第11話 孝介③-2

 ドリンクバーとポテト、ピザを頼み勝正の到着を待つと同時に、エミマキへそれとなく会話を持ちかける。

「エミマキ、幼稚園の頃なんだが、やっぱり思い出せないか?」

 エミマキはマスク越しからでも分かる程度に、顔を曇らせる。

「……はい。関係ないことは思い出せるんですけど」

 エミマキの言い様を見るに、幼少期の記憶を思い出せていないワケじゃなさそうだ。



 となると、

「その関係無い事が、もしかするとムラサキに関係しているかもしれない」

 ここからは慎重に言葉を選ばなければならない、俺の予想通りなら、彼女のトラウマに触れる。

「実はエミマキ以外の雄太の同級生にもムラサキについて聞いてな、何なのか、までは覚えていなかったが誕生日会の事だけは全員が記憶していた。なんせ節分と併せてのイベントだったからな」

「節分、ですか……」

 どうやらまだ、思い出せないらしい。



 無理もないのかもしれん。

「エミマキ、思い出せたらで良いんだが、何週間かの間、例えば病気とかで、幼稚園に行けなかった時期が無いか」

 エミマキの二重目が大きく開いたかと思うと、更に顔を隠すようにしてマスクを広げる。

 しまった、いきなり行き過ぎたか?

「ちょ、コウさん怖がらせちゃ」

「すまん、あまり人と喋ることが無いもんでな」



 自分から行動しない事には一定の自信がある。それはつまり、相手から来るまで何もしないという事だ、俺はそうやって生きて来た。

 ゲームでも人が誘って来るまで何もせず、バイトも客が訪ねてくるまでアクションを取らない、もちろん、交友関係も。

 だが今回、今回ばかりはこの生き方を変えなければならない。

 なに、既に変わり始めているのは自覚している。

 思えばこのキッカケは……いやよそう、今はエミマキだ。



「心当たりは、あるみたいだな。俺の予想では、エミマキが幼稚園に行けなかった間に、雄太の誕生会があったのだと考えている」

 エミマキは沈黙していた。体を強張らせて、ずっと膝元を見つめている。

 賢治君も空気を変えようと思ってはいるのだろうが、アクションは起こさない。

 賢治君なら多少なりとも明るい雰囲気に変えてくれるのではと考えたが、流石に無理難題だったか。この雰囲気で行くしかない、もとよりそのつもりだ。



「すまんが、この沈黙は肯定と受け取らせて貰うぞ」

 微かにエミマキの首が縦に動き、皮切りに俺は続けようとしたのだが、

「え、じゃあエミマキとムラサキは関係ない……?」

 賢治君が遮る、だがもっとな発言だ。

「ああ、俺もさっきまでは無関係だと思っていたんだが、もしかすると、エミマキの長期休暇の理由とムラサキは繋がっているんじゃないのか」

 僅かにエミマキへ問いかけるように言う。



 これ以降は俺の創作話、というワケにはいくまい。賢治君が納得しないだろうし、エミマキの不登校も長引くであろう。

「本人が言いたくないなら、言わなくてもいいんじゃないすか……ね。関係無いかもしれないんっすよね? だったらほら、もっと明るい話しましょうよ、雄太のお兄さんが来てからでも、暗い話は遅くないっすよ」

 未だ沈黙するエミマキを代弁するかの様に、賢治君が言う。

 エミマキの不登校を解決したいと言ってきたのは賢治君だろうに。



 どうやら賢治君が考えていた解決と、俺の考えは違うらしい。

 賢治君はエミマキの心を俺や賢治君自身で回復させ、時間を掛けてでも行けるようにする。

 一方俺の解決策は、いじめの原因を知り、それの解決策を練るというもの。

 原因は自分の体へのコンプレックスと、加害者達からの虐め。

 後者は俺個人ではなかなか厳しいものがあるが、前者は解決できるかもしれない。

 俺が予想していた原因よりも手強く、下手をすればよりエミマキの登校を先延ばしにしてしまうだろう。



 だが、

「悪いな賢治君、俺にもう少々コミュニケーション能力があれば、明るい話題を交えながらエミマキの問題を解決できたかもしれない。だけど無いモノはしょうがない、俺はコミュ障で、人の為に、自分の為に行動することすら慣れていない」

 ここで俺が行動しなければ、雄太の死を無碍にしてしまう、そんな気がした。

「だけども、精一杯やる。俺なりにエミマキを助けたい、賢治君の力になりたい。だから頼むエミマキ、お前の過去を教えてくれ」

 頭を下げる。傍から聞けば、随分起伏の無い懇願の言葉だっただろう。だけども俺は全力で頼んだ、足りない分は行動で示す。



「……コットンさんって、正直もっと無気力な人だと思ってました」

「そのとおり、ゲームですら惰性で続けてる」

「そんなコットンさんがどうして、ここまでムラサキについて知ろうと、いえ、私の過去を知りたいんですか」

「変わりたいんだ、変わらないとって思った。何もしない自分、何もしなかった事に後悔し続ける自分を変えようと、雄太が死んだあの日から」

 自分の中にある感情は、従弟の死に何もできなかった自分への償いでは無かった。

 意味を持たせたかったのだ、何もできず、何も成せず消えてしまった雄太の死に、意味を。



 肩に手をそえられ、顔を上げると賢治君の顔があった。

「俺も、雄太が死んで、何も出来ない自分が悔しくて、出来ないならせめて雄太の事をもっと知ろうって。そしたらコウさんと出会って、ムラサキを調べていくうちに、エミマキが学校に来なくなった理由を知って、都合の良いことだけ見て来た自分を、雄太のおかげで、変えないとって思ったんです」



 好青年、漫画の主人公の様な明るい賢治君でも、心の中では雄太の死について、ずっと考えていたんだ。

 そして彼は前へ進み、己の恥を知り、悔いて変わろうとし、変われた。

 ああ、顔を合わせた時の違和感はこれか。

 賢治君は俺から手をそっと離し、エミマキに触れようとするが踏ん切りが付かないようで、その手を戻し頭を掻く。

「なぁエミマキ、さっきと言ってる事は違うけど、俺からも頼む。エミマキの昔の話、聞かせてくれないか」



 エミマキの手がマスクから離れコップに渡り、飲む。

「――私も、二人みたいに変わりたい」

 彼女の一言が、何故だが俺の心に強く響いた。

「ああ、変われるさ、今日から……いや」

 彼女は引き篭もりだった。賢治君はどうやって、彼女と話す機会を作れたのだろうか。

 同じクラスだが、殆ど会話したこともない男子に、不登校の少女は顔を見せるだろうか。

 それに今日だって、断ることも出来ただろう。


 違いない。きっとエミマキは、もう。

「もう変われてるよ、エミマキは」

 ここに居る皆、雄太の死を、心の糧にしていた。

 心の血肉にしていた。

 雄太の死は、無意味なんかじゃない。

 意味は作らずとも、生まれていたんだ。

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