加減にしろよな。吉田が困っているだろ?」
「「……」」
しかし、二人に反応はない。
「これはさっき吉田が言っていたことだが、二人が仲良くしてくれたら、二人のどちらかにデートに誘うとか……」
「「……っ⁉」」
「……え?」
二人は今までと違う反応をするなり、俺に駆け寄って来た。
「か、奏斗、それは本当なの⁉」
「よ、吉田君、もちろん私とよね!」
「そ、それは……」
「は、はっきりしなさいよ!」
「そうよ!そして、椎崎さんを捨てて私と——」
「その前に、椎崎と西川は仲良くしなくてはいけないだろ」
先生は勝手に話を進める。
あ~どうでもいいから、早く仲良くしてくれ……
もうこの際、二人が仲良くしてくれるならデートでもなんでもしてやるよ……
「よ、よろしくね、西川さん……」
「こ、こちらこそよろしく、椎崎さん……」
そして、二人は何だかぎこちない握手を交わす。
「はあ……」
何とか解決したのか?
「それで、吉田君は誰をデートに誘うの?もちろん、私よね」
「わ、私に決まっているじゃない!」
二人が物凄い圧で言い寄って来る。
「わ、分かったから、二人とも落ち着け!」
「分かったって、吉田君が私をデートに誘うことかしら?」
「ち、違うよ!このままだと、また喧嘩になりそうだから、二人ともデートに誘うことにする!」
つい、勢いのまま言ってしまったが、俺は一体何を言っているんだ……
「吉田、お前もやればできるじゃないか。どうやら、私は邪魔みたいだな」
そう言って、ニヤニヤして部室から出て行った。
「で、日程はどうするのよ?」
「今週の土日にしようと思う」
「じゃあ、私は土曜日でいいかしら?」
「了解。美羽は日曜日で大丈夫か?」
「問題ないわ」
「じゃあ、決まりだな。土曜日は西川で、日曜日は美羽な」
「ちょっと待って」
「どうした、西川?」
「その西川って呼び方、気に入らないわ。私だけ上の名前だと、違和感っていうか……」
「つまり、下の名前で呼び合っている私に嫉妬している訳ね」
「そ、そんなじゃないわよ!」
西川は顔を赤らめて言った。
「ごめん、俺が悪かったから、喧嘩はやめろ。じゃあ、春奈でいいか?あと、俺の名前も奏斗でいいから」
「う、うん」
何て言うか、女子というものはつくづく分からないな……
「あ、そうだ。この際だからさ、美羽と春奈もお互いに下の名前で呼び合えよ」
「まあ、奏斗が言うなら仕方がないわね」
「私も奏斗君が言うなら仕方がなく呼んであげるわ」
「そ、そうか」
何でこいつら、こんなにも仲が悪いんだよ。
結局、その後は部活らしいことは何もせず、解散となった。
※※※
土曜日の朝、俺は駅にいた。
そう、とうとうデートの日を迎えたのだ……女の子とデートなんてしたことないし、不安でしかない。
ちなみに、あの日以降の部活は、実のところまったく部活らしい活動は何もしていない。
本当に、こんな調子で大丈夫なのか……
しばらく駅で待っていると、春奈が来た。
「ごめん、待ったかしら?」
「俺も今来たところだよ」
「ベタ過ぎるセリフね」
「べ、別にいいだろ!」
春奈に早くもダメ出しを受ける俺。
「まあ、いいわ。それはそうと、どうかしら、私の恰好?」
「と、とても似合っているよ。お前に合った、清楚系って感じいいと思う」
「そう。奏斗君にしては上出来ね」
「そ、そうか」
褒め方は問題がなかったようだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
「おう。今日はどこに行くんだ?」
「買い物に付き合ってもらうわ」
「了解」
普通、デートは男性が行先を決めたりするものらしいが、今回は美羽と春奈が行きたい場所というコンセプトのため、女性が行先を決めることになっている。
俺と春奈は電車に乗り、二駅先の駅で降りた。
そして、歩くこと五分、目的地のショッピングモールに着いた。
休日だけあって、かなりの人が来ていて混んでいる。
「まずはこの店に行くわ」
春奈がショッピングモール内のマップを取り出して言った。
「了解」
そして、目的の店に着いた。こんな店は俺とは無縁なため、場違いな感じがとてもする。
春奈は気に入った服を見つけるなり、試着室に入る。
しばらくすると、春奈が試着室から出てきた。
「どう?似合っているかしら?」
「うん、とても似合っているよ」
「ありがとう」
春奈はこんな風に笑うんだな。普段は美羽と喧嘩するか、読書をしているかの印象しかないため、俺にはとても新鮮に感じた。
「その服、買うの?」
「う~ん、分からないわ」
「そうか」
「どうかしたの?」
「いや、似合っているのにもったいないなって思って」
「……っ⁉」
春奈が顔を赤くして、試着室のカーテンで顔を隠す。
「俺、何か変なこと言ったか?」
「か、奏斗君って、思っていることをそのまま言ってしまうタイプでしょ?」
「うん、よく言われる……」
「そういう思わせぶりな態度、勘違いされることもあるから気を付けた方がいいわよ」
「お、おう」
結局、春奈は試着室で着た服を買い、俺たちは店を出た。
ちなみに、買った服は俺が持たされている……いや、俺が持っている。
「で、次はどこに行くんだ?」
「次も服よ」
「了解」
俺と春奈はさっきの店から少し離れた店に入った。
春奈はさっきと同様、気に入った服を見つけるなり、試着室に入る。
しばらくして、春奈が試着室から出てきた。
「今回は、奏斗君に感想は聞かないわ」
「いきなり、どうしたんだよ?」
「奏斗に毎回毎回、感想聞いていたら出費がデカくなりそうだから」
「それは……どういう意味?」
「自分で考えなさい。本当に鈍感よね……」
「は、はい」
女心ってのはよく分からないな……
午前中は服と靴の店を回り、昼食にすることにした。
俺と春奈は、最近できた人気のイタリアンレストランで、昼食を食べることにした。
さすが、人気のイタリアンレストランだけあって、結構な待ち時間だった。
「奏斗君は何にするの?」
「俺は……半熟卵のペペロンチーノとパンチェッタピザで」
「そっか。じゃあ、呼び鈴を押すね」
「おう」
しばらくして、女性の店員さんが来た。
「ご注文は何にされますか?」
「俺は、半熟卵のペペロンチーノとパンチェッタピザで」
「私は、ヴォンゴレと生ハムサラダで」
「かしこまりました。あと、今、キャンペーンをやっていまして、カップルのお客様にパフェが一つ無料で付いてくるんですが、どうされますか?」
「「……っ⁉」」
カップルというワードに、俺と春奈は思わず顔を赤くする。
やっぱり、周りからはそう見えたりするんだな。
「じゃ、じゃあ、お願いします」
俺はせっかくなので、パフェをもらうことにした。
「かしこまりました」
その女性の店員さんは何かを察したのか、少し笑みを浮かべてその場を立ち去った。
「か、奏斗君、もしかして……遠回しに付き合って欲しいって言っている?」
「そ、そんな訳あるか!店員さんがせっかく言ってくれたんだし、何か断れなくて……」
「奏斗君って人に頼まれたら、断れないタイプ?」
「う、うん」
「損な性格しているわね」
「余計なお世話だ!」
何か、これと似たやり取りを美羽ともやったな……
しばらくして、料理が運ばれてきた。
「さすが、人気のレストランね。とても美味しそうだわ」
と、春奈が上機嫌な様子で言った。
「そうだな。並んだかいがあったな」
そして、俺と春奈は食べ始めた。
今時の若者はこういう料理を写真に撮って、SNSに載せたりするのだろう。俗に言うSNS映えってやつなのか?
当然、俺はツイッター、インスタグラムなどのSNSはやっていない。やっているとしたら、LINEくらいだ。
ちなみに、美羽と春奈もツイッター、インスタグラムはやっていない。
「前から思っていたんだけど、奏斗君ってよく椎崎……美羽と仲良くなれたわね」
「そんなにすごいことか?」
「まさか、奏斗君は知らないの?美羽は聖翔高校を代表する美少女なんて騒がれていて、誰とも仲良くはしないって有名なのよ」
「へえ~」
「リアクション、薄いわね」
「そんなこと言われても……俺の知っている美羽からは想像できないからさ」
美羽が聖翔高校を代表する美少女か~確かに、可愛いとは思うけど、そこまで有名だったとは……まあ、友達がいないっていう点では痛いほど分かるけど……
俺と春奈は食べ終わり、レストランを出た。
「昼からはどこに行くんだ?」
「う~ん、買いたいものは全部買ったし、特に決めてないけど」
「そうなのか?俺はてっきり、昼からも店を回ると思っていたよ」
「そっか。奏斗君、行きたい店とかある?」
「う~ん、特にないかな……そもそも、俺、あんまりおしゃれとかに興味ないし……」
「そうなんだ。その割には、今日の服装、結構おしゃれで似合っていると思うけど」
「あ~これか。今日の服装は姉ちゃんのコーディネートだ。それに、服とか靴は姉ちゃんに買ってきてもらっている」
「そっか……もしかして、奏斗君ってシスコン?」
「ち、違うよ!」
「そういうのって、自分では自覚がないものよ」
「そ、そうなのか……」
もしかして、俺……春奈の言う通りシスコンなのか?
「まあ、それは置いといて、今から奏斗君の服を買いに行こう!」
「え?」
「奏斗君も高校生なんだから、おしゃれとかにも少しは興味を持った方がいいわよ?」
「そ、そうか。善処しておくよ」
「そういう訳で、服屋に行きましょう!」
「お、おう」
そして、俺と春奈は服屋に着いた。
「俺に似合う服か……」
俺は無造作に服を見る。
「どう?気になる服は見つかった?」
「……」
俺は無言で首を振る。
「はあ……」
「おい、溜息をつくことないだろ。じゃあ、春奈が俺の服を選んでくれよ」
「わ、私⁉てか、私が選んだら意味がないじゃない!」
「た、確かにそうだけど……まあ、実際に目の前で見て、参考にしようって思って……」
「そういうことなら……別に構わないけど」
「そうか!ありがとう!」
正直、自分で選ぶのが面倒くさいという理由もある。
しばらくして、春奈が服とズボンの上下を渡しにきた。
そして、俺は試着室に入る。
俺は春奈がコーディネートした服装に着替え、一度、試着室から出た。
「どうかな?」
「似合っていると思うわよ」
「そっか。ありがとうな」
「べ、別に気にすることないわよ。それより、奏斗君はその服装、どう思う?」
春奈が少し照れた様子で言った。
「俺はとてもいいと思うよ。やっぱり、春奈はセンスがいいな」
「そ、そう」
「うん。あと、せっかくだし、春奈がコーディネートしてくれた服装を買うことにするよ」
「そ、そっか。気に入ってもらって良かったわ」
心なしか、春奈が少し嬉しそうに見えた。
そして、俺と春奈は買い物を終え、帰ることにした。
「奏斗君、最後に寄りたい場所があるんだけど、付き合ってもらえる?」
「別にいいけど、どこに行くんだ?」
「それは着いてからのお楽しみ」
春奈が意地悪そうに笑った。
それから、俺と春奈は電車に乗り、青翔高校付近まで来た。
辺りは結構暗くなっている。
一応、ショッピングモールを出る前に、姉ちゃんは帰りが遅くなると連絡を入れておいた。
「もしかして、学校に行くのか?」
「違う違う。私たちが行くのは学校の近くにある公園」
「そうか」
「うん。じゃあ、ここからは目隠しします」
そう言って、春奈はカバンからアイマスクを取り出して、俺に付ける。
「お、おい、大丈夫なのか?」
「安心して、私が手を引いて歩くから」
「お、おう」
それから、歩くこと五分。
「は~い、アイマスク取って~」
春奈の合図と共に、俺はアイマスクを取った。
そして、俺は恐る恐る目を開けると、目の前には夜景が広がっていた。
「こ、これは……」
「どう?綺麗でしょ?」
「ああ、この町にこんな穴場スポットがあったとはな。春奈はよく来るのか?」
「うん。嫌なことやむしゃくしゃすることがある時は必ず来るわ。何か、この景色を見ていたら、そういうことを忘れることができるから」
「そうなんだ。じゃあ、引きこもりだった頃はよく来ていたのか?」
「奏斗君、それはひどいよぉ~別に、引きこもりだから、嫌なことやむしゃくしゃすることが多い訳じゃないから」
「そうなのか?少なくとも、俺が引きこもりだった頃は結構あったぞ。それに、春奈も学校が面白くなかったし、友達もいなかったんだろ?」
「そ、それはそうだけど……てか、友達がいないははっきりと言い過ぎ!私だって、女の子なんだから、もっとオブラートに包んでよ!」
「それは悪かったな、ごめん。でもまあ、今は俺と美羽の二人が友達にいるんだから、嫌なことやむしゃくしゃすることの一つがなくなったな」
「た、確かにそうだけど、よりによって、椎崎美羽が友達なんて……」
「そ、そうか」
相変わらず、二人の仲は悪いな……
「春奈」
「どうしたの?」
「俺は今、春奈が学校に復帰して良かったって思わせることができているかな?」
「まあ、少なくとも引きこもりになる前よりは、学校生活が楽しいと思っているわよ」
「そっか。それってつまり……」
「残念、合格まではもう少しかな」
「そうか……」
「そ、そんなに気を落とさないでよ!まあ、私に彼氏ができたら百点満点で合格だけどね」
「何だよ、それ」
「なんなら、奏斗君が私の彼氏になってくれてもいいのよ」
「……っ⁉」
「冗談よ」
と、春奈は意地悪そうに笑った。
「じゃあ、そろそろ帰りましょう」
「そうだな。俺、家まで送って行くよ」
「ありがとう」
こうして、俺は春奈を家まで送って行くことになった。
この時、俺は西川春奈という一人の女の子がいつもより魅力的に見えたのだった……
「奏斗君、今日はありがとう。とても楽しかったわ」
「いえいえ。俺も今日は楽しかったよ。は、初めて女の子とデートだから、不安だったけど何とか成功したみたいだな」
「奏斗君、デートは初めてだったんだ。つまり、私が奏斗君の初めてのデートの相手ってことか」
「……っ⁉」
俺は春奈の言葉に思わず、顔を赤くする。
「もしかして、奏斗君、照れている?」
そう言って、意地悪そうに笑う。
「そ、そんなこと……」
「そんなこと?」
「あ~うるさい!そういう、春奈はどうなんだよ!」
「わ、私⁉わ、私もは、初めてよ……」
「そ、そうか」
「……うん」
お互い恥ずかしくなって、その場に沈黙という名の二文字が漂う。
そんな時、一人の女性に声をかけられた。
「あれ、春奈ちゃん?」
「お、お姉ちゃん……」
「お姉ちゃん?」
「春奈ちゃんの隣にいる子って、もしかして、春奈ちゃんの彼氏?」
「ち、違うわよ!奏斗君はただの友達よ!」
こんなに取り乱している春奈を見るのは初めてだ。
それにしても、さすが春奈のお姉さん、春奈に劣らない美人だ。
「引きこもりを卒業したと思えば、すぐに彼氏を作るなんて、春奈ちゃんも隅には置けないな~」
「あ、あの、俺は吉田奏斗です。春奈の友達であり、部員仲間です」
「そうなんだ~私は、西川聖奈。よろしくね、奏斗君」
「こちらこそよろしくお願いします、聖奈さん」
とても優しそうなお姉さんだな。
そして、春奈は俺に「何、お姉ちゃんと親し気に話しているのよ」と言わんばかりに、こちらを見ている。
「せっかくだし、家に寄って行ったらいいわ」
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん⁉」
「お、俺は——」
「いいから、いいから~」
そう言って、俺と春奈の手を引いて家の中に入る。
「飲み物入れてくるから、待っていて」
そう言われて、俺はリビングで待つ。
「春奈、この状況はどうすればいいんだ?」
「そんなこと私に言われても分からないわよ。お姉ちゃんはそういう性格だから、仕方がないとしか言えない……」
どうやら、春奈は聖奈さんのことが苦手な様子だ。
まさか、嫌なことやむしゃくしゃすることの原因の一つが聖奈さんなのでは……
しばらくして、聖奈さんが飲み物を持って戻って来た。
「奏斗君、コーラで良かった?」
「だ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。あ、そうだ、お母さんも呼んでくるね」
「お、お姉ちゃん——」
もうこうなったら、誰にも止められないようだ。
しばらくして、聖奈さんがお母さんを連れて来た。
「すいません、お待たせして。母の杏奈です」
お母さんもとても美人だな。美羽の母親と同様、芸能人に匹敵するくらいだ。
「吉田奏斗です。春奈にはいつもお世話になっています」
「そうですか。これからも、春奈と仲良くしてやって下さい」
「は、はい!」
「それで、二人は付き合っているんですか?」
「「……っ⁉」」
「ち、違いますよ!ただの友達です!」
「そ、そうよ、お母さん!」
「あら、残念ですね。奏斗君が良ければ、春奈をお嫁にやってもいいんですよ?何せ、春奈の初めての男友達なので」
「ちょ、ちょっと、お母さん⁉な、何言っているのよ!」
「え?春奈も奏斗君ならいいのでは?」
「た、確かにそうだけど……」
「春奈、何か言ったか?」
「な、何もないわよ!と、とにかく、お母さんとお姉ちゃんは余計なこと言わなくていいから!」
春奈が顔を真っ赤にして言った。
その後は、春奈の子供の頃の話などを聞かされて、俺は帰宅した。
※※※
翌日の朝、俺は美羽に家に迎えに来るように言われて、美羽の家に向かっていた。
それにしても、昨日は大変だったな。まだ、昨日の疲れが完全にはとれていない。
そんなことを考えていると、美羽の家に着いた。
そして、家の門の前には美羽が立っていた。
「おはよう、美羽」
「遅い!」
美羽が不機嫌そうに言った。
「約束の時間までまだ十分もあるぞ?」
現在の時刻は七時五十分。そして、約束の時間は八時だ。
「そんなことはどうでもいいのよ。奏斗が女の子を待たせているってことがダメなの」
「そ、そうか。それは悪かったな、ごめん」
普通、そういう時は「私も今来たとこ」と言うのでは?美羽の家はお金持ちだし、他の人とは価値観が違うのかな?
「分かったら、いいわ。さあ、行きましょう」
「あ、待って」
「どうしたの、奏斗?」
「その服、似合っているよ」
「……っ⁉」
美羽は急に顔を真っ赤にした。
「どうかしたのか?」
「な、何よ、いきなり!か、奏斗らしくない……」
「そうか?俺だって、褒めることくらいあるさ」
「そう、ありがとう……か、奏斗も似合っているわよ」
「ありがとうな」
ちなみに、今日の服装は俺自身で選んでみた。昨日、春奈が買ってくれた服は着ていない。さすがの俺でも、美羽が俺の服装は春奈が選んだものと知ったら、機嫌を悪くすることくらい分かる。何せ、二人は仲が悪いからな。(※奏斗はかなり鈍感です)
そして、俺と美羽は駅に着いた。昨日と同様、休日だけあって駅は賑わっている。
「で、今日はどこに行くんだ?」
「遊園地に行くわよ!ほら、最近オープンした高藤ランドってあるでしょ?ちょうど、パパからチケットもらったから」
美羽が財布から取り出して、俺に見せる。
ご優待券って……さすが金持ちは違うな。
「了解。俺も行ってみたいとは思っていたところだ」
「そう、ならちょうど良かったわ」
そう言って、顔に笑みを浮かべる。
今日の美羽は、何だか楽しそうだな。
ちなみに、高藤ランドとは、俺たちが住む高藤市に最近オープンしたテーマパークだ。遊園地やプール、それに温泉などの施設があって、プールは温水で流れるプールらしい。
それからバスに乗ること十五分、高藤ランドに着いた。
「さあ、今日は楽しむわよ~!」
美羽が子供のようにはしゃぐ。
「そうだな。で、最初はどこに行くんだ?」
「もちろん、遊園地よ!さあ、行くわよ!」
美羽が俺の手を引いて走る。
「最初は何に乗ろうか~奏斗は何か乗りたいものとかある?」
「そうだな……例えば、あの車でサーキットを走るやつとかかな?」
「そっか。じゃあ、まずはあれから乗りましょう!」
「おう」
そして、俺と美羽は列に並ぶ。
「せっかくだし、勝負するわよ。負けた人は、勝った人の言うことを一つ聞くで、どうかしら?」
「それはいくら何でも、ハイリスク過ぎないか?」
「いいじゃない。それくらいしないと面白くないわ」
「そ、そうか」
俺は渋々、美羽の提案に乗ることにした。
そして、俺と美羽の順番が回って来た。
「負けないわよ、奏斗!」
「俺だって負けるか!」
結果は僅かな僅差で俺が勝った。
「か、勝ったんだから、早く何か言いなさいよ!」
美羽が涙目で言う。
よっぽど、自信があったんだな。
「そうだな……」
実際、勝つことしか考えていなかったから、そうすぐには何も思いつかないな……
「は、早くしなさいよ!」
美羽が早く早くと急かす。
「じゃあ、せっかく温泉があるんだし、仲良く混浴とか?」
お、俺は何を言っているんだぁぁぁぁ——‼
つい、性欲が……じゃなくて欲望が出てしまった……
「か、奏斗……」
美羽が顔を赤くして俯く。
「ご、ごめん、これはだな——」
「べ、別にいいわよ……」
「い、今、何て言った?」
「べ、別にいいわよって言ったのよ!」
「……え?」
「な、何、驚いているのよ!わ、私が負けた人は勝った人の言うことを一つ聞くって言ったんだから、それくらいちゃんと守るわよ!」
「そ、そうか」
「……うん。じゃあ、遊び終わってからでいい?」
「お、おう」
マ、マジか……いくら何でも急展開過ぎるだろ!このまま、美羽エンドなのか⁉って、何を言っているんだ、俺は!
「奏斗、どうしたの?」
「い、いや、何もない」
「そっか。じゃあ、次は何に乗る?」
「次は美羽の乗りたいものでいいよ」
「じゃあ、ジェットコースターで!」
「ジェ、ジェットコースター……」
「どうしたの?」
「い、いや……そ、その……」
「もしかして、奏斗、ジェットコースターに乗れないの?」
「は、はい……」
「ぷっ、あははは」
美羽がお腹を抱えて笑う。
「べ、別にそこまで笑うことないだろ!」
「だ、だって、奏斗に限ってそれはないなって思って、あはは」
「あ~美羽とは絶交しよかな~」
「ごめんごめん、笑い過ぎた。まあ、せっかくだし、奏斗も一緒に乗りなさいよ!」
そう言って、俺の手を強引に引いて歩く。
「ちょ、ちょっと待て!お、俺は乗るとは言ってないぞ!」
「はいはい、行くわよ~」
「や、やめろぉぉぉぉ——‼」
「うっ、気持ち悪い……」
「ごめんごめん、奏斗がそんなに苦手とは思っていなかったから、つい」
「き、気にするな……それより、何か飲み物を……」
「はいはい、買ってきたわよ」
美羽がスポーツドリンクを渡す。
「うっうっ……ぷは~何とか、生き返った……」
「奏斗、そんな状態で水分取って、よく吐かないわね」
「まあな。結構慣れているし」
「そっか。少し、休憩する?」
「いや、大丈夫だ。ジェットコースターの件は気にするな。心配してくれて、ありがとうな」
「べ、別に、奏斗のことなんて心配してないから!」
相変わらずのツンデレっぷりだな。
「あ~はいはい」
「な、何よ、その反応!これじゃあ、私が奏斗のことを本当に心配しているみたいじゃない!」
「はいはい、次行くぞ」
俺は美羽の手を引いて、近くにあるメリーゴーランドに向かう。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ~!」
「メリーゴーランドって、子供の頃以来に乗ったけど、結構面白いわね」
「そうだな」
美羽はすっかりさっきまでのことを忘れているようだ。
「奏斗、そろそろお昼にしない?」
「俺もちょうど思っていたところだよ」
「そっか。じゃあ、あそこにあるレストランでいい?」
「おう」
そして、俺と美羽はレストランに入る。
店内は、遊園地に合わせたユーモアな内装だ。
どうやら、料理は中華やイタリアン、そして日本食まであるようだ。
「何、食べようかな~」
美羽が楽しそうにメニューを見る。
「奏斗は何にするの?」
「俺は……塩ラーメンかな」
「ラーメン?遊園地でラーメンはないでしょ~」
と、少し引き気味で言った。
「別にいいだろ。今日はそういう気分なんだ」
「そう。じゃあ、私はこのカルボナーラで」
美羽が呼び鈴を押す。
しばらくして、女性の店員さんが来た。
「ご注文は何にされますか?」
「私はこのカルボナーラで」
「俺は塩ラーメンでお願いします」
「かしこまりました。あと、今、キャンペーンをやっていまして」
「「キャンペーン?」」
何か、このやり取り、昨日もやったような……
「はい。カップルでご入店されたお客様に、この期間限定のパフェをサービスで差し上げているんですが、どうされますか?」
「カ、カップル⁉」
美羽が顔を真っ赤にする。
さすがに、二回目となれば、驚くことはない。
「じゃあ、お願いします」
「か、奏斗⁉」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」
「はい」
そして、店員さんは席を後にした。
「か、奏斗……わ、私たちって付き合っているの……?」
「そ、そんな訳あるか!俺がいつ、お前に告白したんだよ!」
「じゃ、じゃあ、なんでパフェを……?」
「それは、店員さんがせっかく言ってくれたんだから、断るのは失礼だろ?」
「た、確かにそうだけど……」
「そういう訳だから、それくらいのこと、何も気にすることはない」
「そ、そう。そ、それくらいのことって、気にするわよ……」
「何か言ったか?」
「何も言っていないわよ!奏斗のバカ!」
「バカって……」
俺、何か気に障るようなことしたかな?
それにしても、カップルの客にパフェをサービスってどこの店もやっているのか?
さすがに、二日連続となれば、そう思うのは自然なことだと思うが……
ワンチャン、姉ちゃんと一緒に行っても、店員さんにカップルって勘違いされるんじゃないか?
しばらくして、店員さんが料理を運んできた。
「お待たせしました」
店員さんがテーブルに料理を並べる。
「「ありがとうございます」」
「ごゆっくりどうぞ」
「このカルボナーラ、結構美味しいわね」
「それは良かったな。俺の塩ラーメンも美味しいよ」
美羽は美味しい料理に上機嫌だ。
「そういえばさ、最近はゲームやっているのか?」
「全然やっていないわよ。何か、ゲームやったら、また引きこもりに逆戻りしそうでね」
「そうか。いい心がけだな」
「まあね。それに、今の生活も悪くはないし……」
美羽が顔を赤くして、俯く。
「そ、そうか」
美羽も春奈と同様、引きこもりを卒業して、後悔はしていないようだな。それは俺としても嬉しいし、是非、これからもそう思っていて欲しいものだ。
「奏斗、前から気になっていたんだけど、奏斗が引きこもりを卒業したきっかけって何?」
「あれ、言っていなかったっけ?」
「うん。だから、早く聞かせなさいよ」
「おう」
(春奈に話した通りなので、省略します)
「という訳で、俺は引きこもりを卒業した」
「ふ~ん、そうなんだ。奏斗、その女の子とはもう一度、会いたいとか思ったりするの?」
「まあ、会えることなら会いたいけど……それに、その女の子のおかげで、引きこもりを卒業できた訳だし」
「そっか。ちなみにだけど、その女の子って多分、私だと思う」
「……え?美羽、今、何て言った……」
「だから、その女の子は私だと思うって言ったのよ」
「やっぱり、聞き間違いではなかったか……美羽、その時ってどんな服装だった?」
「う~ん、確か、マスクと帽子をしていて、できるだけ、肌は見せないようにしていたわ」
「そ、そうか。これで、あの女の子は美羽で確定だな……」
「何よ、その反応。私があの女の子ってのが気に入らないって言うの?」
と、美羽が俺をジト目で見る。
「べ、別にそういう訳じゃねぇーよ!」
「だったら、何よ」
「いや、美羽があの女の子ってもと早く知っていたら、お礼を言えたのになって思っただけだよ」
「ふ~ん」
美羽はあまり信じていないようだ。
まあ、実際はあの女の子といつか再会して、二人の恋が始まる的な、アニメ的展開を望んでいたりしていた。
「それにしても、俺は自分を引きこもりから卒業させてくれた人を卒業させたという訳か。何とも不思議な関係だな、俺たち」
「そうね。私もまさか、自分が救った人に救われるなんて思ってもいなかったわ」
「何か、そういう意味では運命を感じるよな」
「う、運命⁉」
美羽が顔を真っ赤にする。
「べ、別にそんなに深い意味はねぇーよ!」
「そ、それくらい分かっているわよ!」
と、顔を赤くして、怒り気味で言った。
まあ、今のは俺が一方的に悪いとも言えるので、素直に謝るか。
「さすがに、今のは誤解を招くようなことを言った俺が悪かった、ごめん」
「分かったなら、いいわ!じゃあ、お詫びとして、昼ごはん代は奏斗の奢りね」
「はあ?」
こいつ、立場が上になったからって、調子に乗りやがって……
でもまあ、俺が謝ったんだし、仕方がないから昼食代奢るか。
昼食を食べ終え、俺と美羽は昼からはプールで遊ぶことにした。
朝から遊園地で遊んで、昼からはプールで遊ぶ、なかなかのハードスケジュールだな。
それにしても、こんなにも早く、水着イベントが舞い込んでくるとはな……健全な男子高校生として、胸が高まる。
ちなみに、水着は持っていなかったので、二人ともレンタルした。
俺は水着に着替え、更衣室の出口前で待っていると、美羽が来た。
「待たせたわね」
「お、おう」
俺は美羽の水着姿に思わず、見惚れてしまった。
然程、胸は大きくはないが、くびれのあるスレンダーな体が俺の胸の鼓動を早める。
「な、何よ、そんなにじっと見て……」
「わ、悪い、あまりに似合っているものだから、つい」
「……っ⁉」
美羽は顔を真っ赤にして俯く。
しまった、悪い癖が出たな……
「と、とりあえず、あのウォータースライダーに行こうぜ!」
気まずくなった俺は、無理やり話を変える。
「う、うん」
美羽も同じだったようで、その提案に賛成する。
俺と美羽は列に並び、自分たちの順番を待つ。
「何時くらいまで、プールで遊ぶんだ?」
俺はその場の空気を変えるため、話題を作った。
「と、特に決めてないけど……」
「そうか」
話が終わったじゃねぇーか!
頑張れ、俺!と、自分に言い聞かせる。
「温泉に入っていくなら、晩ご飯は食べて帰るのか?」
「お、温泉……」
「……あっ」
お互い、忘れていたようで、顔を赤くして俯く。
「や、やっぱり、温泉は——」
「も、もちろん、約束通り混浴よ!あと、せっかくだし、晩ご飯も食べて帰るわよ!」
美羽が顔を赤くして、無理に言う。
やっぱり、そこは自分のプライドが許さないんだな。
そんな中、俺と美羽の順番がきた。
「こちらのウォータースライダーは二人乗りなっておりますので、彼女さんが前に乗って、彼氏さんが後ろから手を回すという形で滑って下さい」
「「……っ⁉」」
俺と美羽はそんなことは知らずに来たので、いきなりのことで戸惑う。
「どうされましたか?」
と、スタッフの人が心配そうに聞く。
「いえ、大丈夫です」
「か、奏斗⁉」
「そうですか。それでは準備をしてください」
そして、俺と美羽はスタッフの人に言われた通りも形になる。
「美羽、後ろもつっかえているし、この際は仕方がない」
「わ、分かったわ。でも、変なところ触ったら、許さないから」
「お、おう」
「それでは準備は良いですか?」
「「はい」」
「いってらっしゃ~い」
そう言って、俺の背中を押した。
俺と美羽は急降下していく。
結構、スピードが出るんだな。
俺も美羽も水しぶきで前がよく見えない。
「キャッ!」
「この柔らかい感触は……」
「か、奏斗、どこ触っているのよ!」
俺は自分の手の方へ目を向けた。
「こ、これはだな——」
ベタな展開……俺は美羽の胸を掴んでいた。
「は、早く離しなさいよ!」
そう言って、美羽が暴れる。
「ふ、不可抗力だ!そ、それより、暴れるな、た、態勢が……」
その瞬間——
俺と美羽はプールの中へと落ちた。
どうやら、滑り終わったようだ。
そんな中、俺は顔に何か柔らかい感触を感じていた。
俺は恐る恐る目を開けると……
「っ⁉」
俺の顔は水中で美羽の美羽の胸に抱かれていた。
や、やばい、息が……
そして、俺の意識が段々と遠のいていく……
「う、う~ん」
俺は目が覚めると、プールサイドで俯けになって寝ていた。
俺、どうして気を失ったんだっけ?
まだ、辺りがぼやけて見えるため、上手く状況判断ができない。
確か、美羽とウォータースライダーを滑ってから、それで……
気を失う前の記憶がいまいち思い出すことができない。
それにしても、何か頭に柔らかい感触が……
時間が経ち、ぼやけた視界が段々とピント合ってき始めた。
そして、それと同時に頭に感じる柔らかい感触の正体が発覚する。
「……っ⁉」
その正体は……なんと、美羽の膝だった。
つまり、俺は美羽に膝枕をされているってことだ。
「か、奏斗!目が覚めたのね!」
「お、おう……それより、この状況は?」
「こ、これは私からのお詫びみたいなものよ」
「そうか。つまり、美羽が原因で気を失ったのか」
「ま、まあ、そんな感じかしら……」
「それにしても、何かが引っかかるんだよな~気を失う前に、水中で美羽と何かがあった気が……」
「な、何もないわよ!か、奏斗バランスを崩して溺れただけよ!」
「そ、そうなのか?」
「うん!」
どこか無理やりな気がするけど、まあ、無事だったしいいか。
それから俺と美羽はニ時間程、プールで遊んだ。
「そろそろ、プールから出ないか?」
「そうね。ば、晩ご飯を食べる前に温泉に入りましょう」
「お、おう」
そういえば、温泉イベント……美羽と混浴をするのを忘れていた。
再び、二人の間に沈黙の二文字が漂う。
「と、とりあえず、着替えたら自動販売機の前に集合な」
「わ、分かったわ」
俺は着替えて、自動販売機の前に行くと、美羽はまだ来ていなかった。
まあ、女性は男性より着替えるのに時間がかかるため、仕方がないだろう。
そして、待つこと約三分。美羽が着替えて来た。
「か、奏斗、早かったわね」
「お、おう」
「じゃ、じゃあ、行くわよ」
「お、おう」
俺と美羽は受付で混浴ができる貸切風呂を予約する。
店員さんは何も言わず、鍵を渡す。
多分、俺と美羽が高校生くらいだと分かっているんだろうな。心なしか、店員さんが鍵を渡すときに、優しく微笑んだように見えた。
それにしても、人生で一番緊張した注文だったな……
鍵を開け、部屋に入ると中はそれ程大きくはなく、一応、更衣室は二つあった。
ちなみに、お風呂は露天風呂だ。
俺と美羽はそれぞれ更衣室に入り、着替える。
俺はタオルを腰に巻いた状態で更衣室を出ると、美羽も同様、タオルを巻いて俺を待っていた。
「お、遅いわよ……」
美羽が顔を赤くして言った。
「わ、悪い……」
再び、二人の間に沈黙の二文字が漂う。
「こ、ここでいつまでも、裸ってのも寒いし、は、早く入りましょう……」
「そ、そうだな……」
俺と美羽は重い空気のまま、露天風呂に向かう。
温泉にはタオルは着用して入浴できないため、俺と美羽は背中合わせで座って入浴する。
背中越しだが、美羽の体温が伝わってくる……
「こ、こっち見たら、許さないから!」
美羽の顔は見えないが、おそらく、顔を真っ赤にしているんだろうな。
まあ、俺も今までにない程、顔が赤くなっている。
「「……」」
お互い、緊張の余り、話そうとはしない。
そのため、二人の間には水の滴る音だけが響く。
「み、美羽!」「か、奏斗!」
お互い、同じことを考えていたのか、二人同時に話しかけた。
「「……」」
二人の思い切った行動は実を結ぶことはなかった。
それから、約五分。
やはり、その間も二人の間には会話はなく、只々時間だけが過ぎていく。
そんな時、先に行動に出たのは美羽だった。
「か、奏斗、か、体、洗いたいから、そのままの状態をキープしておいてよね」
「お、おう」
「み、見たら許さないから!」
と、念を押すように言った。
美羽は温泉を出て、体を洗う。
俺は美羽に背を向けて、美羽が体を洗い終わるのを待つ。
「……んっ……んっ」
美羽の吐息が俺の理性を……
や、やばい……このままじゃ……
ちなみに、俺の体は正直で、ある部分はとっくに反応している。
俺は性欲……じゃなくて欲望に勝つことはできず、美羽の方を見てしまった……
「……っ⁉」
美羽の肌は月の明かりに照らされ、白く透き通り、水着姿の倍以上の色気が感じられる。
もちろん、大事な部分は見えそうで見えず、お約束の湯気やら光の反射やらで隠れて見えていない。
俺は我に戻り、急いで美羽に背中を向ける。
しばらくして、美羽が体を洗い終わり、戻って来た。
「み、見てないわよね……」
「あ、当たり前だろ!」
「少しくらいは見なさいよ……」
美羽が小さな声で何か言ったが、また、バカとか言われそうなので、俺は見てみ見ぬふりをした。
それから、俺も体を洗った。
もちろん、美羽も俺が体を洗っている間は俺に背中を向けている。
まあ、美羽は俺とは違い、裸姿を見ていないと思うが……
結局、会話もアクシデントもほとんどなく、温泉イベントは静かに幕を閉じた……
俺と美羽は晩ご飯を食べるため、施設の中にある飲食店に入った。
昼食を食べた店と同様、さまざまな料理があるようだ。
俺はざるうどん大盛とドリンクバーを、美羽も俺と同様、ざるうどんとドリンクバーを注文した。
「「……」」
混浴をしたせいか、お互い、話そうとはしない。
俺だって、話したけど、何を話せばいいか分からない……
「か、奏斗!」
美羽が真剣な顔で言った。
「ど、どうした?」
「ト、トイレ行ってくる!」
「は、はあ?」
「じ、実はさっきから我慢していたんだけど、この場の雰囲気になかなか行けなくて……」
「そ、そうか。早く行って来い」
「う、うん!」
そう言って、ダッシュでトイレに行った。
美羽がいきなり真剣な顔をするもんだから、俺はてっきり、何か大事な話があるんじゃないかと思ったぞ。
まあ、美羽にとってはすごく大事な話ではあるんだが……
それにしても、美羽があの時の女の子だったとはな……
正直、まだ心の中では色々と整理しきれていない。
再び会った時にはお礼をしたいと思ってはいたが、あの時の女の子が美羽となれば、素直にお礼を言いにくいというかなんていうか……
そんなことを考えていると、注文したざるうどんが運ばれてきた。
美羽がまだトイレから帰って来ていないし、待っておくか。
そういえば、ドリンクバーを注文したものの、ジュースを入れてくるのを忘れていたな。
俺は自分のコップと美羽のコップを持って、ジュースを入れに行く。
「俺はコーラでいいけど、美羽は何がいいかな?」
「奏斗、何しているの?」
「美羽のジュースは何がいいかなって考えていたところだ」
「そう。私はカルピスでいいわ」
「了解」
俺は美羽のコップにカルピスを入れ、美羽に渡す。
「ありがとう」
「おう」
トイレに行く前とは違い、自然な会話が成り立っている。
俺と美羽は席に戻り、麺が伸びないうちにざるうどんを食べる。
ざるうどんを食べ終え、俺と美羽は帰ることにした。
「か、奏斗、帰りに寄りたいところがあるんだけどいい?」
「お、おう。で、どこに行くんだ?」
「私も初めて行くんだけど、何か、ここの近くに夜景がきれいな場所があるみたいなの。最近、テレビで紹介されていて、行ってみたいと思っていたのよ」
「そうか。それは楽しみだな」
「うん。ここから徒歩五分くらいの場所よ」
「了解」
早速、俺と美羽は夜景スポットに向かう。
それにしても、二日連続で夜景を見に行くのか。
別に嫌という訳ではないが、女の子と二人で夜景を見に行くというのが、以前の俺では考えれないことだからな。
そして、歩くこと五分。
目的地の夜景スポットに着いた。
やはり、テレビで紹介されただけあって、俺と美羽以外にもたくさんの人が夜景を見に来ていた。
「綺麗ね~」
美羽が目的地に着くなり、言った。
「本当だな。さすが、テレビで紹介されただけあるな」
昨日、春奈と見た夜景に劣らない綺麗さだ。
その後、俺と美羽は引き続き夜景を楽しみ、帰りは美羽を家に送って今日のデートは幕を閉じた。
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