第10話 孝介③-1

 俺は冬が嫌いだ、寒い。

 高校の頃は、寒さの中にある暖かさは猛暑の涼しさよりも快感である、だから冬が好きだ――とかなんとかほざいていた様な気がするが、当時の自分には呆れるばかり。 



『まもなく、都城駅、都城駅に到着致します』



 そんな俺が極寒の中、ゲームをする時間を捨ててまで外出している理由は他にない、賢治君、エミマキ、そして俺自身の為だ。

 先日の夜、エミマキからの連絡が数時間途絶えたかと思うと、祝田君、つまり賢治君と会ったというメッセージが謝罪と同時に送られてきた。



 俺はてっきりエミマキと雄太は同学年程度の関係だろうと思っていたのだが、どうやら同じクラスだったらしい。

 となると必然的に、賢治君とエミマキも知り合いになる。賢治君が心当たりがあると言っていた人物は、エミマキだったのだろう。

『マキダエミ』確かにエミマキというハンドルネームへ成り得る名前だ。それに葬儀の際に貰った不祝儀には、『牧田江美』と確かに書かれていた様な気がする。あまりにも多くの生徒の名前を見たので、うろ覚えではあるが。



 さて。

 閑散という言葉がピッタリな車内の中で、その後エミマキから送られたメッセージを読む。

 エミマキ自身、ムラサキというワードに心当たりは無いらしい、思い出せそうな気はすると言っていたが、未だに良い連絡は貰っていない。

 エミマキの記憶力が悪くない前提での話になるが、彼女がムラサキについての一切を知らないと言うのは不可解だ。



 俺はエミマキ以外の、雄太の同級生とコンタクトを取っていた、人数にして四人。

 もちろん二十代前半の男が高校生といきなり接触できるハズは無く、殆どは雄太の訃報を利用した親御さんを通しての会話だ。

 その会話の中でムラサキの話題を出した。結果、四家全て、ムラサキについての記憶があったのだ。



 どうやら雄太の誕生日会は節分イベントと同時に行われたとのことで、普段とは違う形で行われたらしい。

 よくよく考えれば勝正が只の幼稚園の誕生日会を、いくら兄弟と言えども知るハズが無い。

 親ですら参観に行くかは微妙なところだ。

 そんな特別な誕生日会でのムラサキ発言、だからこそ勝正は俺に笑い話として話し、他の同級生も記憶の差はあれど覚えていた(ムラサキが何だったのかは誰も知らない様だったが)



 となるとエミマキがいくら思い出そうとしても、ムラサキの記憶が蘇らない事が引っかかる。

 もしかしたらエミマキが知らない、思い出せないという事自体が、ヒントになるのでは。



『お待たせいたしました、都城駅、到着です』



 電車が停まりきるまでイスに座り、停車を確認した後、電車から降りる。

 寒風。

 寒すぎる、宮崎とは比べ物にならない寒さだと、ホームへ向かいながら思う。

 よくこの寒さを十八まで耐えていたものだ、賢治君達も凍えているだろう。早い所会って、どこか暖かい場所で話をしよう。



「あっ! コウさんこっちっす!」



 ホームへ出ると、すぐに二人の姿があった。

 あれは多分エミマキだろう、じゃなかったら誰だ。何せ葬式の日に会った以来だ、もともと顔覚えが悪いので、彼女の素顔は曖昧である。

 エミマキと目が合うと、彼女は前髪を触りながらぎこちない礼をしてくる。

 マスクにカーキ色主体のスタジャン、下は裾にかけるにつれて幅が広くなっている黒のワイドパンツ、マスク以外は今季の流行ファッションである。流石現役女子高生と言った所か。

 ……現役、とは言えないかもしれんが。

 まぁ、時間をかけてでも現役に戻してやりたいものだ。



「おう、勝正はまだっぽいな。とりあえず寒いだろ、ファミレスにでも入っておこう」



 二人に片手を軽く上げながら近寄って言う。

 なぜだかエミマキが賢治君の後ろに隠れた。なぜだ、ツイッターで癇に障るツイートでもしてしまったのだろうか。

 だが本人が俺を良く思って居なくとも、エミマキの為に俺は今日、生まれてから数える程しかない本気を出すつもりだ。 

 俺が今日都城に来た理由は二つ。



 一つは雄太の将来の夢だった『ムラサキ』の正体を調べる為。

 もう一つは、エミマキの不登校を解決するためだ。

 


 駅から最寄りのファミレスに、三人で座る。エミマキがどちらに座るか悩んでいたので、老婆心ながら賢治君の隣を案内したのだが。

「わ、私壁側が好きなので……!」

 謎の拘りによって拒否される。気持ちはわからないでもない、俺も壁際は好きだ。

 席を賢治君と替えるのも失礼かと思い、そのまま「了解」と言ってメニューを二人に見えるよう開く。

「好きな物頼んで良いぞ、俺のおごりだ」

 あと勝正のな。



 ファミレスへ向かう途中勝正から連絡があり、一時間程度遅れるとの連絡が入った。

 どうやら利用者の一人が問題を起こしたらしく、その対応をしているとのこと。

 というか今日仕事だったのか。多忙の極である。

 勝正には悪いが、このアクシデントは俺と賢治君にとっては朗報だった。もともと順序としては、こっちの方が都合が良い。



「遠慮して安いの頼まなくて大丈夫だぞ。社会人にとっては、そっちの方が傷つくから」

「俺千円超えてもいいすか!?」

 賢治君が至極嬉しそうに言う。気のせいか分からないが、以前より風体そのものが明るくなっているような気がした。もともと俺とは真逆の少年だったが、今の賢治君は大袈裟だが太陽の様な存在感を放っている。

「ああ、二千円超えても良いぞ、もちろんエミマキもな」

「は、はい!」



 妙に大きい声で返事をするエミマキを横目に見ながら、彼女を観察する。

 容姿はマスクをしているので断定はできないが、悪くはなさそうだ。むしろが優れているあまり、嫉妬で苛められ不登校という可能性すら考えられる。

 手の甲までスタジャンの袖を覆わせているのは寒さからだろうか、いや萌え袖というヤツかもしれない。

 そして服が妙に新しすぎる、新品と言っても差し支えがない。素材上毛玉が出来やすいスタジャンの裾も、毛羽立ち一つなかった。



 この日の為に買ったのだろうか、だとしたら多少の社交性はありそうだ。ありすぎても虐めの対象になるが、その点は彼女の立ち振る舞いを考えると、無いと判断して良いだろう。

 髪の毛は女性らしく艶やか、清潔感もある。

 となると大人しすぎるあまり、虐められることになったのか?

 とりあえず賢治君にラインメッセージを送ろう。



『不登校の理由って、大人しすぎるからとかか?』

 俺が送ると、すぐにスマホを見る賢治君。

 見るなりすぐに「あ!」と大きな感嘆を上げて、スマホに文字を打ち込む。

『すんません、理由教えてなかったっす』

 顔を上げて賢治君を見る。

 知ってたのかコイツ。



 手のひらを合わせ、ごめんなさいと頭を下げる賢治君だが、俺にも責任はある。

 賢治君が不登校の理由を知らないとの前提で事を進めた俺が浅かった。

 理由は、以前賢治君にエミマキの事、不登校の女生徒はいるかと訪ねた際、賢治君からの反応があまりに淡泊だったからである。

 聞いた時は同じクラスかすら知らなかったので、以降エミマキについて聞くことは無かった。

 もしかすると、賢治君もエミマキと会ってから、不登校の理由について知ったのかもしれない。

 それなら筋が通る。



「ちょっとトイレ行ってくる」

 目で賢治君に合図をする。

「あ、じゃあ俺も」

 二人でファミレスのトイレに入り、鍵をかけ、

「知ってるなら早く教えてくれよな」

「さーせん! エミマキに聞いたらコウさんと仲良いって言ってたから、てっきりそこら辺の相談をしてるもんだと」



 賢治君の言い分には素直に頷いた。ネットの糸のような繋がりを知らない人間にしてみれば、確かにエミマキが俺に相談したと思っても不思議では無い。

「ああ、いや。俺も同じクラスって知った時点で、もう一度聞けば良かったんだ」

 淡泊な返答をされたことが枷になったが、ここで聞いておけば良かった。

 もしくは、



「賢治君が俺にエミマキの不登校を解決してほしいって頼んできた時にもな」

 俺はラインやツイッターで、最低限の返信しかしない。それが仇となった。

 俺は小さく溜め息を付き、

「まぁ、そこら辺はどうでもいい、こっからだ」

 不登校の理由を予め知っていれば、それなりの解決策を考えてこられたかもしれんが、もとよりぶっつけ本番の予定だったのだ。大した問題では無い。

 賢治君から不登校になった理由を手短に聞く。原因は痣らしい、現在は消えているとのこと。だがマスクは着けたままだ。

 なるほど、見た目か。



「賢治君、一つ聞いていいか」

「なんすか?」

「エミマキってマスクとっても可愛いか?」

「は?」と語尾を上げて言う賢治君、そして僅かに時間を置き、

「っと、まぁ、結構可愛い方じゃないっすか。モテると思いますよフツーに」

 若干顔を赤くさせる賢治君、恥ずかしい思いをさせてしまった様だ。

「悪いな、それだけ聞ければ良い。戻ろう」

 痣が原因で虐められたのならば、主犯は女生徒だろう。

 エミマキの容姿に嫉妬し、彼女の汚点を執拗に貶したのだ。

 だがそれなら、エミマキの不登校を解決できる可能性は十分にある。

 同時に、俺はムラサキについて一つの回答を見つけた。



「何笑ってるんすか?」

 俺と賢治君の仲がもう少し縮まって居れば、気持ち悪いの一言も付け加えられそうなニュアンスで言われる。

「ああ、もしかするとムラサキとエミマキの不登校を同時に解決出来るかもしれん」

 釈然としない賢治君を連れて、トイレを後にした。

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