第2話 勝正②

僕が実家に着いた時には、元々近くに住んでいるばあちゃん達も来ていて、病院の先生らしき人も来ていた。

 救急車が駐車場にあったから、嫌な予感はしていた。

 雄太はベットで目を閉じていて、それをばあちゃん、じいちゃん、お母さんが囲み、表情は皆同じして、沈んでいた。

 病院の先生らしき人は僕と目が合うと、こう言った。



「七時三十四分、ご臨終です」



 ぶん殴ってやろうかと思った、起きないだけでそんな事を言う医者なんて。

 だけど僕は殴る前に雄太に駆け寄り、手を握ろうとした。雄太が死ぬわけが無い、だってまだ十五歳だ。死ぬはずが無い、若すぎる。

 手を握れば、きっと雄太の太めの手からは温かい温度が伝わって来るんだ。

 でも、雄太の手は握れなかった。

 死後硬直、テレビのサスペンスドラマで耳にした言葉が頭を過る。僕はそのワードに気付かないフリをし、両手で雄太の冷えた拳を握る。



「雄太? 起きろよ、冬休みだからって寝すぎは良くないぞ、なぁ」



 頭ではわかっていた。皆の雰囲気、医者からの言葉、人とは思えないほど冷たくなった雄太。 雄太が死んでいることは説明できても、生きていることは説明できない状況。


 それでも、僕は雄太に喋りかけずにはいられなかった。


 だって、起きてくる気がして、僕と違って雄太は朝に弱いから。僕が起こさないと、起きなかったから。


 だから、起きろ、起きてくれ。



「雄太ぁ、起きろよぉ、なぁ、なぁ……」



 でも、雄太の声が聞こえることは、二度となかった。


 雄太は死因の特定の為、音の鳴らない救急車で病院に運ばれた。

 しばらくしてばあちゃんが電話したであろう警察が来て、事件性を調べる事情聴取をしたいと言ってきた。

 ふざけるな。



「お母さんが雄太を殺したって言いたいのか!」



 これほど人に激昂したのは生まれた初めてだ。だけどしょうがない。お母さんの泣き声がフラッシュバックして、抑える間もなく衝動的な怒りが溢れ出た。

 警察は申し訳なさそうに頭を下げながら、



「落ち着いて下さい! 失礼しました、そういったつもりで言った訳では無く、例えばご自宅の鍵は開いていたか、雄太さんに不自然な行動は無かったかという事を聴取したい訳でして。お気持ちはわかりますが、必要な事です、どうか落ち着いて下さい!」



 強い口調で返され、少し冷静さを取り戻す。

 俯いているお母さんに目を移すと、僕の視線に気付いたのか、



「大丈夫よ、大丈夫だからね……」



 顔は俯かせたままだが お母さんも話せる程度には落ち着いてきたようで、、僕をなだめる様にいう。

 これを聞いて、警察もお母さんが話せる状態だと判断したのか、僕ではなくお母さんへ体を向ける。



「あくまで形式上ですが、事が事です、ここに居る全ての方、よろしけば署まで同行いただけませんでしょうか」



 警察の問いには誰も答えなかった。

 さっきは僕にああ言ってきたけど、少しの事件性は疑っているんだろう、あまりに唐突だったし、それに疑うことが警察の仕事でもある。


 沈黙が流れた。


 警察が大きく溜め息を吐いたのを合図に、ばあちゃんが沈黙を破った。



「わかりました。大事なことでしょうし、私達を連れて行って下さい」



 ゆっくりと立ち上がるばあちゃん、それに続いて、じいちゃんが鼻息を吹いて立上がる。

 お母さんも、ばあちゃんに立ちなさいと言われて静かに腰を上げたけど、ずっと顔は下を向いたままだった。


 

 結局、事情聴取はお母さんだけだった。

 お母さんが警察と話している間に従兄の親が到着。

 普段はどうもですーと軽い挨拶をするのだけれども、そういう場面じゃないし気分じゃない。「どうも」と言って深めに会釈をする。



「おはよう勝正君……突然だったわね、あの、お母さん、大丈夫そうだった?」


「いや……落ち着いてるように見えるけど、多分かなり同様してる、と思う」



 思い出すのは最初の電話。あれを聞いている以上、お母さんが落ち着いてるとは思えなかった。

 僕が言うと、従兄のお母さん、美沙戸さんは残念そうに目を閉じ、頷く。



「そうよね、普通でいられるわけ、無いわよね。葬儀の方は私達で段取りを取るから、勝正君はお母さんと一緒に居てあげて」



 ありがとうございますと言って、またお辞儀をする。とりあえずのお辞儀だ。

 お辞儀をした後、美沙戸さんから聞こえた葬儀という言葉の意味にやっと気付く。


 そうだ、雄太が死んだということは、供養する為に葬儀をしなければならない。本来お母さんの役目なんだろうけど、それは酷だろう。

 となると候補に上がって来るのは僕、この役目が務まるかと言われると、自信を持って答える事は絶対に出来ない。

 葬式は何回か経験したことがあるけど、段取りと言われると全く分からない。それを美佐戸さんがやってくれると言ったんだ。



 美沙戸さんの家族には、とてもお世話になっている。中学までは、従兄のコウと雄太と美沙戸さん夫婦で、よくキャンプへ連れて行って貰っていた。

 どこかに電話しようとしている美沙戸さんにもう一度、今度は心を込めて「ありがとうございます」と言った。

 美沙戸さんは僅かに口角を上げて、



「いいのよ、頼り頼られるのが人間なんだから」



 僕はもう一度心の中で礼を言って、お母さんが居るであろう方角に顔を向けた。

 後ろで美沙戸さんが離れて行く足音が聞こえる、警察署の中じゃ電話はし難いだろうな。相手は従兄か、葬儀屋さんだろう。

 葬儀の段取りは悪いけど、美沙戸さん夫婦に任せよう。もちろん僕がしないといけない事は出てくるだろうし、社会人になったからには……あ。



「ちょっと、外行ってくるね」



 少し離れた所に座っているばあちゃんとじいちゃんに言って、早歩きで外に出る。

 すっかり会社に電話するのを忘れていた。

 確認の電話が来ているかもと、恐る恐る電源を付けて見たけど着信はナシ。杞憂に終わった様だ。

 電話相手はそうだな、園長に直接掛けた方が良いかもしれない。


 園長との電話は驚くほどスムーズに終わった。こういう事に慣れているような感じもして、もしかしたら親族の死は意外と珍しくないのかもしれないなと、実の弟が死んだにも関わらず、酷く冷静に考えてしまった自分に嫌悪する。



 正直、実感が湧かない。夢と言われても納得する。というか夢であって欲しい。

 でも明らかにこれは現実で、ドラマや映画、本の中でも、夢の中でも無い、僕自身が現実を受け入れられないだけだ。

 多分これは、僕以外も一緒。お母さんが最初に流した涙は、どうすれば良いのかわからないから流れた涙なんだと思う。



 そう簡単に、雄太の死は受け入れられるもんじゃない。


 何か飲み物でも買おうと、警察署の外にある自販機に向かう。警察の人に軽く会釈をして道路沿いまで出ると、美沙戸さんが電話をしていた。



「ホントよ……うん、うん……私もまだ信じられないけど……うん、わかった、その時間になったらお父さんと迎えに行くから、うん、それじゃ、またね」



 相手は従兄だろう、従兄も僕と同じで一人暮らしをしている。同じ県には住んでいるけど、従兄が住んでるのは第一都市、ちなみに都城は第二都市で、僕が住んでいるのは第六都市、くらい、つまり田舎だ。

 美沙戸さんは電話を切ると、既に僕に気付いていたようで、



「コウくん、今日の夜くらいになるって。お葬式屋さんにも電話して、病院の方まで来てくれるらしいわ」



 言って美沙戸さんは自販機に振り返り、お札を投入する。


「何でも良いわよ、あ、コーヒー好きだったわよね」

「あ、いえ、そんな」

「いいの良いの、これから大変なんだから」

「あ……じゃあ、これ押しますね」


 押す前にありがとうございますと言って、微糖の熱い缶コーヒーのボタンを押して手に取る。

 手と手で往復させながら丁度良い温度に冷ましていると美沙戸さんが、



「じゃあ私は病院に向かうから、こっちはよろしくね」



 美沙戸さんはお茶のペットボトルの蓋を緩めながら言う、僕がそれに頷くと、美沙戸さんは先に警察署の中へ入っていった。

 

 缶コーヒーを半分くらい飲んだところで、美沙戸さんが出てきた。それと同時にタクシーも到着、美沙戸さんが呼んだんだろう。

 僕に礼をしてくる美沙戸さんに対して、僕も頭だけで礼を返した。

 タクシーを見送って、陽が急に陰た空を見上げる。

 よく雄太が小学生だった頃は、あの雲はスイカバーとか、あの雲は唐揚げとか言ってたっけ、はは、今思い出すと食べ物ばっかりだったような気がする。

 これからのことは、考えない様にしよう。流れるまま身を任せよう。



 そうしないと、僕の心が持たないような気がしてならなかった。

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