第5話 賢治①

 何が何だか俺はわからない。

 雄太が死んだ何て嘘に決まってるだろ。宿題一緒にやる約束もしてたし、カラオケに行く約束も終業式の校長先生の話の途中でした。というか今日が約束の日だった。

 けど昨日来た連絡網では雄太は死んだと言っていて、もう雄太に会うことは出来ないらしい。



 意味不明だった。

 でも俺の理解をよそに、世界は雄太の死を肯定していく。

 葬式が行われる場所の近くまでくると、南篠雄太と書かれた葬儀場を案内する看板が目に入る。

 同じように学ランを来て、葬式に向かっているだろう奴を何回も見た。同じクラスの奴も居れば、別のクラス、上級生の姿もあった。

 少し仲の良いヤツが俺に話しかけてきたが、一緒には行かなかった。

 一人で歩きたかった。



 雄太と俺は、一番の親友だった。

 中学二年の時に同じクラスになって、雄太とはすぐに打ち解けた。といっても、俺から無理矢理仲良くなったようなもんだけど。

 雄太は大人しかった。雄の名に似つかわしくなく、優っていう字の方がピッタリ来るくらい。あ、太って字はピッタリだったけど。



 一方俺も似た様なモンで、祝田の姓はともかく、賢治なんて名前とはかけ離れた性格、自分で言うのもなんだが頭は良く無いし大人しくも無い。

 俺と雄太は見た目も相まって、凸凹コンビなんて言われたりもした。本当にどうして仲良くなろうと思ったのか自分でもわからないが、妙に惹かれるモノがあったんだと思う。



 高校も気が合ったのか、同じ学科に入った。偶然かは分からないが、雄太の学力を考えると、もっと上の学校にも行けたハズ。もしかすると俺に付いてきたのかもしれない。特にやりたいことは無い、とか言ってたし。



 まぁ、そんくらい仲が良かったんだ。

 きっと大人になっても、一緒に酒を飲んだり、仕事のグチを言い合ったり、たまに一緒に旅行に行ったり、とか色々するハズ――

 だったんだけどな。


 

 葬式会場に入ると、受付がすぐに見えた。

 受付の人と目が合って、まず相手が礼をしてきた。

 背がけっこう高めで、二十歳前後の細身の男。前に受付をした人への対応を見る限り、手慣れていたのでここ従業員か? それとも雄太の親戚だろうか。

 俺も礼をして、受付を行う。



「学校の関係者でよろしかったでしょうか」

「あ、はい、同じクラスです」



 やっぱり手慣れている、大変だなと素直に思った。葬儀に慣れるって、なんだが少し悲しいことの様に思えた。

 親に渡されたお金を渡すと、お礼の品の様なモノを渡され、中に案内される。

 既に何人も中に入っていて、大体席は半分くらい埋まっていた。

 来た順に座っている様だったので、俺も流れるまま座る。



 前を見ると、雄太の顔写真が大きく正面に置かれていて、その隣に男の人の写真も飾ってあった。

 雄太から聞いたことがある。雄太の父ちゃんは小さい頃に癌で亡くなっていて、お母さんしか居ないと。多分、写真の人が父ちゃんなんだろう。

 式場に流れるオルゴール調の静かな音楽が、妙に雄太が死んだ事実を実感させてくる。もっと明るい音楽にすればとも一瞬思ったけど、そうなると逆にふざけてるのかとなるので、そのままで良いという結論にした。



 音楽で哀愁を演出するなんて、卑怯だと思う。既にこの場の独特な雰囲気に感化されたのか、すすり泣く女生徒の声も聞こえて来た。女子はこういう場面で泣きやすいだろうな。

 俺もどちらかと言うと感情の起伏が激しいタチなので、ここに来たら泣くものだと思っていた。でも、実際は涙の出る気配が無い。



 実感が無いんだ、あまりにも唐突過ぎて。

 終業式の日も普通に話してたし、まだそれから一週間も経ってない。

 多分、何の実感もなくこの告別式は終わってしまうんだろう。学校を代表して言う事になっている別れの言葉も、多分流れ作業で終わるんだろう。少なくとも今の気持ちでは。



 二百くらいの席が埋まったあたりで、お坊さんが来てお経を唱え始めた。

 ただ俺は意味もわからないお経を聞くだけだったのが、周りからはすすり泣きが次々と聞こえてくる。殆どは女子だったけど、中には男の泣き声もあった。

 つられ泣きは保育園の頃に経験したことがある。多分本能的な部分で、つられてしまうんだろう。

 だが俺は泣かなかった、そんな安っぽい形で泣きたくなかったし、泣こうとも思わない。

 泣いたら雄太の死を完全に認めてしまうような、そんな気もした。



 少しして、親族の人達が順番に焼香を始めた。

 一番最初は南篠家の二人、雄太の母ちゃんと、兄ちゃん。

 二人が一般客席を向いて礼をしたので、俺も返す。

 お母さんは何度か見たことがあるが、その時感じたマイペースそうな雰囲気は全く感じない。



 お兄さんは眼鏡をかけている所以外、大きな変化は無かった。年齢は確か二十歳は超えていたと思う。大学に行ってるのかは知らないけど、消沈しているお母さんをしっかりフォローしている所を見るに、仕事はしてるのかもしれない。しっかりしている。


 身長は雄太より少し高いくらいか、百七十あるかないか。髪は雄太と一緒でスポーツ刈り、体系は普通よりちょっと太め、これも前あった時と変わらない。

 二人が焼香を終えて着席し、次々と親族がこちらに礼をしてくる。

 その中には、俺がこの葬儀場の従業員だと思った人も居た。どうやら俺の予想は外れたらしい。何度か葬儀の経験が、あるのかもしれない。

 男の人を見る。細身で超高身長とは言わないけど、雄太のお兄さんよりかなり高いだろう。背筋はピンとしていて髪は少し長めで真っ黒。いかにも真面目そうな人だ。



 何分かして、次は俺達一般が焼香をする番になった。自分の番が近付くにつれて、心がごわつくような感覚が強くなっていく。

 ごわごわするんだ。緊張とも、悲しみとも、わからない感覚、生まれて初めてだった。



 けどのこの感覚はマイナスな感情なんだろうというのは、理解できた。

 隣のヤツが席を立つ。俺も続いて起立し、一歩一歩少しづつ雄太が入っている棺桶に近づいていく。棺桶の位置からして焼香のある場所からでは、雄太の顔は見られないだろう。



 焼香をする場所は三人分用意されていて、俺は右端に立った。

 前を見る、雄太の写真。

 すこしニヤついたような表情の写真には、見覚えがあった。高校の一学期、レクリエーションの一環で遠足に行った時に撮ったやつだ。

 加工されているので雄太しか映っていないが、その隣には俺も居た。

 肉ばっか入ってる弁当を見てからかったのを覚えている。そんで、どっちが早く弁当食い終わるかなんて勝負をして、勝負は俺の勝ち。雄太は太ってるけど食うのは遅いんだ。



 高校に入ってから痩せるなんて言ってたけど、結局ダイエットする素振りを俺は見ていない。

 もしかしたら、これからダイエットするつもりだったのかもな。痩せたら彼女作るなんて言ってたし、そん時はどっちが早く作れるか勝負する約束もしただろう。

 焼香をしている間、そんな事を考えてしまった。考え出すと、止まらなかった。



 席に戻っても、雄太の事を思い出す事を止められない。これ以上続けたら自分がどうにかなってしまうような気がした。心のごわつきが、どんどん大きくなっていく。吐き出してしまいたかった。

 次第に、お経と葬儀場に流れる音楽が静かになっていく。お経が完全に止まると数秒後、音楽も止まる。

 そして、和尚さんが俺達に振り返り語りだした。



 内容はあまり頭に入ってこなかったが、良い人ほど人間界で修行しなくて良いからすぐに死んでしまうとか、雄太がこの日に死ぬのは運命だったとか、人間何が起こるかわからないから、一日一日を大事に生きましょうとか、そんなこと。



 和尚さんの話が終わると、一般代表のお言葉ですと、聞こえてくる。

 俺だ。宿題は出さない俺だが流石に今回は昨日の夜書いておいた。席を立つと同時に、ポケットから紙を取り出す。

 歩いていく。雄太の事を思い出すばかりで気付かなかったが、殆どの人が涙を流していた。



 紙を開く。

 声を。

 声を。

 ああ、クソ。



 出せなかった。今声を出したら、俺の中に今溜まってるもんが全部出てしまいそうで、声を出せなかった。

 棺桶を見る。雄太の顔は見えないが、間違いなくそこに雄太は入っていて、告別式が終わると、骨になって帰って来る。

 もう雄太には会えない。ここで最後なんだ。

 だったら少しくらい、恥ずかしい声でも姿でも、良いんじゃないか。

 ここで何も言えずに別れる方が、よっぽど後悔するんじゃないか。

 俺は吐き出した。



「雄太、俺が初めてお前に話しかけた日、覚えてるか。覚えてるワケないか、でも俺はけっこう、勇気だしたんだぜ」



 そういや紙、見てないな。まぁいいか、あれは本当に雄太に言いたい事じゃない。



「多分さ、雄太に喋りかけなくても、俺は多分友達を作れたと思う。でも俺は、雄太と友達になりたかったんだ」



 放課後、何人か生徒が残ってる教室で雄太は日直。俺は確か、親の車を待ってた。

 次第に生徒が居なくなっていく中で、俺と雄太、そしてもう一人だけ、教室に残っていた奴がいた。女生徒で、動きから探し物をしているのだと分かった。



「お前が女子に声かけたの見た時、けっこう驚いたんだぜ、全然女子と話すタイプに見えなかったし、そもそも自分から話すタイプでもなさそうだったからな」



 実際これは当たりで、雄太が自分から喋ることはこれ以降も滅多に無かった。



「お前も勇気要ったろ、でもお前は優しいから、勇気を出して一緒に探し物を探そうとしたんだ」



 結局探し物は見つからなかったようで、女子は雄太へ礼をして教室を出た。見てみると、探している最中に机の配列が崩れてしまっていた。



「なんかさ、普段はこういうの気にしないんだけどよ、たまたま、ホントたまたま一人じゃ大変だなって思ってよ、手伝おうかって言ったんだ。それが俺とお前の始まり」



 雄太は、思い出してくれただろうか。



「すげー優しいヤツだったよな、お前。あんま喋らねぇし、俺馬鹿だから、たまに勘違いして喧嘩することもあったけどさ、すげぇ、良いヤツだったんだよ」



 結局俺は雄太の真の優しさに魅力を感じて、友達になりたいと思ったんだ。



「きっとさ、これからもお前とは仲良く学校で話して、受験とか就職の相談とかもしてよ、大人になったら酒飲んで、仕事のグチとかも言ってよ。嫁が出来たら嫁の自慢したり、子どもの自慢も、ジジイになったら二人でのんびり散歩したり、そんな感じで、ずっと親友でよ、居られると勝手に思っててよ、俺は、俺は……」



 もう俺は、雄太には会えない、雄太は死んだのだから、もう、一緒に笑ったり、泣いたり、喧嘩することさえも叶わない。

 俺は失ってしまった。人生で一番の親友を、失ってしまったんだ。

 認めてしまってから、俺は立ったまま泣いた。皆も泣いていた。

 雄太は帰ってこない、どうすることもできない。

 なら、



「ゆ、雄太はもう、帰ってこない。だからよ、だからさ、俺がさ、最期に言う言葉はさ、やっぱ、悲しいのは嫌だからっ」



 鼻水の混じる声、雄太は、しっかり聞き取ってくれるだろうか。



「――ありがとう、雄太」



 今まで、俺と友達でいてくれて、ありがとう雄太。お前も俺が友達で良かったって、少しでも思ってくれてると、嬉しいな。

 やりたかったことの殆どは出来ず仕舞いに終わってしまったけど、俺は雄太と出会えて本当に良かったよ、またさ、天国で会う時はさ、友達として仲良くやろうな。

 

 さよなら、雄太。

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