第20話 エミマキ ラスト

 私は南篠君に救われた。

 彼はもうこの世に居ない。賢治が心は生きていると言っていたけど、私にはピンと来ていなかった。

 南篠君とは元々仲が良かったワケじゃない、幼稚園の頃に同級生だったことすら、賢治とコットンさんとで私の不登校について話している時に、やっと思い出した程度の関係。



 一方の南篠君は、私の事を特別視していたみたいだけれど、私は南篠君と学校で話すのを避けていた。彼が私に対してどういう感情を持っているのかを知ったのは、南篠君が亡くってからだった。

 南篠君は、私に憧れを持っていた。私は保育園で南篠君を助け、それが南篠君にとって、強く印象に残った出来事になったらしい。その時出来た痣で虐められて、遠くに引っ越す事になったのだけれど。



 私は痣が残りやすい体質で、それは今も変わっていない。これまでの人生で二回、顔に痣が出来たのだけれど、どちらとも私は虐めを受けた。一回目が幼稚園で、二回目が高校一年生の時。

 高校時代の虐めでは、対策として不登校の道を選び、ゲームに熱中した。そんな中南篠君が亡くなって、葬式に出席して。暫く経ったある日に賢治が家を訪ねて来た。

 そこで私は賢治にムラサキについて教えられ、後にコットンさんによって、ムラサキが私の痣を指している事がわかった。



 南篠君はムラサキ、私の様な人間になりたかったのだと、コットンさんは言った。自分で言うのは恥ずかしいのだけれど、優しい人、という意味らしい。

 これを聞いてから、自分のコンプレックスに対して、気持ちが少し楽になったのを覚えている。南篠君は、私の醜い部分を羨ましく思ってくれたのだ。助けて傷を負った私の痣を、勲章の様に見てくれた南篠君。私は南篠君と、保育園時代を思い出さない様、無意識で避けていた事実を、後悔した。



 次の日、私は学校へ登校するとお母さんに言った。お母さんが洗い物を床に落として、しばらく呆然と私を見てから泣き出したのが印象に残っている。

 しばらくは保健室で補習を受け、遅れを取り戻すように勉強をした。幸い、私の頭は勉強に向いていた様で、苦労はしなかった。休み時間の度に、賢治が様子を見に来てくれた。



 そして予想外に、私は何事もなくクラスに溶け込めた。私を痣お化けと呼んでいた人たちも、何食わぬ顔で私に話しかけてきたのだ。この時、私は保育園でのトラウマから、痣の事にあまりに過剰反応してしまっていたのだと気付いた。

 あの時のことは、今でも思い出したくない。だけども南篠君のおかげで、幾分か傷は癒え、私は不登校を卒業した。



 それからの高校生活は、人並みに充実していたと思う。賢治と一緒に生徒会に入り困っている生徒を助ける活動をしたり、プロも参加するゲームの大会に出て、ベスト4になったり。

 あとは、一般的な女子高生の様に、好きな人を中心に物事を考えたり。これは生徒会とちょっとだけかぶるけど。

 今もそれは変わらず、私は賢治の肩に身を寄せて、寝たフリをしていた。起きたのはついさっきだけど、もうしばらくこのままで居たかったのだ。



 賢治を意識し始めた時期は覚えていない。だけどスタートはきっと、ムラサキの事でいきなり私の家を訪ねて来た時だろう。少しづつ想いは大きくなっていって、大学一年の後半、クリスマス前に告白した。

 その時は振られて、私の心に新たなトラウマが生まれそうになったけど、同じサークルのメンバーが色々してくれて、なんとか立ち直ることが出来た。

 するとどうだろう、今度は賢治から告白してきたのだ。もちろん私は首を縦に動かした。ノーと言ってからかう余裕は無かった。ただ賢治に好きだと言われた事で、頭が一杯だったから。



「おいエミマキ、そろそろ都城着くぞ」

 薄目を開けると、賢治と目が合った。起きようかとも思ったけど、なにぶん二人共奥手でなかなか進展が無いのだ。眠気のせいにして甘えるくらい許してくれるだろう、私は再び目を閉じる。

 またゲームで夜更かししたんだろうなと思われていそうだ。確かに普段の私は少し、ほんの少しだけ寝不足気味だけど、今日は南篠君の誕生日。前日はちゃんと日付が変わった辺りでベットに入った。

 誕生日プレゼントは色々と考えた挙句、大学で人気の洋菓子店のモンブランケーキを買う事にした。



 決して私が食べたいから選んだワケじゃない。誕生日と言ったらケーキだし、南篠君は甘い物が好きそうな見た目をしていたから。賢治に聞いても「そのイメージは正しい」と言っていたし。

 ケーキは賢治がサークルのメンバーから貰ったプレゼントと一緒の袋にまとめて入れている。田舎の電車は揺れが激しいから、形が崩れないと良いけれど。

 そう思った矢先、大きく電車が揺れた。ガコンと音がして、驚いて体を起こしそうになる。それを中途半端に堪えた結果、賢治の太ももの上に頭が滑り落ちてしまった。



 いい加減起きようと思ったけど、頭を賢治に優しく撫でられ、私の腰辺りに手を置かれた。

 これでは起きられない、起きたくなかった。

 賢治と出会えて良かったなと思う。きっとこれから喧嘩もするだろうし、あり得ない事だけれど別れる可能性もゼロじゃない。それでも今私は、賢治の隣で生きていられる事を、とても幸せに思っている。



 キッカケの作ったのは南篠君だ。私は南篠君にトラウマから救われ、更には未来を生きたいと思える気持ちを与えてくれた。

 私の中に南篠君は居るのだろうか、賢治の中には居るだろうな。だってサークルの名前も『ムラサキ』にするくらいだし。

 私はコットンさんや賢治の様に、南篠君との関わりは深くない。真の意味では深いのだろうけど、私程度の人間じゃ、気付ける日は遠いだろう。

 でも、もしかしたら居るかもしれない南篠君に向けて、私はたまに、ごくたまに言うのだ。



 ありがとう、南篠君――って。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る