第12話 孝介③-3

 勝正から更に遅れるとの連絡が入り、予め決めていたメニューを注文し、各々のペースで食べる。ちなみに俺はマグロのタタキ丼である。

 エミマキは話す決心がついた様だったが、とりあえず食ってから、そう提案した。

 エミマキ自身も、俺達に伝える内容を纏める時間が必要だろう。



 俺が半分ほど丼を食ったあたりで、

「ごちそうさまです」

 賢治君が飯を平らげる。彼のメニューは欲張りバラエティセットだ。エビフライやら、ハンバーグやら、とりあえず旨そうなのを入れておけ、というスタンスのメニュー。単純な量からして、俺の丼より遥かにボリューミーなセットだったのだが、いやはや流石食べ盛りの高校生である。



「コウさんエミマキより食うの遅くないっすか?」

「エミマキが早食いだと言いたいのか」

「単純にコウさんが遅いっす」



 エミマキが頼んだオムライスを見る。確かに、若干俺より早く食べ終わりそうだ。

 賢治君の言う通り、エミマキが早いワケではない、俺がスローペースなのだ。

 元々、食が細いことも理由の一つ、後は、

「色々考え事をしていてな」

「ムラサキの事、ですか?」

 エミマキが言う、

「ああ、まぁ……」



 俺は返事を濁して、丼に再び箸を付けた。

 彼らにこれ以上余計な心配をさせる必要は無い。それに杞憂である可能性が高い心配事だ。

 少しだけ勝正から来たメールに違和感があっただけで、二人に話す必要は無い。

 今日、勝正は来ないかもしれないな。そう適当な予測だけして、丼をかき込んだ。

 


 エミマキは最後の一口を食べ、紅茶(種類は知らん)を飲んだ数十秒の後、ポツリと話し始める。もっとスムーズに話をさせてやりたかったが、俺には難易度が高すぎた。すまんエミマキ。

「コットンさんは、私が今学校に行っていない理由を聞いていますか?」

 確かに重要な部分だ、素直に答える。

「ああ、賢治君から多少は聞いた」

 賢治君がエミマキから反射であろう、目を逸らす。



 気にする素振りを見せずエミマキは頷き、

「今は消えていますけど、私は生まれつき痣が消えにくい体質で。幼稚園の頃初めて、それが分かりました」

 彼女は食事の前からマスクを外していた。外見のコンプレックスがあるとは、初対面では誰も気付かないだろう。彼女の肌には、シミ一つない。



「キッカケはちょっとした子供のケンカみたいなモノで、それが原因で、その、顔に痣が出来たんです。お母さんからは大丈夫だからと言われて、幼稚園へ痣が出来ても行っていました」

 エミマキの声が次第に小さくなり、いったん途絶えた。が、すぐに再び口を開ける。



「大人でも子供でも、普通と違う部分があるだけで、奇異の目で見られます。数日で、私と遊んでくれる友達は居なくなりました。そして、幼稚園にも次第に行かなくなって……。私の痣、もいつまでも消えないものだから、お母さんも心配してたと思います」



 エミマキは人間の醜い部分を、諦めたような口調で語る。まだ高校生の少女ではあるが、彼女が語る真理には重みがあった。

「今思えば、お父さんの都合で引っ越したんじゃなくて、私が何も気にせず、せめて学校には行けるようにしてくれたんでしょうね」

 おそらく、彼女は当時、自分の為に転居したと自覚していたのだろう。

 がしかし、エミマキにとってこの一件はトラウマになり、次第に記憶を無意識に封じ込めていった。

 俺の予測だが、それなら筋が通る。



 エミマキはこれ以上話を続けることもなく、重苦しい雰囲気の中数分。

「んっ、エミマキ一ついいか」

 なんとか空気を変える為口を開いたが、喋り慣れていないからか声が上擦る。

 エミマキは気にせず「はい」と返事をし、賢治君も追加で頼んだ唐揚げから箸を離した。



「痣が出来たキッカケのケンカ、詳しく教えてくれないか」

「ええっと、詳細までは覚えていませんけど、確か遊具の取り合い、だったと思います」

 エミマキは質問の意図を理解していない様だったが、俺へゆっくりと話す。

「遊具を取り合ってるのを私が止めようとして、あ、そうです、南篠君がキックボードを取られそうになってて、私がそれを止めたんです。私が取り返そうとしたときに、キックボードが私の顔に当たって、さっきの話になります。キックボードはちゃんと、南篠君が使えたハズです。確か……」

「ありがとうエミマキ、十分だ」



 トイレで話を聞いた時に閃いた答え、エミマキの記憶が正しければ辻褄は合う。

 だがしかし、二人はこの答えを聞き、納得してくれるだろうか。

 結局のところ、ムラサキの答えは雄太しか知らない。単純に間違えて言った可能性も、もちろん残っているし、俺の答えが間違っていて、真のムラサキが存在するかもしれない。

 それでもこの答えを言うべきだろうか、ムラサキの正体を知りたい。そう言った賢治君は納得して、再び前へ進んでくれるのだろうか。

 俺は考える、そして。



「賢治君、ムラサキの正体がわかったぞ」

「えっ、今のでわかったんすか?」

 賢治君のピザの具材が机の下に落ちる。

「ああ」

 俺はエミマキの方向に、親指を向けた。

「え?」「……私、ですか?」

 二人して露骨にハテナマークを頭に浮かべているが、気にしたら負けだ。



「その通り、ムラサキの正体は牧田江美、エミマキだったんだよ」

 肘をテーブルに乗せる。

「自分を助けてくれたエミマキみたいに、誰かを助けられる存在になりたい、そう雄太は思ったんだ。だからムラサキ」

 口を出そうとする賢治君を遮る。

「わかってる、今から全部説明するさ、辻褄は合うハズだ。先ずムラサキだが、これは痣のことだ」



「痣、すか」

 頷く。

「痣の色ってムラサキっぽいだろ、実際エミマキの痣を見た経験は無いが、色は紫に近いんじゃないか」

 エミマキを見て言う。

「はい……確かに紫色です。ですけど痣なら痣って言うんじゃ」

「幼稚園生なら、痣って言葉を知らなくても不思議じゃない。雄太は痣という言葉の代用として、ムラサキと呼んだんだ」



 口が渇いたのでコーラを飲む。俺が飲み終わるのを待たずして賢治君が、

「いやいやコウさん、雄太は将来の夢でムラサキって言ったんすよ? コウさんの話が合ってても、結局雄太の言い間違えになるじゃないすか、なんすか招来の夢が痣って」

 もっともである。賢治君には少し怒りの感情が見えた。



「落ち着こう賢治君、まだ話は終わってない。確かに痣が将来の夢ってなるとヘンな話だ。でも雄太は子供なりに、言い換えたんだよ。結局失敗したから、誰にも真相は話さなかった様だが」

 雄太にムラサキを尋ねても、教えてくれなかったワケ。それは雄太がムラサキと言った理由でもあった。

「本当は雄太は、エミマキみたいな人になりたいって言いたかったんだろう。だけども子供と言えど、異性になりたいとは言い難い。だから雄太は、咄嗟にムラサキと答えたんだ……以上!」



 俺は満足げに、賢治君のピザを1ピース貰う。

「えっと、じゃあエミマキに憧れた雄太が照れ隠しでムラサキつって、周りが笑ったって、こと、すか」



 賢治君は呆気にとられたように口を半開きにして、しばらくすると口角を上げた。

「はは、ああ、そっか。雄太があんなに優しい奴だった理由って、エミマキだったんすね」

 雄太が優しい人間で居ようと心掛けていたのかは不明だが、この一件が雄太の人格の一部を成していたと考えるのも、答えか。

「エミマキ、あいつはお前に憧れていた。きっと雄太は、エミマキの痣を優しさの印だと思ったんだ」

「私の、痣が……私が雄太君の、憧れ……」

 エミマキは呟く。



 俺は、この答えが必ず正解だとは思わない。結局俺の推測で、何もかもが見当違いかもしれない。だけどもそれで良いと思った。死人に口無しと言うが、思い切り利用させて貰おう。



 エミマキのトラウマは多少なりとも、和らいだハズだ。彼女の欠陥を、雄太は羨ましく思った。ムラサキと思わず言ったのは、彼女が行かなくなった後で付けられたあだ名だろう。だけどもそれを彼女に言う必要は無い、この話は美談で、一切の曇りなく終わらせるべきなのだ。

 それが可能なのだ、幸いに、この話に待ったをかける存在はこの世に居ない。

 賢治君も俺の答えを聞いて、無理矢理なのかもしれんが、自分なりに納得してくれている。



 賢治君にとっても、ムラサキの真の正体を知る必要は無かったのだ。

 自分が納得できれば、雄太という存在に合う答え、雄太にとって恥ずかしくない答えを見いだせれば、それで良かったのだろう。

 俺も、ムラサキを通して学んだことは数多くある。受動的な人間の俺が、その学びを全てこれからの人生に活かせるかは不明だが、マイナスな考えは今は止めておこう。



「ホントは、南篠君、何回か私に話しかけようとしてくれたんです」

 エミマキが言う。

「でも私、どうしてか怖くて、今は分かります。南篠君は痣の事知ってたから、思い出さない様にしてたんだと思います」

 エミマキの目から一粒の涙が落ちる。

「どうしよう、私、あの時南篠君と話してれば、私、南篠君に、ありがとうって、言いたい、話をしたい、でも、南篠君には、もう、もう」

 彼女は言葉を出すのを止め、変わりに涙を。

 賢治君も気付けば声を出さず、頬を濡らしていた。



 ――なぁ。


 ――なぁ雄太。 


 俺は心で呟き、目を閉じた。

 

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