第18話 孝介 ラスト

 人生は一度きり、しかもいつ終わりが来るか分からない。

 それなら今やりたいと思ったことを、やってやろうではないか。なぁに、元々フリーターの俺には、大した障壁などない。



 雄太が亡くなった半年後あたりか、俺は無言無実行主義を辞め、無言実行主義者となった。実行したいことを口に出す相手がいれば、嘘偽りない有言実行と成るのだが、悲しいかなそんな相手は存在しない。

 今更恋人だとか親友を作ろうとは思わないが、日本へ帰ってくるたびに勝正を始め、エミマキや賢治君の惚気を見せられると少々、生涯孤独が半ば確定している自分の心がほんの少しだけ締め付けられる。



 電車が目的の場所に到着し、降りてからスマホを開く。時刻は十三時となっていて、丁度集合時間と同時刻だった。つまり遅刻である。思ったよりも電車が遅かったのだからしょうがない。そもそも、勝正達なら俺が遅れると承知の上でいるだろう。それなら遅れない方が失礼だ、うむ。



 相変わらずダメ人間だなと改めて思うが、自分の今の人生を後悔はしていない。以前の自分へ胸を張れる程度には、人生を謳歌している自信があった。

 雄太の死後、ムラサキの一件を経て、俺は世界を旅することにした。最初は日本一周で、三ヵ月程度、自転車で日本を漕ぎに漕いだ。

 なぜ超インドア派だった自分が、こんな事をしようと思い立ったのかは自分でも不明だ。だがやりたいと思ったんだ。だからこの旅をしなければ、死ぬときに後悔してしまっていただろう。

 その後はしばらくアルバイトをして貯金をし、世界を回る準備をした。日本一周を終え満足感を得たと同時に、もっと広い世界を見てみたいと、漠然と思ったのである。



 なんとなくで行動する俺を馬鹿にする人間は多かった。バイト先で笑われたこともあるし、母には酷く呆れられた。

 だけどもこれは俺の人生であり、お前らの人生では無い、そう思った。



 人の幸せは何所にあるのだろうか、知らん。

 他人の幸せは何所にあるのであろう、知らん。

 自分が唯一知れるとすれば、己の幸せぐらいだろう。そこで俺は己の幸せを『やりたい事はやる』という単純明快なモノにした。だからやりたいことをして、生きて、死ぬ。



 金が幸せだと言う人間もいるだろう、愛が幸せだと言う人間もいるだろう。それらを満たして、死の間際に良かったと思えるならそれが正解だ。

 俺の場合は、やりたい事をする、それが幸せだ。もしここで心臓発作を起こし死ぬことになっても、未来を悔いることはあるかもしれないが、過去に後悔することは無い。



 今の俺の人生は、他人から見れば酷く濁った色に見えるのかもしれないし、同じような事柄を幸せと感じる人間には、魅力的な色に見えるのかもしれない。

 まぁ、他人から見えた俺の姿など、どうでもいい。俺が己の人生をどう思うかが、重要なのだ。



 ――雄太の死が、まさかここまで自分の人生に影響するとは。当時、ゲームばかりしていた自分に言っても信じてはくれないだろう。

 そういえば、エミマキはまだあのゲームをプレイしているのだろうか。もしかしたら賢治君を誘って、一緒にプレイしているのかもしれない、それとなく聞いてみるか。



 数人程度しか居ない駅のホームを出て、この辺りで一番大きいショッピングモールを目指す。集合場所はそこでは無いのだが、雄太へ土産を買う必要がある。

 手土産を毎回渡すほどマメな人間では無いのだが、今日は雄太の二十歳の誕生日だ。酒の一杯や二杯、奢ってやろうと思ったのだ。

 雄太は俺の人生を変えてくれた人間なのだから、それくらいはしてやりたい。



 そう言えば話によると、勝正の嫁も来ているらしい。結婚式に呼ばれた時しか顔を合わせておらず、顔覚えが絶望的に悪いのであまり思い出すことが出来ないのだが、笑った時に浮かぶエクボが印象的だったことだけは、覚えていた。

 いやはや、それにしてもあの勝正が結婚するとは。流石の俺も、中国でこの報告を聞いた時は、急遽予定を変更して日本へ帰って来た。

 そして数カ月前、勝正に子供が生まれた。子供は早すぎるんじゃないかと思ったが、考えてみれば結婚がすでに三年前。適切な時期なのやもしれん。

 ラインで子供の写真を見せて貰った事があるが、あまり勝正には似ていなかった。特徴的なエクボがあったので、母寄りなのだろう。



 ――結婚、そして子供、か。

 いずれは勝正の様に、エミマキと賢治君も結婚するのかと思うと、また少し寂しい気持ちになる。

 俺も、そろそろ生涯を共にする相手を見つけるべきなのかもしれない。

 見つけられないにしても、このまま何もしなければ死ぬ時に後悔するような気がした。



 またやりたい事が増えてしまった。

 ……次のやりたい事、彼女探し。

 俺は自分が最も苦手とする事柄を決意して、ショッピングモールへと向かった。遅刻しているので、小走りで。

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