第3話  孝介①

 目覚めたのは昼の一時、スマホを覗いたのは半過ぎだった。低血圧は起きてから行動するのに時間がかかるのだ、しょうがない。

 そこには滅多に通知が来ないラインのアイコン、十中八九、母親からだろう。なぜ母親からだと分かるのかは、普段俺がラインでやり取りしている相手が、母親のみだからである。

 パスワードを解除して、ラインを開く。



さとちゃん『雄太が死んだ……』 



 意味がわからなかった。あまりに唐突すぎて、冗談としか思えない。季節外れのエイプリルフールとでもしゃれ込みたいのか?

 冗談なら次会った時、仮に親であろうと説教の一つは言わねばならない。人の死を冗談として扱うのは趣味が悪すぎる。

 だが、冷静にこれは冗談などではなく、本気で言ってるのだと理解している自分も居た。母はこんな冗談を言う人間では無い。むしろ今の俺の様にこういった冗談に怒るタイプだ。



コットン『マジすか』

コットン『嘘だったら流石に怒りますよ』


 

 とりあえずここまで書いて送り、母親からの返信を待つ。これほどまでラインで相手からの返信を待ちわびたことは、今まで一度たりとて存在しない。

 この理由の大部分は、俺にラインでやり取りする程仲の良い友人、知人が居ないからなのだが。

 数十分して既読が付き、着信が入る。



「もしもし、コウくん?――」


 

 ――電話を切る。

 五分にも満たない電話だったが、その内容はあまりに重かった。

 雄太が、俺の従弟が本当に死んだらしい。死因は特定中とのこと。

 母から聞いた限りでは、朝起きたら動かなくなっていたという、急死というヤツだ。

 急死、なんて現実に起こりえるのだろうか。しかも肉親に。



 成人して一人暮らしを始めて以降、祖父母や従兄弟達とのやり取りは殆ど無かった。

 その間に、もしかしたら雄太に病気が見つかって、闘病とは言わずとも、病を患いながらの生活を送っていたのかもしれない。それが悪化し、突然の死。

 予想はしてみるが、納得できるモノではなかった。第一死の可能性がある病気なら、流石に疎遠な俺にでも親づてで耳に入ってくる。



 母親の様子から見ても、そんな大層な病気を患っていたわけではなさそうだ。

 となると自殺か? 確かに雄太は、内側に不満を抱え込む人間だった。不満や愚痴を言っていた姿は見たことが無い。もしかすると高校で虐めを受けていたのかもしれない。 

 思考するだけ無駄だとはわかりつつも、考えずにはいられなかった。



 さて。


 とりあえずパソコンを付ける。

 普通の人間からしてみればこの行動は異常なのだろうが、俺は至って真面目である。

 すぐにツイッターを開いて、こう呟いた。



コットン『いとこが死んだっぽい』


  

 もう一つの人生と言っても過言ではないネット社会、こちらにはそれなりに知り合いが居た。

 問題はネット人生に重点を置きすぎて、リアル社会に多大な影響を及ぼしてしまっている点だが、これは置いておく。

 呟いた理由は特に無い。強いて言えば、自分が冷静になるため。



 従弟が死んだと言われても、全く実感が湧いていない。母親も口では残念そうだったが、雄太の死を受け止めきれてはいないだろう。

 頭にあるのはクエスチョンマーク。そして何時の電車で都城へ帰るか。あとは――自分がやっているゲームについて。



駄目人間である。日常的な事も考えてしまっている自分に呆れながらも、しょうがない、それが俺なのだからと諦める自分も居るのがなんとも駄目人間らしい。

 そう考えていると、俺の呟きに反応があった。



エミマキ『なんと言えば良いのかわかりませんが、ご冥福をお祈りします……』

 


 エミマキ、俺によく反応を返してくるネットの知人である。

 自分で書いたゲームキャラクターの絵をアイコンに設定している奴で、文調からは女性だと思われるが、俺は違うと睨んでいる。



 性別の偽りだ。ネットゲーム界隈では頻繁に見られるもはや文化の様なもので、ネットのオカマ、通称ネカマである。

 仲間内でゲームをする時もエミマキは絶対に通話に参加しないし、アイコンや使うキャラも妙に女っぽすぎて逆に怪しい。



コットン『気晴らしにゲームやらないか?』


 

 親には夜に向かうと伝えてある。もっと早くに行くことももちろん可能だったのだが、俺の根本にある面倒くさがり屋が災いし、夜と言ってしまった。だから時間はある。



エミマキ『お葬式とかは?』

コットン『まだ時間ある、一分一秒でもゲームをしなければならないからな!』


 

 真人間であればすぐに向かうのかもしれないが、俺は生憎駄目人間。だがしかし、そんな俺でも従弟の死を少しでも受け止めてさえいれば、電話後すぐに地元へ戻っただろう。



 そうは思いながらも、ゲームのプレイボタンを押し、大きく欠伸をする。

 要はこんな齢二十二のネット中毒フリーターが、自身より若く健康だったハズの肉親の死を、受け止められるワケがなかったのだ。



エミマキ『お疲れさまですー!』

コットン『おつ!』


 

 ゲームはエミマキのおかげで圧勝。大体エミマキとプレイすると、こいつがゲームを壊して終わる。今回も例に漏れずだった。

 こいつのゲームで発揮される実力は凄まじく、国単位で見ても上位に入るプレイヤーなのは間違いない。



 この圧倒的な強さも、エミマキ男説を固める一つである。女性はあくまで統計的ではあるが、このゲームで上位に入ることは少ない。いてもサポートタイプのキャラクターを使うことが殆ど。

 だがエミマキの場合そんなことは無く、むしろ男どもを捻じ伏せるパワープレイを好むのだ。



 そして殆どの時間、おそらく寝ている以外はゲームをしている。多分ニート。ニートは決定的な根拠にはならないが、女っぽいかと言われると微妙だ。このゲームをプレイする女性の大半はライトゲーマーで、エミマキ程プレイしている女性を見たことが無い。

 つまり一般的な女性ゲーマーと差がありすぎるのだ。



エミマキ『気分、落ち着きましたか?』

コットン『いや、正直実感湧かな過ぎて、頭にハテナしか無いわ……』


 

 ゲーム中は雄太の死が頭で幾度となくチラついて、普段しないミスを何度かした。それを心配してのエミマキの発言だろう。

 本当に死んだのだろうか、雄太は。



コットン『エミマキって、何歳だっけ』


 

 普段ネットで年齢を聞くのは野暮だと思っているのだが、どこかでエミマキが高校生という話を聞いたような気がして、年齢を聞く。



エミマキ『言ってませんでしたっけ、今年で十六歳です』


 

 という設定、だろうな。

 女子高生ゲーマーなんて、特に俺がやっているゲームでは希少中の希少。もはや伝説、幻の類だ。



コットン『そっか、じゃあ死んだ従弟と同い年だ』


 

 多分そうだったハズだ。年齢は曖昧だが近い事は間違いない。

 しばらく待ってみるが、エミマキからの返信は来ない。まぁ確かに返答に困る内容ではあるか。



コットン『スマン、変なこと言ったわ。もう一戦行こうぜ』 

エミマキ『了解ですー』


 

 今度は即答。俺も人の事は言えないが、流石ゲーム廃人である。

 と、俺はエミマキの設定の重大な欠点に気付いた。

――高校生だとしたら、こんな寝る以外はゲームなんて生活できるハズが無いよな。



 エミマキとのゲームを終えると、丁度良い時間になっていた。

 流石にこれ以上ゲームをしては遅刻する。このゲームのワンプレイは長いのだ。

 これまで何度か葬式に出席したが、それなりの準備が必要になる。今回の俺の立場を考えると、手伝いは必ずしなければならないだろう。

 おそらくは勝正が葬儀の喪主となる。俺より年齢は一つ下だったから、二十一か。一人で任せるのは酷だろう、従兄として色々手伝ってやらねば。

 今シャワーを浴びて服を着替えて駅へ向かえば、大体六時にはあっちに到着するな。



 シャワーを浴び終えて着替えようとすると、あることに気付く。

 喪服が無いのである。

 普通の社会人なら仕事用のスーツだったり、入社式やこういった冠婚葬令の為に一着は持っているのが普通だ。



 だが生憎普通ではない。大字孝介、コットンは正社員経験ゼロのフリーターだ。

 スーツを着る場面なんて、一切無かった。

 葬式が最後にあったのは学生の頃だったので、学ランで済んだのだが……。

 こればかりは親に頼らざるを得ないな。気乗りはしないが、礼儀の方がプライドより大事だ。



 なるべく地味目の服に着替え、俺は駅へと急いだ。

 いや、急いではいないか、普通だ。

 俺が急いだところで何が変わるワケでもないしな。



 俺はどうしてか、こういった明らかな緊急事態になっても焦らない。周りのテンションとのギャップのせいで敵を作ったことも何度かあるが、この性分を俺は気に入っている。

 ただ今回ばかりは、どうしようもなくマイペースな自分が少しだけ嫌になった。

 もっと普通の人らしく、雄太の死を確かめる為に、大急ぎで地元へ帰れば良いのにと。



 そうすれば、俺は少しはマシな人間だと自分で思えるだろうに。

 

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