第19話 賢治 ラスト
俺は雄太という親友を、一生忘れない。
雄太は高校の冬休みに亡くなった、俺の生涯最高の親友だ。死因は不運が重なり過ぎた、医者も目を見開く急死。
これから一緒にやるんだろうな、と漠然と考えていたことが全て叶わぬ夢となって、楽天家な自分も当時は深く悲しんだ。
雄太の死を通して、俺は多くの人と関わり、学んだ。
それまでの俺は、自分の都合の良い所だけを見て生きてきた。その所為で、エミマキのイジメに気付かなかった。もし雄太が生きていれば、俺はしばらく、もしくは死ぬまでこの生き方だっただろう。
だけども雄太の死が、俺を変えた。自分の欠点を知り、変えようと思える力をくれた。
不登校だったエミマキを助けると誓い、コウさんと一緒にエミマキの心を救った。
それから俺は、自分の欠点だった『嫌な世界から目を逸らす』癖を直すために、なるだけ困っている人を助けるように努めた。雄太もムラサキになりたいと言っていたし、俺がその意思を継ごうとも人助けを重ねる内に思うようになった。
私立の大学生となった俺は、あるサークルを立ち上げた。困っている人達を助ける『ムラサキ』だ。大学の色んな場所にポスターを貼り、サークルの部室の手前にポストを設置した。この中に困っている事や俺達に手伝ってほしい事を書いて入れて貰い、出来る限り全員の悩みを解決するというのが主な活動だ。
もちろん部員は俺だけではない。最初こそ二人だけの同好会扱いだったが、二年になった今、部員は六名程いる。みんな個性的な奴等、だけどここで語る必要は無いだろう。
俺が語るべきなのは一人、エミマキだ。
エミマキは偶然にも、学部は違うが俺と同じ大学へ進学した。エミマキは俺が『ムラサキ』を作ると言った時、率先してサークルのメンバーになってくれて、数カ月は二人でムラサキを運営していた。
そして次第にメンバーも集まり、正式にサークルとして活動をし始めたある日。俺はエミマキに告白された。
俺は、一度それを断った。確かにエミマキとは雄太の件以降親しくなったし、大学でも仲良くしていた。ただそれは友達としてで、エミマキを異性として見たことは無かったんだ。
だが男なんて生き物は、俺が思っている以上に馬鹿だった。それか単純に俺が馬鹿だったか。今更だけど、どっちもあり得るな。俺はエミマキに告白されたその日から、彼女を意識する様になった。
しばらくして、今度は俺から告白した。関係は今でも続いていて、今こうして二人で電車に乗っている。
「おいエミマキ、そろそろ都城着くぞ」
俺の肩に頭を軽く乗せ、すうすうと眠っているエミマキに言う。
俺とエミマキは、地元の都城に向かっていた。
コウさんも同じ電車に乗るハズだったが、遅れたらしい。あの人なら特に驚かないけれど、連絡の一つくらいして欲しいとは思う。
エミマキは眉をヘの字に曲げて、薄目で俺を見て来たかと思うと、また眠り始めた。多分、昨日も徹夜でゲームをしていたのだろう。俺もエミマキに教えられて、誘われた時たまにやっているが、エミマキの熱中ぶりと実力の高さに付いて行けず、いつも途中で投げてしまう。
エミマキがプレイしているゲームに関する悩みが『ムラサキ』に送られてきたことがあったが、その時は随分助けられた。プロチームからスカウトの話もあったらしいが、断っている様だ。日常生活に支障をきたすまで、ゲームに熱中したくないらしい。
まぁ、この爆睡は明らかにゲームの弊害だと思うけど、それを言ったら怒られるので止めておく。エミマキは怒ると怖い。
もう一度エミマキを起こそうとすると、大きく電車が跳ねた。ガタンという異音がするも、同じ車両に乗っている人たちは気にも留めていない。田舎の電車は乗客が少なく軽いので、跳ねやすいんだ。
この揺れをもってしても、エミマキは目を覚まさなかった。代わりに、頭の位置を俺の肩から膝上に変える。
傍から見るとバカップルそのものだ。幸い、俺達が簡単に目に入る場所に乗客はおらず、恥ずかしさで顔を赤くすることは避けられた。
エミマキはよっぽど眠れなかった様だ。起こさない様に、雄太へのプレゼントである缶ビール等が入った大袋を足元に置く。今日は雄太の二十歳の誕生日だ、一緒にお酒を飲む夢は叶わないが、供え物としてはやはり酒だろう。
でも雄太の兄ちゃんを思うに、あまり酒には強くなかっただろうな。
煙草も二十歳の誕生日としては適してるなと思ったが、雄太は吸わない部類だ。俺も吸わないし、それなら酒で良いかという結論だった。雄太の祖父ちゃんも酒好きだったし、嫌いじゃないだろう。
『ムラサキ』の残りのメンバーからも、雄太へのプレゼントを預かっていた。中には思春期の高校生がはしゃぎそうなおもちゃ等も入っていて、エミマキに見られない様に苦労したが、雄太も男だ、きっと喜ぶだろう。
『ムラサキ』のメンバーには、雄太はこの部を作ることになった人間で、幽霊部員だと伝えている。この世に居ない事は教えていないが、幽霊部員とは言っているので、間違ってはいない。
――あいつらは直接、雄太と出会ってはいない。だけども間違いなく俺を通して、雄太という存在はあいつらの心の一部になっているハズだ。
雄太の心は、生きている。
別に宗教的な話じゃない、本当に、雄太の心は生きているんだ。
俺達の心の中で、雄太の心の血が流れているから。
だってこんなにも俺は雄太の死に影響されたんだ。心の何所かに雄太の存在があるのは間違いないだろう。
そして、この心の血は俺を通じて雄太と直接関係ない人間にも流れて行った。
雄太だけじゃない。俺と今まで関わった事のある人達、その人達が関わった人達、またその人達が関わった人達の心の血が、俺の心には流れている。
それらはとても薄くなっていると思うし、早々感じられるものでもない。
だけど間違いなく俺の心には、俺が想像も出来ないくらい多くの人の血が混じって流れ、俺の今の心が在るんだ。
だから雄太の心は死んでいないし、心が死んだ人間は、存在しない。
だから俺は、ふと何かを思った時、雄太と話したくなった時に、心の中で言う。
おい雄太、元気か――と。
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