第7話 孝介⓶

ここ最近ゲームをしていない。

 雄太が、従弟が亡くなって二週間。俺はゲームにすら意欲を見いだせず、ただネットサーフィンをするだけの毎日を過ごしていた。

 ただ一つだけ変化はあった。俺の心境の変化などではない、交友関係である。

 


エミマキ『日本リーグ二十位!』



 呟きには、エミマキの日本ランキングを証明する画像も添付されていた。

 学校行け、学校。

 驚いたことに、エミマキは本物の女子高生だったらしい。不登校ではあるが、立派な学生だ。

 俺がその事実を知ったのは、雄太の告別式。



 フードを深く被った少女が、受付中の俺に声をかけて来た。エミマキである。

 確かに受付を担当する旨をツイートした記憶があり、エミマキは俺に不祝儀を渡した後、本当に小さな声で「コットンさんですか」と言ってきた。

 一瞬驚いたが、長い間このハンドルネームで通して来たのでこういう事もある。

 はいとだけ言って、既にお経が始まっていた葬儀場へエミマキを通した。 

 エミマキとのリアルでの交流はこの時だけだったが、葬儀が終わった後、俺から声をかけた。



「まさかエミマキが従弟と同じ学校だとは知らなかったよ、来てくれてありがとう」

 エミマキだという確証はあった。彼女も知人が亡くなったというツイートはしていたからだ。

 嫌な偶然もあるな、と思ったが、偶然のベクトルが違った。

 エミマキはフードを深く被っていて表情は殆どわからず、深く頭を下げるだけ下げて、駆け足で帰って行った。

 ただ振り返り時に、一滴の涙が地面に落ちたのを、俺は鮮明に覚えている。

 エミマキは雄太の為に泣いてくれたのだ。

 一般代表の、雄太の友人である賢治君も泣いてくれていた。彼の言葉は俺に強く響き、その時初めて、俺も雄太の為に泣いた。



 さて。

 そろそろ支度をしなければならない、今日はいつもギリギリで行動している俺でも、余裕を持って動かねば。

 今日は実家、都城に再び帰る予定を立てていた、両親と祖父母に会いに行くのだ。

 あまり気は進まなかったが、祖父母もいつ死ぬかわからない年齢だ、心身共に健康なハズだが、もしものことがある、会えるのは最後かもしれない。

 そう思うと、母からの帰省を促すラインにも、ノーとは言えなかった。

 祖父が俺と一緒にビールを飲みたいそうだ。

 祖父はひょうきんな性格だが、心は酷く痛めているだろう、俺もそれなりに、痛めている。

 少しでも孝行になれば、酒の付き合いだけで祖父に喜んで貰えるのなら、俺の片道千円の交通費も安いモノだ。

 


「おぉ! コウ! 大きくなったなぁ、少しまた痩せちょらせんか?」

 祖父母の家に入って早々、祖父の言葉。

 真昼と言うのに顔は赤くなっていて、机には霧島焼酎のボトルが置かれていた。

 既に飲んでいるとは。

「ゆっくりしなさいね、前来た時はバタバタしとったから」

 祖母が言う、普段祖父が昼間に焼酎を飲ませないようにしているのだが、今日は特別な日のようだ。



 そして祖父母以外に、あまり見慣れない顔があった。

「あ、お邪魔しています。えっと、確か受付の」

 俺とは真反対の活発そうな好青年。雄太の親友だった賢治君だ。

「コウでいいよ、俺も下の名前しか知らないから、賢治君だよね?」

 一応確認、賢治君はハイと素早く頷く。



「ばあちゃん、どうして賢治君が?」

 直接本人に聞くのは棘があるなと思い、祖母にとりあえず聞いたのだが、祖母が皺の多い口を開く前に賢治君が応えた。

「俺、雄太の事がもっと知りたくて。雄太の好きだったモノとか、俺と雄太が会う前の話とか」

 なるほどな、と納得。

 しかし、

「それなら雄太の母親に聞くのが普通じゃないか? じい、俺達の祖父母も雄太とは家が近かったから、肉親の中では詳しい方だと思う、だが母親、兄の勝正とは比べるまでもない」



 俺は正しいこと言った、その証拠に周りは静かになったのだが、妙に静けさの質が違う。

 まるで俺が気まずい、何かしらの地雷を踏んでしまったように。

 今も顔を赤くさせている祖父も、何も喋らない、よほどの地雷を踏んだと見える。

 俺が狼狽すると、祖母が俺の腕に触れ、

「雄ちゃんのお母さん、ちいとだけ気分が悪い日が続いとるみたいでね、今朝も賢治君が行ったみたいなんじゃけど、返事が返ってこなかったみたいで」



 場の空気が更に沈む。いやはや申し訳ない、これは地雷である。

「――まぁ、すぐ元気になるじゃろ! ほれコウ、座らんか。あと母さんコップ」

 こういう時いつも場を変えるのは祖父である、空気が読めるのか読めないのか、長い付き合いだが未だにわからない。

「じいちゃん、コップってまさか昼間から飲ませようとしてる?」

「仕事休みとったんじゃろ? ええじゃろタマには! のぅ賢治君!」

「えっ、あっ! どうすかね、えっと……」

 助け船を求めている賢治君である。



「コウくん、悪いけど付き合ってくれんね? このままじゃ賢治君が飲まされてしまいそうで」

 確かにそれはマズい、更に今の賢治君の困り顔を見るに、ここへ来てから何度も祖父から飲酒を勧められたようにも思える。

 もちろん冗談だろうが、言われる本人はたまったもんじゃない。

「わかった、少しだけ」

 言って、席に座る。

 賢治君と目が合いまるで感謝をするような礼をされた、俺の予想は当たっていた様だ。



「飲みんさい飲みんさい! コウと飲むのは初めてじゃのう、勝正は酒に弱いと言うし、他の孫は皆遠くじゃから、飲めるのはコウだけじゃ! ゆうとも飲みたかったんじゃが……おっと」

 こりゃ失敬と、ツルツルの頭を掻く祖父。

 うん、やはり空気は読めない様だ。



「ということは、もう何度かこっちの家に来てるって事か」

「はい! これで三回目、です」

 酒を飲み始めてから三十分余り、俺と賢治は初対面なりに交友を深めていた。

 本来こういう席で会話を弾ませないことに長けている自分ではあるが、今回ばかりはそうも言ってられない。



 何しろ雄太の友人であり、雄太が死して尚、俺達肉親と交流を図ろうとしている好青年だ。頭は風体から察するにそこまで良いワケじゃなさそうだが、いわゆる不良の類ではないとは断言できる。

 賢治君が言う。

「最初におじちゃん達に会ったのは、雄太の家の前でした。チャイムを押しても誰も出なくて、帰ろうと思った所におじちゃんが来て、この家に上がらせて貰ったんです」



 なるほど、確かに祖父母の家と南篠家の距離はかなり近い。自転車で5分もかからない近距離だ。

「どっかで見たことある顔じゃったし、ユウと同じくらいの歳やったからピンときたんよ、ユウの友達やろなって」

 言って、グイとグラスの焼酎を飲み切る祖父。

 それならこの場所に賢治君が居るのも納得だ。おそらく二度目も似た様な状況になったのだろう、さっきの雰囲気から見るに、雄太と勝正の母親は相当に傷心しているのは間違いない。

 それを賢治君も理解して、三度目はここに来たと。



「それにしても偶然だな。当たり前だけど、賢治君が居るなんて思わなかったよ。そう何度も来ているワケじゃないだろ? 俺も滅多にこっちへは帰らないから、なかなか面白い偶然だ」

 賢治君には葬儀の日以来、多少の興味があった。といっても自分から交友をしに行こうなどとは思わなかったが。

 これは賢治君への興味が低かったという理由からくるものじゃなく、ただ単に俺が面倒くさがりなだけである。

 それが偶然にも、こうして話すことができた。初対面である賢治君となるべく会話しようとしているのも、そこから来ている部分が大きい。



「そうじゃのう、ワシが会せよう思って賢治君をなんとか長居させよったのもあるが、日付は何も賢治君には言っとらんかの」

 一体どれだけ長居させているのだろうか。 

 賢治君を見ると目が合い愛想笑いを返してくる。祖父の出来上がりぶりを見るに、二時間は経っていそうだ。

「賢治君、用事もあるだろうから、帰りたい時はいつでも言いなよ」



 多少の世間話を彼としたい気持ちはあったが、迷惑を掛けるほどじゃない。

 ところが賢治君は「いえいえ」との返事。

 俺は気を利かせて言ったつもりだったのだが。

「えっとコウさんからも雄太の事、聞きたくて。だから自分も帰らないで待ってたんです。従兄だから知ってる雄太も、居ると思いますから」



 居るのだろうか。

 従弟の中では南篠家は最も仲の良かった親族だ。たまに会う弟のような感じで、勝正、雄太とは仲良くしていた。

 だがそれだけだ。雄太の事を深く知っているかと言われると、まだ親友である賢治君の方が理解しているような気がしてならない。

「どうだろうか、期待に応えられる程、雄太のことは知らないと思うが」



 そこまで言って、俺は気付いた。

 俺も雄太の事を知らない。

 従弟として接した雄太の事は見ていても、学校での雄太、家族と会話する雄太を俺は知らない。

 当たり前の事、当たり前だ。だけども若くして死んでしまった雄太のことを想うと、どこか罪悪感にも似た感情が湧いてくるのを感じる。



 賢治君を見る。おそらくは賢治君も俺と似た様な感情を持ったのだろう。

 雄太のことを少しでも知って、雄太への手向けにしたいのだ。

 自己満足ではあるが、それでいい。

 俺は太い眉毛をへの時にしている、困り顔の賢治君に言う。



「いや、さっきのは忘れてくれ。俺で良かったら、なんでも話そう……と言っても、賢治君が知らない雄太だから、俺から話していかないとダメか」

 苦手な作業だが、俺の自己満足と賢治君の自己満足の為だ。

 雄太の為、なんて大層な言葉を使うのは気が引ける。



「そうだな、じゃあ俺が面白いと思った出来事を話すか。雄太がまだ学校にも行ってない頃、幼稚園だな。そこで賢治君の所もあったかどうかはわからないが、誕生日の日はインタビューを受けるというのが普通だったらしく」

「ああ、俺の所にもありましたよ。将来の夢とか、好きな食べ物とか言うヤツですよね。いや懐かしいなぁ」

 頷きで返す、ちなみに俺の幼稚園にもこの文化はあった。



「そこで、例に漏れず雄太も将来の夢を聞かれたワケだ。そこで何て雄太は言ったと思う?

普通ならウルトラマンとか、仮面ライダーとか、その時の戦隊モノの名前言うだろ? 後はスポーツ選手か。ところが雄太は違ったんだ、誰も予想しないことを雄太は言った」

 ワザとらしくタメを作る。



「ムラサキ」

「ん?」

 クエスチョンマークを出す賢治君、当然である。

「だからムラサキさ、雄太の将来の夢は、ムラサキだったんだよ」

 瞬間、飛沫が目の前に飛ぶ。正体は祖父である。祖父が盛大に酒を吹いたのだ。

「わはは! なんじゃあそりゃ! 雄太もヘンなモノになりたかったんじゃのう」

 言って「かあさんタオル!」と言いながらティッシュで飛沫を拭いていく祖父。



「大丈夫賢治君、かからなかった?」

「あ、いえ! ゼンゼン大丈夫っす!」

 気付くと賢治君の顔は笑っていた、俺の知っているエピソードは好評だったらしい。

「それ作り話じゃないんすか? あの雄太が大勢の前で冗談言うとは思えないんすけど」

 雄太は基本的に真面目だった。それにかなりの人見知りで、誕生日会で冗談を言うような性格ではない。



「俺と勝正がこの話をする度に、雄太は毎回不機嫌になるんだ。だからおそらく、冗談じゃない、雄太は本当にムラサキになりたかったんだ」

「ははっ、変っすね雄太も!」

 笑う賢治君、それなりに心を開いてくれた様だ、先輩に話しかけるような口調になっているのもその証拠だろう。

「好きな色と聞き間違えたのかって聞いても、首を横に振っていたんだよ。当時のアニメキャラにも、ムラサキなんていなかった」

「色になりたいって、子供らしいんすかね?どっちって言うと、哲学的な気もするんすけど」



 コップに注がれたコーラを飲む賢治君、俺がコーラを好んでいるから、祖父母が買っておいたのだろう。

「確かに幼少の頃から雄太は賢かったが、年齢にしては、だからなぁ。哲学的な考えは持ってなかったと思うぞ」

 どこぞの探偵アニメみたいに、頭脳は大人だった。なんてことが無い限りは。



「うーん、でも雄太がそんな事言うとは思えないんすよねぇ」

「それが賢治君の言う、自分の知らない雄太ってヤツじゃないのか?」

 しぶしぶ頷く賢治君、だがあまり納得はしていないようだ。

 実際、俺も自分の発言には疑問符が浮かぶ。俺は雄太がムラサキと言った時の雄太を知っているが、そんなこと言うヤツじゃなかった。だからこそ面白いエピソードとして賢治君へ語ったのだが、よくよく考えると何故雄太がムラサキと言ったのかは不明だ。



「気になるか?」

「そうっすね、雄太がなりたかったものを知りたい気持ちはあります」

 単に雄太が緊張して間違えた答えを言ったか、聞き間違いか、もしくは本当に『ムラサキ』になりたかったのか。

 俺は賢治君に言った。

「じゃあ、まずは勝正に聞くか。あ、雄太の兄の名前だ。俺も直接ムラサキ発言を聞いたわけじゃなくて、勝正から聞いたんだ」

 勝正へラインを送る。日付は土曜なので普通は休日だが、多分仕事だろう。



 それからしばらく雄太の思い出話をし、一時間が経過した。

「まだ連絡こないんすか?」

 俺は頷く。やはり仕事らしい、世間で言われている通り、介護職は過酷な職業の様だ。

 といっても俺もフリーターとは言え接客業なので、殆どの土日祝日は仕事になっているのだが。



「勝正から連絡が来たら、連絡するか。ラインはやってるよな」

「もちろんっす、今時やってない高校生居ないんじゃないすか?」

 まぁ確かに。俺が学生の頃はまだメールが主流だったな。今じゃ友人間だと殆ど使われていないのが、時代の流れを感じる。

「電話越しでなるだけ聞いてみるから、楽しみにな」

「うっす!」

 ……と言っても、勝正もムラサキの事は知らないだろうが。

 だが連絡するには良いイベントだ。なんだかんだ初七日以降、勝正とは一切のやり取りをしていない。



 これを機に、勝正の気分を上向きにできれば良いのだが。

 まぁ、もしかすると別の誰かが、その役割を果たしてくれているのかもしれんが。

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