第4話 エミマキ①

 夜、電話がきた。

 私は出ていないけれど、お母さんが電話に出て、その内容を私に教えてくれた。

 私のクラスメイトの一人である、南篠雄太君が急に亡くなってしまったらしい。

 明日告別式があるので、生徒はなるべく参加して欲しいとの電話だったようだ。

 母親から話を聞いた時、あまり感情を表に出せない私でも、「え」と声を出して驚いた。



 雄太くんは確か、けっこう太ってる人だったハズ、間違いない。特定の人を除いて顔と名前が一致しないけど、雄太君は特徴があったから覚えていた。

 お母さんは「行く?」と聞いてくる、普通は即答する場面、でも私は返事ができなかった。



 私だって、行きたい気持ちはある。でも行ったらゼッタイ、あの人達も来ているだろうから。

 返事をしないで俯いている私にお母さんは溜め息を吐いて、私の部屋のドアを閉めた。



 二ヶ月も一緒に勉強してないけど、雄太君を弔う気持ちはある。でも、私はあの人達と会いたくない、会ったらまた、きっと言われる。

 そう言えば、コットンさんの従弟も亡くなったって言ってたっけ。私と同じ年とも言っていたから、雄太君とタイミングは近い。

 ネットで冬場は死人が出やすいって聞いたことがあるけど、あながち間違いじゃなさそうだ。


 ……。


 ゲームでも、やろうかな。

 雄太君には申し訳ないけど、私は告別式には行かないだろう。

 何か行かなければならない理由があれば、話は違ってくるけど、自由参加なら、私の人生を狂わせたあの人たちとは会いたくない。



 パソコンの電源を付けて、ゲームを起動する。

 ヒーローオブレジェンズっていうゲームで、不登校になって以降の殆どはこのゲームに費やしてきた。

 完全に現実逃避で、決して良い事じゃないのは理解してる。



 でもそれでも、このゲームが私の生きがいになっている事は確かで、私が今も生きていられる大きな理由だ。

 何気なく始めたゲームだけど色んな人と話せたし、もっと上手くなりたいと思えてから死のうとは思わなくなった。

 もし私がこのゲームに出会えずに、生きがいを見つけていなかったら、死んではいないにしても、この腕にある傷の数は一つどころじゃないだろう。



 一応フレンド欄を探してみるけど、コットンさんは居なかった。私が初めてこのゲームでフレンドになった人で、一番色々教えてくれた人。

 コットンさんは実家に帰っているハズ、ツイッターでもそんな呟きをしていた。

 コットンさんは時々意味深というか、自分を卑下する呟きをよくする変わった人。

 このゲームで女の人は希少らしく、自分で言うのも何だがちやほやされているのだけれど、コットンさんは最初から態度を変えないで接してくれている。

 ネカマだと思われてるのかもしれないけど、一番気軽に話せる人だった、変な下心みたいなのを感じないから。



 一番親身になってゲームを教えてくれたのもコットンさんだ。他の人はすぐ通話しようだとか、私を変な目で女としてしか見ていなくて、あんまり教えてくれない。

 ゲームの男女トラブルに巻き込まれた時に助けてくれたのも、コットンさん。別の男の人とヒーローオブレジェンズをしていたら、妙な因縁を男の人の彼女さんに付けられて……ネットのトラブルに慣れていなかった私は、ゲームをやめようかなと思うほど追い詰められていた。

 そこでどこから聞いたのかコットンさんが助け舟を出してくれて、何とか事なきを得たのだ。



 このゲームが私の命の恩人であるならば、コットンさんもまた、命の恩人だ。

 コットンさんに恋愛感情があるワケじゃないけれど、一番仲のいい人はコットンさんだ。

 だから自然と、フレンド欄やツイッターで呟いていないか確認してしまう。



コットン『商業の生徒も明日来るらしい。よく考えれば当然か』

コットン『つか明日五時起きだ、普段の就寝時間なんだが? おいおいおい、死ぬわ俺』


 

 連投された呟きを見て、思うことが二つ。

 まず一つは大変そうだな、という労いの気持ち。健康的な生活をしていないであろうコットンさんにとって、規則正しい生活に一瞬で変わるのは難しい。

 私も一時期昼夜逆転の生活をしていたことがあるけど、元に戻るにはかなりの時間と精神力を使った。体内時計はそう簡単に弄れない設計になっているのが人間なんだと思う。



 そしてもう一つ、こっちの方が大事。

 商業というワードだ。生徒と書いてあるから、間違いなく商業高校を指しているだろう。

 つまり亡くなられたコットンさんの従弟は商業高校の生徒ということになる。

 そして、私の通っていた高校も商業高校で、学年も一緒。

 偶然にしては出来すぎなんじゃないだろうか。

 同じ年齢、同じ専門系の学校、同じ時期。

 高校生でこの世から居なくなってしまうなんて、そうそうあるワケが無い。

 もしかしたらコットンさんの従弟は、雄太君なんじゃ。



 ホントに偶然という可能性もある。私が思っている以上に、人は簡単に死んでしまうのかもしれないし。

 確かめる方法はある、明日私が雄太君の告別式に参加すれば良いだけの話だ。

 コットンさんには一度会ってみたいと思っていた。この気持ちと、雄太君を弔いたい気持ちを、あの人達に合いたくない気持ちとで天秤にかけてみる。



 ……うん、これなら行けそうな気がする。

 クラスの人とはなるべく顔を合わせないようにしよう、そもそも何か月も会ってないし髪も短くなっているから、気付かれない気もする。

 甘い考えなのはわかっているけれど、こうでもしないとやっと行こうと思った気持ちが消えてしまいそうだった。



 かけっぱなしにされてある紺の制服を見て、ふうと気合を入れる。

 行こう。

 私はお母さんに告別式の詳細を聞きに、階段を降りた。

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